第14話 智学と賊の技

 王国を出て、ほんの十数km南。


 そこに大地が抉り取られたような地形の窪みの中に、その遺跡の入口はあった。


「……どうだ、ロレンス。入口に敵の気配は?」


「今はありません……が、元々王国が管理を手放した遺跡には魔物も巣食っています。充分注意して入るべきでしょう」


「どの程度の魔物がいるか……これで確かめてみるかね。そらっ」


 ブラックが入口付近に投げたのは、王国の酒場で買った骨付き肉だ。ぽとり、と地に落ち……しばらくすると――――


「……むっ。見えたか、みんな?」


 ――突然、瞬きする間もなく骨付き肉は消えた。


 だが、骨付き肉を奪ったモノを皆、確認していた。


「……でっかいネズミだったねー……でも、あの程度なら全然大丈夫じゃあない?」


 ウルリカはやや大げさに手をひらひら振って余裕を伝える。


「少なくとも、入口付近の階層はヤバげな魔物は少なそうにゃ!」


「……でも、奥まで進めばさすがにそうもいきませんわよね……」


「まずはピーキーな魔物が最初のフロアにいる、それだけでラッキーだと思おうぜ! だーいじょぶだよ、俺たちなら!」


「……よし。踏み込むぞ……」


 ラルフは先頭に立ち、一行は後に続いた。


 <<


 遺跡の内部は当然暗かった……が、ところどころに点っているランプ。


 レチア王国が管理を放棄した遺跡に点るランプが、そこに人が潜伏していることを改めて告げている。


 少し進むと……早速鉄格子の扉があった。錠前が何重にもかかっている。


「おっとォ……早くも俺様の出番ってワケかいぃ……へっへ。ちい〜っと待ってなァァァ……」


 セアドは例によって手馴れた手つきで徐に解錠用ピックを取り出し……扉に取り付いた。


 言うが早いか、数秒と待たず鍵は外れ、扉が開いた。


「ざっとこんなモンよォ。これから先もこの程度の鍵ならセクハラ発言で乙女の顔を赤らめるよりも早くゥ……解き外してやるぜぇえぇ……カッカッカッ」


「……やはり、逸材は逸材、か……」


 ラルフはこの遺跡の攻略にセアドが不可欠であることを改めて認めつつ……先頭に立ち先に進んだ。


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 しばらく遺跡の内部に歩を進めた。


 ただの洞窟にも似た湿っぽい遺跡の内部では先ほど見かけた大ネズミや大グモ、巨大蜂や溶解液を吹くスライムなども襲ってきたが、魔物と言っても所詮は小動物が凶暴化した程度。難なく撃破したり追い払ったりして滞ることなく先を進む。


 ラルフは剣技。ウルリカは斧技。ルルカは二刀流の短剣舞。セアドは鈍器など。


 魔術や法術、弾薬などを消耗するまでもなく対処出来た。


「楽勝ってね! ……ん? ねぇ、アレ何よ? あの石版みたいなの」


 つい今しがた愛用する戦斧で大グモの頭をカチ割ったウルリカは、ふと横道に逸れたところにある壁に石版があるのを見つけた。曰くありげに石版の両脇には篝火が焚いてある。


「これは……古代文字か……? ……ロレンス。解るか?」


「……少々お待ちを」


 石版には何やら何処いずこの国のものとも知れぬ文字が掘ってあった。ロレンスは慎重に石版を覗き込み、何やらノートのような物を取り出して確認する。


「我が王国に伝わるいにしえの文字ですな。ええと……『紅緋の珠を撫でた後、冷蒼の珠を撫でよ。然る後、緑碧の壁の手を下ろした後、琥珀の壁の手を下ろせ。さすれば、我らが偉大なる王家の深淵への道は開かれん』……と書かれてあります」


 ロレンスは翻訳すると同時に、素早く手元のノートの新しいページに現代語訳した文字をメモしていく。高度な学問を修めた者らしい実に迅速でスマートな作業だ。


「……こーひ? のたまののち、れいそー? 意っ味わかんねー……ねー、誰か解る? この石版の意味」


 ウルリカは頭に手を当て、今にも頭痛がしそうだ、と言った風情で一行に尋ねる。


「ふっ。文字が解読さえ出来れば、親切に過ぎる謎かけだな」


「そうですね。さしずめ、先へ進むための説明文と言ったところか」


「この調子のまま攻略したいものですな」


「げっ! あんたたち、わかんのー? マジでマジでー!?」


 頭脳労働や学が必要なことには滅法苦手なウルリカは思わず喚いた。


「ふーん。そんなもんなのかぁ? 俺もわかんねーや。でも先に行けるなら万事OKだな」


「……ふう。阿呆二人は放っておいて、この石版の文字が示す場へと急ごうじゃあないか。いや、ウルリカ……君は曲がりなりにも冒険者だろう? この程度の説明文の意味が解らなくて今までどうやって世渡りしたのかね?」


