20.

 店を歩いて回る、というのは都市部にだけ許された特権だ。

 田舎では自分の意思で道を選べるけれど、その代わり見て回る店がない。モール内を歩いて回ることと一緒にされたらたまらないだろう。

 そもそも、モールと病院に直結した集合住宅に住んでいる人が大半なのだ。さすがに墓場まではないけれど、ゆりかごから通夜までは、その中と、学校や職場、その間を行き来する車内で生活が完結している。せいぜい集合住宅ではなくモール周辺の住居に住んでいるとか、時々旅行へ出るだとか、そういう程度の違いしか生じない。

 私の場合、歩く距離はこの街に来てから格段に増えた。自由気ままに移動するためにはこれしかないというのもあるし、空を見ようだなんて思わなければ暑さ寒さを感じることはないということも大きい。屋内を通るルートを選べば、どこへ行っても冷暖房が効いている。特にここ、西区角なら外へ出ずにどこへだって行ける。ときどきは多少の遠回りが必要になるけれど、多くの人にとってそんなことは問題にならない。そういう場所へはミニトを使えばいいのだから。


 校舎を出た私は、そのうちに贅沢を堪能すべく、自分の足で東区画へ向かうことにした。

 急ぐ理由はなかったし、なにより、久しぶりに使った地図にほころびがあることが気になって仕方がなかった。

 しばらく更新せずにいれば、たちまち姿を変えてしまうのがこの街だった。あるルートでは入り口に鍵がかかり、また別のルートには新しいショートカットが生まれ、そんな風にして、街は日々、変わっていく。

 そういう変化をシャープペンシルでミニノートに掬いながら歩く。


 かつての私たち、私と仁望は、毎日のように、こうやって街の中を歩いた。

 今河さんはまるで私ひとりの仕事のように語っていたけれど、あれは私達二人で作った城だったのだ、本当のところ。

 それは二人で地図を作ったからということにとどまらない。

 あのサイト。ラウンダバウトの、アイディアを思いついたのは仁望だった。人から情報を集めようとすることも、その対象をうまくフィルタリングすることも。

 私がやったことはささいなこと――他のサイトを真似て既存のサービスを設定するだとか、サイトを匿名で運営する方法、そしてサイト名――に過ぎない。

 

 最初のうちは気分が良かった。

 自分が見落としていたルートを知るのは楽しかったし、他のユーザもただサイトを見るだけじゃなく、知っているルートを書き残してくれた。仁望の考えたフィルタリングはうまく働いていた。

 バイトや予備校、遊びに行く先まで、人それぞれ行動範囲は違うから、地図の中身は学校の周りだけじゃなく、この街全体へと広がっていく。

 私はそれを、ちょっとした秘密基地のように感じていた。誰かは知らないけど、変なことはしないということくらいは信用できるメンバーと共有する隠された場所。

 その気持ちが恐怖へと変わっていくのに、そう時間はかからなかった。


 ユーザー数が増えれば、サイトの存在が知れ渡るスピードも早まる。

「これはないしょなんだけど――」

 誰もが、このくらいは大丈夫だろうと思って、サイトの存在を広めていく。

 人から人へと伝えられるようになれば、物理的なフィルタリングなんて役に立たない。


 極めつけは、学校の前で不審者が捕らえられたという騒ぎだった。たまたま倉庫に用があった教師がそこに出くわし、セキュリティを呼んだ。逃走を試みた彼はセキュリティから警察へと引き渡され、所持品に盗品が含まれていたことが判明、そのまま逮捕された。

 彼が捕らえられた場所は、サイトに乗っていた抜け道のひとつだった。

 おそらくは無関係だったのだと思う。もしかしたら校舎に侵入するつもりすらなかったのかもしれない。あのルートには外からは開けられないドアがあるからだ。

 それでも。

 もし、彼が悪意のある人物で、抜け道を利用しようとしていたのだとしたら。

 もし、ユーザーの誰かから抜け道の存在を聞きつけ、共謀してそれを利用しようと思ったのだとしたら。


 あのサイトを閉じようと言い出したのは私だ。

 引き際が良かったといえば格好もつくけど、実際のところはただ私が怖気づいただけだった。

 一つ一つは大したことがない知識、誰でも一つや二つは知っている、秘匿も何もされてない情報。それらが結びつくと、途端に危険なものになるなんて想像できなかった。

 それは、学校の先生だけじゃなく警察の監視網をかいくぐる手段にもなりえたし、怪しげなドラッグを流通させる経路にも、強盗犯が安全に逃走できるルートにもなりえた。

 多分、同じことをやってる人なんていくらでもいた。私が到達できなかっただけで。私があのサイトを閉じたところで、他の誰か、別の場所で同じことをするだけだ。

 それでも、自分の手が犯罪者の片棒を担ぐことになるかもしれないという可能性が嫌だった。


「そうだね。あんまり後ろ暗いこと続けててもしかたないね」

 私の提案を聞いた彼女は、自分勝手な私の意見に賛成してくれた。その後、閉鎖の予告をして、そのとおりにサイトを閉じた。

 でも。

 多分だけど、仁望は私がやめようって言わなければ、あのサイトを止めるだなんて思いもしなかったんだと思う。

 私の話を聞いたとき、一瞬だけ見せた、驚きと失望の表情。すぐに隠されてしまった思いを、私はまだ知らない。


 仁望の関与を口にしなかったのは、彼女を守りたかったからなのだろうか。それとも、自分一人の名誉にしたかったからなのか。

 ドライブの間は前者だって確信していたけれど、あれから時間が経つにつれ、よくわからなくなってしまった。

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