『タンタリウスの大樹竜』-2

――『タンタリウスの大樹竜』。今回俺達が殴る対象であるこのクソトカゲは、惑星クラスの大きさ程ではないが、それでも平均的な竜と比較すると遥かに巨大だ。

 しかも性質が悪い事に、この世界の自然と一体化するかのように際限なく成長していく。このまま放置しておけば惑星そのものがこの大樹竜の肉体になってしまうだろう。

 もしそうなった時、はたして人類は、この世界に住む動植物は、生存を許されるのだろうか。


「足下の根っこに注意しろ。γチームがやられた時、連中は木の根っこに叩き落されたらしい」

「更に悪い知らせ。εチームの調査によれば、奴の自然との同化率は99.87%だそうだ」

「つまり、若干違和感があるって事か」

「たったの0.13%の違和感をどう捉えろと?」


 小声でそうやり取りしながら、俺達は鬱蒼という言葉では言い表せない程に生い茂った森の中を突き進む。

 まるで、自分達がミクロサイズになって、犬や猿の体表を歩いているような感覚すら覚える。


「心臓がデカい分、この距離でもモーションセンサーで反応が捉えられるのが、唯一の救いですよ」


 そう言い、α-3は手に持った小型の機械――リズムよくトン、トンという音を発しているモーションセンサーを振る。

 大樹竜含め、規格外に巨大な肉体を持つタイプのクソトカゲは、その身体を動かす為の心臓も比例して大きい者が多い。その為、こういった手合いを探す際にはモーションセンサーが非常に役に立つ。


……ああ、脈拍がどうのこうのと突っ込みたい気持ちは分かる。分かるが抑えて欲しい。つまるところ、「我が組織の科学部門は世界一ィィィィ!!」という事なのだ。多分動体反応の他にも何かしら検知した上でそれが心臓だとわかるんだろう。俺はどこまでいっても殴る事にしか能がないから知らん。そういうのは科学部門のマッド共に聞きに行ってくれ。連中なら喜んで解説するだろう。23時間ぐらいかけて、余計な注釈も込みで。


「……なぁ、今どれぐらい歩いた?」

「さぁな。正直、真っ直ぐ進めてるのかすら分からん」

「お前方向音痴だもんな」

「黙ってろα-5」

「お前も一々反応するな。近いぞ」


 α-3のその言葉を聞いた途端、無意味な言い争いをしていたα-2とα-5の表情が変わる。

 そして、少し遅れるようにCクラスの連中が、手にした銃を構え直す。

 俺も、背中に差したバットを抜く。バットを握る手に、心なしか力が入り、汗ばむ。

 Bクラスエージェントになり初めてクソトカゲを殴り始めてからかなりの場数を踏んだつもりだが、この空気には相変わらず慣れない。

 当たり前だ。単なるワイバーン如きなら、今なら工場の単純作業のように処理できるが、俺達が相手する竜という存在は、脅威なのだ。そしてBクラスにもなると、今度は異常な進化、あるいは突然変異を起こした竜とやり合う事になる。頭が二つに別れてる程度ならまだいい。中には大気圏外に単独で脱出して、また再突入しても平然としてるようなのだっているのだ。

 この頃から、大体のエージェントは竜の事を『クソトカゲ』と呼ぶようになる。

 今回のクソトカゲは、少なくとも俺が今まで遭遇してきた中でも、一番面倒なタイプだった。そのデカさもそうだが、この世界の自然と一体化している為に、そこら辺の木に化けて、不意打ちで襲い掛かられても不思議じゃない。


