俺の幼馴染みがダルデレの超脱力系女子すぎて、俺たち恋人どころか将来結婚する前提で話進められてるんですが!!

鈴 -rin-

01. 今朝も俺は、その幸せそうな寝顔を拝む。




 早速だけど俺、東城とうじょう晴希はるきは、ひとつだけ強く主張をさせてもらいたい。


 俺と彼女は、単なる幼馴染み同士の関係だ。それ以上でも以下でもない。


 これは、変わりなくどこまでも続いていきそうな俺たちの、一見するとゆるゆるでこの上なく幸せで、でもどう見たって「それじゃダメじゃん」な日常を取り巻くすべての人々に対する、無力なひとりの未成年の叫びだ。

 大人でも子供でも、知る人でも知らない人でも。誰でもいい、たった一人でもいいから、俺の言葉に耳を傾けてほしい。


 ……いや、やっぱり少しだけ訂正したほうがいいか。

 "単なる"幼馴染みだとは言ったけど、これは流石に無理があったかもしれない。

 俺自身は彼女を特別視したいなんて思ってないつもりでも、現実はそうなっちゃってるわけだし、この状況から見て客観的に判断すれば、誰だって俺の主張に異を唱えざるを得ないだろうってことは俺だってよく分かる。

 だから、"単なる"でも"普通の"でもなく――そう、仲の良い幼馴染み同士。さらに念を入れておくとしたら、仲の良い幼馴染み同士だ。

 それ以上の譲歩は、今の俺にはまだできない。


 でも、とりあえずここまで言っておけば、今俺がここにいることの説明としてはきっと充分なはず。

 世の中に溢れるほどいる高校生男子が、みんながみんなどんな朝を送っているのか俺はよく知らない。たぶん普通の男子だったら、こんなことにはまずなってないんだろうけど。

 でも……別に仲の良い幼馴染み同士なら、こういうのだってのうちに入っても良いよな、うん。特別珍しいことでもないし、世間的にも俺が「変態」にカテゴリされることはないはず。

 俺はいつもそうやって、自分の行動に自信を持たせていた。


 左腕にはめた黒いデジタルの腕時計を見て、時間を確認する。

 07時38分――やっぱりもう少しだけ早く起きて、早くこっちに来るべきだったか。失敗だ。

 思っているほどに余裕はない。特に早朝っていうのは、驚くぐらいに早く時間が進んでいくもんだ。


 きっといつも通り、彼女のお母さんの景子けいこさんが声をかけたときに開けてくれたんだろう。部屋の入口の白い扉は、内側に向かって全開になっていた。

 窓が開いているわけじゃないし風は入ってこないけど、念のためか押さえの役回りで、とある夢の国から来た耳の大きな黒いネズミのぬいぐるみが、地面に座ってドアにもたれかかっている。


 ご自由にお入りくださいとでも言わんばかりに開け放たれているその部屋の中身は、もちろん俺の立っているフローリングの廊下からも丸見え。

 白とかピンクとかそのへんの色を基調とした、よくありそうな女の子の部屋だ。

 完全にとは言えないけど、まだ結構キレイに保たれているようで、ひとまずほっと一息。


 ここはもう俺にとっては見慣れてるってレベルじゃないし、自分から踏み込むことにも抵抗は無くなってきてるけど、流石にいきなりそれをするほど節操のない俺じゃない。

 ベッドの上ですやすやと寝息を立てて、壁のほうをむいて横向きで寝ている幼馴染みに向かって、まずは部屋の外から大きめの声で呼びかけた。


「おーーーい、心羽このはー。朝だぞーーー」


 返事はない。当然ながら、これだけでどうにかなる相手じゃないことは、重々承知のうえだ。


「おはよーーー。おーきーろー」


 彼女には全く聞こえてすらいないのか、体をぴくりと動かしたり、「うーーーん」とか言って目をつぶったまま寝返りを打つなんてこともしない。

 昨日の晩は一体何時に寝たのか知らないが、もうとっくに目が覚めてていい時間帯だろうに……本当にベッドが大好きなんだな。まったく困ったもんだ。


「はぁ……部屋入るぞー??」


 時間もないので、結局のところまたこうやって、いつものように俺がズカズカと部屋に入っていくことになった。

 返事がないまま女の子の部屋に入ってしまうのはどうなのか、そこは俺でもまだ気にする。彼女のほうはまったく何も言わないし、むしろ勝手に入ってくれるのが嬉しいし大歓迎らしいけど、やっぱり気にする。

