第7話 ひとり

 昔から、一人でいるのが好きだった。

 ぼく自身は記憶にないけれど、まだジェットコースターに乗れないくらいチビ助だったころから、そうだったらしい。子どもたちが追いかけっこをしていても、ひとり黙々と砂場で山を作り、そうでなければ、ぼうっと、それでいてしきりに足を動かしながら、ブランコに揺られていたという。


 記憶にあるのは、小学生のころだ。お昼休みも、周りがドッヂボールで騒ぐ中、ぼくはアスレチック台の天辺に上り、ぼうっとしていた。何度か遊びに誘われたけれど、「空に昇らなきゃ」とわけのわからないことを言って断っていた。思い出すと非常に意味の分からない奴だったと思う。


 それがおかしいと気づくと共に、どうやら自分は、ひどく退屈な人間なのだとわかってきた。普段からクラスメイトは近づいてこないし、席替えでぼくの隣になった人は、嫌がらないまでも、億劫そうにため息をついた。集会のとき、先生の悪口でも言おうと振り返った子が、露骨に落胆を口にすることも度々あった。


 ぼくと誰かが並んでいれば、迷わずぼくでない誰かが選ばれる。先生ですら、それは変わらなかった。ぼくはいないも同然の存在だった。


 そんなぼくも中学生になった。

 入学式初日、担任から宿題として、どこでもいいから部活の見学に行けとのお達しがでた。ぼくは迷った。迷った挙句、兄も所属していたからという単純な理由で、バスケットボール部を見学しにいった。はなから入る気はなかったけれど、見るだけならいいだろう。そんな軽い気持ちだった。


「一年生も一緒にやってみようか」

 元からの方針なのか、思いつきなのかは知らないが、部長が声をあげた。レイアップシュートを練習しようというのだ。むろん、ぼくにできるはずがない。やる前から諦めていたが、逃げる度胸もなかった。

 まず先輩が見本ということで、次々とシュートを決めていく。いつか読んだバスケット漫画の主人公が『庶民シュート』と称していたことを思い出す。しかし、目の前で見るそれらは、おおよそ庶民とは思えず、ぼくの体をさらに硬直させた。

 順番が刻一刻と近づいてくる。慣れている者は、そのままシュート、そうでない者は先輩が指導するという形だった。ぼくは、当然後者であった。早く恥をかいて帰ろう。もはや、それしか考えていなかった。


「置いてくるように行ってみよう」

 言いたかっただけなのだろう。先輩のアドバイスは全く参考にならなかった。もう意識の半分は自宅の部屋にいたぼくは、ほとんど何も考えずに走り始めた。


 シュパッと小気味の良い音が響いた。ぼくの体は驚くほど手ごたえを感じ、成功を確信する。ゴール下で指導していた先輩たちが「お前より上手いんじゃね?」と小突きあっている。

「君、すごいね」

 元の列に戻ると、同じ一年生と思しき人物が話しかけてきた。

「ぜひ入部してくれ」横から部長も同調する。

 ぼくは半ば本気で、まぐれだと言い張った。入部なんて無理だ、と。だが、バスケットボール部の部員数は減少傾向にあり、少しでも部員が欲しいこと。今は下手でも君にはセンスがある、というこの上なくあやふやで根拠のない励ましなどなど。さまざまな甘言により、その気になりつつあった。

「一緒に頑張ろうぜ」

 先ほどの一年生が、握手を求めてきた。揺れていた気持ちが、入部へと固まるとどめの一言だった。

 これが、あいつらの一人とのファーストコンタクトでもあった。

 

 自分は必要とされている。とんだ勘違いだけれど、当時は本気で舞い上がった。初めての経験だったから。もう独りで空を見上げる必要もない。これからは、コートで汗をかいて前だけ見て走っていこう。仲間と一緒に。そんな叶いもしない未来を夢想した。


 あの時、恥をかいていれば。そう思う日がくるなんて思いもしなかった。

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