 閑話休題。


 森をどんどん突き進んでいくと、ある場所から木が枯れ木ばかりになり、ついには木の無い景色が広がり始める。


「……すげぇ」


 どうやら、この木の無い空間は、ある場所を中心に円状に広がっているらしい。

 その中心と思しき場所に、巨大な木の塊が鎮座している。

 大きさは……東京ドームぐらいはあるだろうか。

 惑星全体を支配する自然の多さに対して、えらく微妙な大きさだ。


「なんだあれ。卵か?」

「繭のようにも見える……かもしれない」

「アテンションプリーズ。モーションセンサーの反応が更に強まった。つまり、あの中に本体か、あるいは核がある」


 それと、要マスク着用ね、とα-3は付け加える。光合成による酸素放出によってその濃度が高まっている為、このままでは逆に体の毒になるからだ。

 俺は呼吸器付きのマスクを被りながら、ごくり、と生唾を飲み込む。バットを握る手が、一層強くなる。


「……Cクラス、前へ」


 主に尖兵としての役割を担うCクラスの機動隊員が、俺達より前にでる。その動きは緊張のせいか、どこかぎこちない。

 まぁ、無理もない。彼らは言ってしまえば、悪の組織で言えば戦闘員ポジなのだ。つまり、やられる事前提なのだ。Bクラス以上ですら、一人が重傷を負う程度であればまだマシな方な辺り、お察し下さいと言ったところか。


 Cクラス隊員の内数名が、背中に背負った二本のタンクからパイプを引っ張りだし、手に持った金属の筒に接続する。

 多分、コイツが何かは察しがつくだろう。


「――やれ」


 リーダーは大声を出さず、通信機越しに指示を出す。

 それと同時に、筒から竜の息吹かと見紛う程の炎が吐き出される。

 もうお分かりだろう。そう、火炎放射器だ。草タイプには炎。常識だ。


「――! 駄目です、炎が届いていません!」

「あの馬鹿共、もっと近づけ!」

「いえ、そうじゃありません! あのドームから二酸化炭素が急速的に排出! 周辺の二酸化炭素濃度上昇!」

「ン何ィ!?」


 炎が広がっていてよく見えないが、α-3とリーダーの会話を聞く限りでは、炎があのドームまで届いていないのだという。

 しかし……学の無い俺だが、植物が光合成で二酸化炭素を取り込んで酸素を放出してるってのは知っている。どういう事だ?


「その認識は正確じゃないな。実際は植物だって、呼吸はする。つまり、酸素を吸って、二酸化炭素を吐く。人間と同じさ! ただ、光合成で排出される酸素の方が多いってだけだ!」

「で、アイツは今、すっげぇブレス溜め息を吐いてるってわけか!」

「それも違う。あの大きさだ。肺やら何やらも当然デカいだろうよ。奴にとって、あれが普通の呼吸なのさ!」


 だ、そうだ。クソッタレ。


「オイオイオイ! やべぇってアレ!」


 α-5が慄く声を上げる。見てみれば、木のドームが徐々に展開していっているではないか。

 どうやら網目のように木の枝を織り込んでいたらしく、展開していく枝が触手のように、天へ向かって伸び始める。


「チィ! 攻撃中止! 攻撃中止! 急いで退避だ!」


 これはまずいと、リーダーも急いでCクラスへの攻撃命令を解く。

 攻撃命令を解かれたCクラスの機動隊員達は、我に返ったように次々と逃げ出すが、数名ほど呆気に取られ動けない隊員が――


「う、うわ」


――次の瞬間、倒れてきた枝の触手に叩き潰された。いや、は恐らく、そこにと分かっていて振り下ろしたのだ。何となくだが、そんな気がする。


「クソッタレめ。来るぞ! 近接戦闘準備!」


 もはや声を潜める必要が無くなったと判断したのか、リーダーは声高らかに指示を飛ばす。

 その声に、待っていました、とばかりにBクラスエージェントの同僚達は各々、武器を取り出す。そこには一丁たりとも銃器の類はない。

 チェーンソーに刀剣、ハンマーと、時代やら何やら統一感の一切ない装備だが、唯一共通するのは、いずれもナックルが装着されている事だろう。

 何の為に? 勿論、殴る為。最後に役立つのは殴打であるとは、あのマッドの集まりである科学部門すら主張している、組織の常識だ。


 無論、俺が今構えたバットにも、ご丁寧にナックルが装備されている。元々殴打武器だというのに、これ以上殴打要素を加えたら、それはもう凄まじい事になるに違いない。色んな意味で。


 バットとナックルの握り心地を確かめながら、俺は眼前のソイツ――ついに姿を現した、巨大樹の竜を睨みつけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る