「ぐむむむ〜…………」


 ヴェラと同列に、否、冒険者稼業をしている手前……苦手分野をコケにされたウルリカは恥を意識せざるを得なかった。


「……ね、ねぇー! この地下に宝玉があるってんならさあ! このまま穴を掘って進めば――――」


「そんなことしてたら賊に先んじられるだけにゃよ……そもそも、敵に見つかるにゃ」


「まあ。そんな野蛮な発想しかないウルリカ様、かわいそう……どうすればよいかしら、漫画本でも持ってくれば良かったわ……」


「穴ァァァ掘るならァ……俺ァもっと心地の良い穴ァ掘るぜぇ……クカカカカァ!」


「どわーっ! やめんかセアド、このぉ! 火炎魔法で焼き尽くされたいかっ!?」


 この遺跡に来て最初に活躍したセアドとロレンスが暴れ回るのを尻目に、ブラックは肩をすくめる。


「全くだ。憐憫の念に堪えん。君は落ち着けない子供か何かかね?」


「……むうう…………」


 一行に提案するどころか、苦手分野がさらに露呈し墓穴を掘ってしまった。ウルリカはすっかり意気消沈だ。


「……ま、まあまあ。ロレンスとセアドのおかげで先に進めますから。ウルリカさんには、違う場面での活躍に期待してますよ」


「……はーい…………」


 <<


 少し進んだところに、開けた空間があった。篝火やランプが一層明るく照らしている。


 壁を見ると、巨大な碑石のようなものが埋まっており、両側には赤と青の珠、そして緑と黄色のレバーがある……。


「……きっとここですな。罠の類いは……無いと見て間違いないでしょう」


「へー。で、どうすんだよ? 随分堅苦しい、ポエミィな古代文字だったけどよお」


「……紅緋の珠を撫でた後……冷蒼の珠を……」


 ロレンスは慎重に、赤い珠を触った後に青い珠を触った。俄に珠は光を帯び始める。


「……緑碧の壁の手を下ろした後……琥珀の壁の手を……っと」


 次に、緑のレバーを下ろした後に、黄色のレバーを下ろした。


 すると――――


「む。壁の石が光り出したぞ……」


 ラルフが指差すと、碑石が淡い紺碧の光を帯び出した。


「触れてみます」


「注意してくれ」


 ロレンスはラルフの声を背に受けながら、引き続き慎重に魔術杖を携えながら……碑石にゆっくりと触れてみる…………。


 触れた途端に、光はロレンスの手元に集中し――――次の瞬間、三叉に分かれた光が一行の後方の壁に走り……壁が開き、階段が現れた。


「やったな! ロレンス!」


「問題なく通れそうで何よりですな」


 ふと、セアドが含みある笑みを浮かべ、ロレンスににじり寄る。


「ケッケッケッケッ……俺様がァ、施錠された扉を開きィィィ……ロレンスちゃんがァ古代文字を解読し、そして仕掛けを解いたァァ。お〜れたちゃァ……幸先のい〜いカップルだぜぇぇぇぇぇ…………」


「いや、そんなつもり一ミクロンもありませぬからー! いやあああああ! 離れてェェェェェーーーッッ!!」


 欲情したセアドがロレンスを追いかけ回そうとした。




 が――――


「……とうとう、レチア王国から追っ手が来やがったか! 俺たちの『救い』の為……おめえらをここでぶっ殺すッ!!」


 ――――一行のドタバタを感知したのか、賊らしき男たちが現れた! 


「……敵だ! みんな、構えろっ!」


 ラルフが即座に統率し、一行は武器を構えた。


「遂に現れたな、我が王国を穢す悪党共め! 王家の名のもとに断罪する!!」


「おうよ。賊の格の違いも見せてやらァァァァ!!」


「……賊の?」


「当然だぜ! ロレンスちゃんに手ぇ出す奴ァァ! まとめて全殺しにしてやらァァ! 明日の王国の朝刊載ったぜ、テメェらアアァァッ!!」


「くっ……つくづく、こんな極悪人と行動を共にするのは……嫌だァアアァァ〜。こっちまで品性疑われちゃうよ…………」


「……何を漫才やってんだ貴様らァァ! 俺らの『救い』の為に…………死ねやァァァァァ!!」


「……『救い』? 一体何のことだ……ともかく、倒してからだ! 来るぞッ!!」


 ラルフは賊の物言いに引っ掛かるものを感じながらも……再び臨戦態勢を取った!

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