第8話 嫉妬

 物凄く親に怒られた。


「ま。学校休んで靴も履かず、スマホも部屋に放置で連絡もなしに半日行方不明。心配されて当然か」


 僕が苦笑していると、セリが不思議そうに尋ねる。


 ――あの、マスター? 先程から言うスマホとは、その道具のことですか?


「気になる?」


 僕がスマホを手に取ると、セリが肯定した。


 ――はい。マスターはこちらに帰って最初に時刻を確認するためにそれを用いていました。時計かと推測したのですがどうも違うようです。スマホとは一体?


 スマホに興味を示したセリに、僕は軽い気持ちで説明を始めた。


「ほら、ここで時刻がわかる。時計のアプリが……あ! アプリってのは」

 ――ふむふむ。


「連絡を取りたい時はここでメッセージを」

 ――なるほど。


「後は地図機能なんかもあって、自分の位置情報や目的地までのルートを」

 ――えっ?


 セリははじめ、機嫌よく興味深そうに説明を聞いていた。

 だが。


「それと調べ物をする時には音声認識なんてものが」

 ――……マスター。


 スマホの便利機能について説明が進む内、彼女は不機嫌になっていった。


「セリ?」


 そして、僕は気付いた。


 ――理解しました。つまりスマホとは、この世界において高度なコミュニケーションツールであり、優れた情報収集機能のあるナビゲーション端末なのですね?


 彼女が今、スマホに嫉妬しているのだと。


 セリ本来の役割はナビゲーションだ。

 そんな彼女の前でスマホが便利とか、地図機能があってルート検索までできるなんて話すのは、恋人の前で他の女性を褒めるようなものだろう。


 まさか、指輪がスマホに嫉妬するなんて思わなかった、なんて言い訳もできない。

 だって僕は、彼女に自我があることを知っていた筈なのだから。


「あの、セリさん?」


 以後気を付けよう。

 と、思った矢先。


 ――マスター。これからは私がマスターの生活を完全サポートいたします。


 そんな声が聞こえた。


「えっ?」

 ――私は女神様が自ら改良を加えたナビリング。この世界の量産品には負けません!


 セリは意気揚々と自信満々な声を僕の内にまき散らす。

 でも、それはちょっと困る!


「セリ? でも、君じゃカバーできない機能がスマホにはあってだね」

 ――それは何ですか!


「例えば、気分転換にするゲーム」

 ――この世界で言う『しりとり』ならできます!


「えっ?」


 セリが聞く耳を持たない。


 ――それに、私との会話は気分転換に最適です。私の声は歌姫と称された女神ミイク様の声を元に作られたのですから。癒し効果は十分! 何なら歌います!


 それは一体どこの電脳歌姫なんだろう。

 セリの歌、少し気になる……じゃなくて!


 落ち着け僕。

 今この瞬間は僕が彼女にスマホを取り上げられるか否かの正念場だ。


「でも、スマホにはその……画像や動画を取り込む機能があって」

 ――画像? 動画? マスターにとってそれは重要なのですか?


 この問いに対し、僕はそれらを視聴する使う時のことを考え。


「ああ! 絶対必要だ!」


 言い切った。

 しかし。


 ――うっ……ぐすっ。


 今までにない涙を滲ませたセリの声で、鋼の意思が揺らぐ。


 ――私ではっ、マスターのお役に立てませんか?


 この涙声は僕を躊躇させ、考え直す機会を与えた。

 今、僕がこの場でスマホを選べば、彼女との関係に亀裂が走るのは間違いない。

 それは僕が再び異世界に行った時、とても困ったことになるのではないか?


 僕はため息を吐き、ぽきりと折れた。


「わかった。君といる間はスマホを使うのを控えるよ」

 ――……控える?


 その声は静かで可愛げのある、けれども脅すような声だった。


「君の前ではスマホを使いません」

 ――嬉しいです! マスター!


 僕は再びため息を吐く。

 対照的にセリの声はまるで花でも咲いたようだった。

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