謹んで贈る生活日記

宇論 唯

第1話 その娘、弾丸

「ううー……夏かぁ……」


 季節は常夏、我が国は北方にあるがそれでも暑い。太陽がさんさんと照りつける中で網の上の肉になった気分だ。

 ……いや、まあ、身体に紐を巻いただけのミサイルが言うのもなんだけど。

 軍服を着た奴や人間、我が国の偉い人に比べれば涼しさ極まりない格好ではあるだろう。隣国ではこういうの「変態」と言うらしい。どのみち私は人間じゃない。


「なーんか面白いことでもないのかなー」


 私―――東風は、ミサイル貯蔵庫の管理人。「人」じゃないだろって言いたい人もいるだろうけど管理人。ここに住むミサイル着弾点みたいな個性の塊たちを住まわせてやってるいいやつだ。

 ただ、今日はその個性の塊もうるさくなく。言ってしまえば平和な日々が続いている。隣国の方に飛んでった名誉な子もいるらしいけど、国の中で保管されてる私達にはあんまり関係ない。


「……静か、っていうか本当嫌に静かだな」


 適当な言い訳をつけて、貯蔵庫前の広場へ歩いてみる。基本的にここから出ることのない私達にとって、いつもと違うということはそれだけで面白い。


「ねぇ、本当に大丈夫?」

「大丈夫よぉ、東風ちゃんって面倒くさがりで鈍いから」

「鼻と耳は私らの数十倍効くんだよ」


  あ、話し声が聞こえる。間違いなくあの二人だ。

  確かに私は嗅覚と聴覚が効く。だから遠くの会話も拾える。高性能ってそういうもん。


「なーにやってんのあんたら」

「うげ」

「あらぁ本当にいたなんて」


 うちの貯蔵庫の住人である――銀賀テポと団道ミサ。赤髪ロングのボンキュッボンがテポで、紫色のちっこいほうがミサ。

 こんなところで何をしているかと思いきや、


「…落書き?」

「いいや、魔改造」

「は?」

「このミサイル像に実用性が欲しいじゃん? だからテポのスイッチでどーん出来るようにしようと思って」

「そーそー。コンギョーって感じでね?」


 やはりというか、理解できる話では無かった。ミサイルの銅像を本物に改造して飛ばすなんて、よくまあ考えついたもんだ。


「よくわかんないけど、馬鹿は禁止」

「どうせミサイルなんだし仲間多い方がいいじゃん」

「ねー?」

「銅像を仲間にしてどうすんのよ…」


 目的がどうあれ、他人の銅像を魔改造しようとしていたのは事実。

 管理人としてここはビシッと言ってやんないと。


「取り敢えず、今すぐ銅像元に戻して」

「えー、今中に火薬詰めてるんだけど」

「危ないから戻しなさい」

「いいじゃない、そんな簡単に着火することもないし?」

「あんたしょっちゅう起爆しそうになるじゃない」

「だーってぇ、あなたみたいにスッカスカのファッションじゃないし」

「紐の何が悪い!? 機能美最高だろ!?」

「普通ではないよね」


 くっ、こいつら何かと私の紐ファッションを馬鹿にしやがる……身体に紐を巻くだけ、最高に機能的でお洒落なのに。隣国の方でも流行ってるって聞いたし。


「それを言うならあんたのお母さんだって」

「あれは元がおかしいからあんまり気にならない」

「そーそー」

「……言い返せない……」

「なんだって?」


 口喧嘩の中にもう一本。この声は間違いない。銀賀ジーパーアンモだ。テポの母親で……ピンクのスク水にウエスト10mmの化け物……もとい、うちの最強ミサイル。


「こらテポ、あんたまた馬鹿な悪戯してたの」

「首謀者はミサちゃんよ?」

「友達が欲しくて」

「少なくともテポがいるのにわざわざそこまで」

「私たちは友達以上だもん。ていうか恋人?」


 うわ腹立つ。今すぐこいつをどっか海に飛ばしたい。


「どうでもいいけど、それはちゃんと元に戻しなさいよ?」

「ですって」

「酷いなあ頑張ったのに」

「もっと別のこと頑張れよ」


 渋々ながらも、ミサは銅像から火薬を抜…こうとしている。だが、結構ギチギチに詰めたみたいで取れない。中で凝縮されて固まってるらしい。


「…駄目だ」

「ちょっと」

「うーん、仕方ないしこのままで」

「半開きで中に火薬詰まった銅像をこのままにしておけるか!」

「なに、ちょっと任せて」


 アンモがずい、と前に出る。そして―――変形。


「取り出せばいいんだね」

「取り出すより先に爆破しちゃいそぉ」

「その時は二人で身を挺して私を守って」

「ふざけんな」


 こそこそとテポの後ろに隠れるミサ。そんな私達を尻目に、アンモは銅像へ手を突っ込んで力んでいる。


「ふんぬっ……どうだい」

「おお!」

「良かったぁ」


 取り出された火薬の塊は、見事にカチコチになっていた。


「しかしこんなもん何処に捨てようかね」

「火をつけると一気に爆発するものね」

「ここで踏み散らして安全に燃すか」

「あ、それ落としても爆発するから」


 既に火薬はアンモの手から離れており。

 ミサの声は凄まじい速度で遠ざかっており。

 私は決死の思いで逃走したが―――

 

 その日、三つのミサイルがくだらない理由で誘爆した。

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