 でも、かと言って俺が何もしなければ、彼女コイツは夕方俺が帰ってくるまででも寝続ける。そんなことがあっていいだろうか――いや、ダメに決まってるじゃないか。


 だから、俺のとるべき行動は一つだった。

 長い紺色のサラサラとした髪を白いシーツの上にふわっと広げ、夢でも見ているのかなんだか幸せそうに眠っている彼女の寝顔を少し覗き込み、見た目だけならかなり可愛いのになと複雑な気分に包まれてから。俺はベッドの上に右手を伸ばした。


 バサッ。


 彼女が被っている少し厚めのタオルケットを、サッと一瞬で引きはがす。上にかかっているだけだったので簡単に取れた。

 その下からは、お尻と膝をくの字型に曲げた彼女の部屋着姿が現れる。

 俺は上に向いている彼女の右肩に優しく触れて、揺するようにして動かした。

 それでようやく気がついたのか、彼女は少しだけ足を伸ばしながら、初めてその眠そうな声を発した。目は閉じたまま、相変わらず壁のほうだけ見て、俺のことは見ずに。


「んんんんんーーー……ううぅ~……はるき~~??」

「うん、俺だ。おはよう心羽」


 彼女は自分の身長弱ほどもある、かなり大きな抱き枕をぎゅっと胸の前に抱きしめていた。

 実物よりかだいぶ平たくなった腹のほうの面は白く、それ以外の部分は薄い紺色と灰色の中間のような色で塗られ、左右には対称の大きなひれがついている。黒い目は丸くクリンクリンとした感じで、触り心地もふわふわとしてそうでゆるキャラのような可愛さがある。

 結構前に水族館に行った時に買っていた巨大なシロナガスクジラだ。彼女の股の間に挟まれて尾の部分がひょいと飛び出しているあたりが、なんとも言えず微妙に興味をそそる。


 だがそのクジラにも負けじと――いや、そんなものなど軽く凌いでしまうくらいの勢いで、彼女は今日もゆるゆるだった。


「ふわああぁぁ~~。ねむ~いぃ~……もう、ちょっと……」

「ダメだ。もう時間だぞ」

「えええ~~~」

「『えええ~~~』じゃなくて。ほら、起きる!!」


 俺は彼女の身体を無理やりにでも起こそうと、躊躇っている暇もなくなんとかして抱きかかえようと奮闘する。

 が、如何せん重い。俺ほどではないにしても、同学年でわりと高身長なほうに入る女子を寝た状態から持ち上げるのは無理がある。

 どうにか寝返りでこちらを向かせるようにするだけで精一杯だった。


「あああーーもう……」


 俺はふうっと深くため息をついた。

 こんなのは別に今日始まったことじゃない、もう長い間ずっとこうだけど――だからこそ、もうちょっと早く起こしに来るべきだったなと、俺は後悔した。


「なあ心羽……今日何曜日だか知ってるか??」

「今日……?? ふああぁ~~、月、曜日……」

「分かってるなら早く起きる!」

「学校……めんどくさ~~い」


 週の初めの月曜日は、彼女にとっては大きな試練だ。

 木曜や金曜なんかはうまく言えばわりとすんなり起きてくれるんだけど、大人の社会人でさえも億劫になる月曜の朝はだいたいこうだ。それはすなわち、起こしにくる側の俺にとっても試練であることを意味していた。


 彼女はもう一度逆方向に寝返りを打って、壁に向こうとする。

 だが、今度は俺がそれを許さなかった。

 彼女が自分の体に押しつけているそのふわふわのクジラを、俺はその少し丸く膨らんだ背中側のほうから手を回し、彼女から奪うようにしてこちらに引っ張る。一瞬彼女の柔らかい胸に俺の手の甲が触れた気がしたけど、きっと気のせいだろう。

 俺はまるで、子どもからゲーム機か携帯電話でも取り上げようとするときの母親みたいだった。


「あっ、それは……晴希」


 でも彼女もまるで、それに抵抗する子どものほうにそっくりだった。

 俺に大切なものを奪われまいと、彼女は慌ててようやくその重たかったまぶたを少しだけ開き、クジラが俺の胸元に吸われていくのにつれて自分も上半身を起こしてすがりついてきた。

 結局彼女がベッドの淵に完全に座るまでになったところで、ヤツはもう俺のものとなったが。


「……ちょっとは目覚めたか」

「うん」


 彼女は俺に生返事をすると、ふわあっとまた大きなあくびをして、それからいかにも眠たそうなその目を手でこすった。

 そしてゆっくりとその場で立ち上がると、長い髪に手櫛を入れてさらっと軽くすきながら、とってものんびりとした足どりで、俺を中に取り残したままで開かれた部屋の出口へと向かった。


「顔、洗ってくる」

「うん」

「……晴希?」

「ん?」

「おなか空いた~~」

「お前まだなんにも動いてないだろ……」


 動くの嫌いで極度の面倒くさがり屋で、それでも腹だけは減るんだな……しかも寝るのと同じぐらいには食うのも好きなくせに、この通り全く太らない体質ときたもんだ。

 なんとも都合の良い生き物ヤツである。

 出るべきところはそれなりに出ていてスタイルも良い、容姿だけはどこをとっても申し分無し。スペックで言えばかなりのものを持っているからこそ……もはや俺以外の誰にも扱えなくなった彼女の性格は、勿体なさすぎるとしか言いようがなかった。


「はぁ、何やってんだろ……。まぁでもいっか、別に。平和だし」


 廊下のむこうに姿を消していった彼女を見送ってから、俺は一人そう呟くと、例の抱き枕を抱えたままさっきまで彼女が寝ていたベッドに向き直った。

 やや崩れてシワができたシーツを綺麗に丁寧に敷きなおし、掛け布団も綺麗に広げて見栄えを良くする。


 相手の家に起こしに行くことを含めても、幼馴染みというのはたいてい女子が男子のほうを世話するパターンが多いだろうけども――俺と彼女の場合は真逆だった。

 でも、俺はそれでも信じてる。世の中に溢れるほどいる高校生男子には、俺と同じような境遇の奴が一人二人と言わず、もっとたくさんいておかしくないはずだ、と。


 ベッドを整え終わって、最後にこの巨大なクジラをどこかに寝かせるわけだが……俺はその前に、ふわっとしたお腹の部分を自分の鼻に押しつけて、クンクンと二度匂いをかいだ。

 シャンプーもしくはリンスの匂いと、普段から俺の周りを満たす親しみのある彼女の匂いが混ざりあって、とてもいい匂いだった。

 どうしてそんなことをしたのか――俺自身でもよく分からないけど、きっとそうすれば彼女が喜ぶと思ったからだ。自分の興味とかそういうものよりは、その方が大きかった気がする。


 その可愛い顔と少しだけ見つめ合ってから、俺はソイツを仰向けにさせてその上からタオルケットを被せた。背中のほうが膨らんでいるものだから、布団が不自然に盛り上がっている。何故そんな可哀想なことをしたのか、これは特に意味は無い。ちょっとした遊びだ。


「あっ、やべ。時間……」


 のんびりしている暇はあんまりなかったんだと思い出して、俺は再びチラッと時計を見る。カクカクとした文字で、07時43分との表示が出ていた。


 やっぱり朝は時間の進みが早いもんだ。

 週初めの月曜日。俺と彼女にとってのあっという間の5分間が過ぎていた。



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