幕間―9 海峡の狐狩り

 ――その日は何もかもが違っていた。

 大陸歴1936年2月下旬から断続的に続いていた、帝国軍の空襲は、連合王国の騎士達を確実に蝕みつつあったが、それでも対抗は可能だった。そう信じられていた。

 何しろ、常に高度上の優位を保ち、最低でも二倍の戦力で殴りかかる事が出来ていたからだ。

 前線においては、帝国騎士が装備している魔装の性能が、絶望的な程先を進んでいる事はようやく朧気に理解されつつあり、その事は異常なまでの戦死者数に現れつつあった。

 が――それでも、この地は彼等の母国。故郷であった。

 故に士気は高く、すぐ補給も受けられ、「数で敵騎士に対抗することは可能」という戦略レポートも提出されていたのだ。

 

 約二週間に及ぶ断続的な空襲は、そのレポートの確かさを証明していた。

 この間、連合王国軍は、貴重な騎士100数騎を喪い、帝国騎士にもほぼ同数の損害(※戦果誤認。戦後調査によれば実際には損害僅少)を与えていた。

 軍首脳部は損害の多さに戦慄すると共に「これならば、戦える」という自信を得ていた。

 帝国騎士は恐ろしい。だが、彼等とて同じ人間。ならば、この地を彼等の墓場とし、東西に戦線を抱える奴等を消耗させる。さすれば、何れ戦局は我等優位となるだろう。

 ……今から、考えれば甘すぎる考えだったが。


 そして、その日はやって来た。

 大陸歴1936年3月24日。

 朝から、突如として連合王国が誇る本土警戒網は、一斉にホワイトアウトした。

 かつてない、強力な電場妨害―—どうやら、帝国軍は遂に本気になっらしい。

 混乱しつつも、迎撃態勢に入った連合王国軍にもたらされた敵情は、絶望的なものであった。


 ―—最低でも、300騎以上が既に海峡へ進出しつつあり。


 300騎! その数が報告された時、軍司令部では悲鳴があがったという。

 しかも、どうやら今回は対共和国相手に、空中管制で圧倒したと伝わる通称『鷹巣』が全面的なバックアップに入っている事も判明。

 混乱を深めた、軍司令部はとにかくも、稼働騎士団の全力出撃を命じた。

 ……その先に、何が待つのか、気付いていたものは誰もいない。

 いや、いた。唯一、連合王国軍司令部の全力出撃命令に対して、噛みついた部隊の記録が残っている。

 

 その部隊の名は『共和国第一独立増強騎士聯隊』。

 

 故国を喪いながら、未だ帝国との戦争を継続している、自由共和国政府直轄にして、唯一の騎士戦力であり――当時の私が所属していた部隊でもある。

 私達は西部戦線において帝国軍とやり合い、多くの仲間の死を見届けながらも、生き残ってきた、間違いなくこの時点で最精鋭と冠しておかしくない、歴戦の部隊であった。

 出撃命令を受けた後も再度、司令部へ怒鳴り込んだと伝わるが、事実だ。


『これはあの『黒死の魔王』の罠だ! 出撃する事に異議は唱えないが、海峡上空の進出しての戦闘は、極めて不利。大損害を――否、壊滅的打撃を被る可能性が極めて高い。本土へ引きずり込んで粘り強く戦う他なし。それでも勝ち目は薄いが』 

 この意見を、軍司令部は黙殺した。

 所詮、私達は敗軍の兵。第一『黒死の魔王』? 戦争とは個人がするものではない。魔王だか何だか知らないが、数の力で踏みつぶしてしまえばいい――。


 ……その結果どうなったか、読書諸氏はよく御知りだろう。


 次々と、国土防衛の強い決意を持ち、三々五々海峡へと侵入した連合王国騎士と、私達を待ち受けていたのは――完全な航空管制下に襲い掛かってくる、帝国騎士の群れだった。

 乱戦に持ち込む間すら与えられず、まるで、自分達から罠へ飛び込む形で、次々と騎士達は落とされていった。

 しかも、戦闘開始以後、電波妨害はその激しさを増し軍司令部は一時的に、状況把握不能に陥った事もまた、悲劇を拡大させた。

 ある騎士団に至っては、一個中隊が僅か一降下で全騎叩き落された例もあるという。辛うじて、一撃を躱し、反撃しようとした騎士も、二降下、三降下、四降下……絶え間得なく続く、位置エネルギー優位を保つ帝国騎士の攻撃を躱しきれず、散っていった。

 ――軍司令部がようやく、状況を把握した時、取り返しのつかない事になっていたようだ。無線には、怒声、悲鳴、怨嗟の声が溢れ帰り、事態は余計に混迷。

 その直後、帝国軍の別動隊により、海峡側に配備されていた、主要探知基地群が襲撃を受け、探知網の精度が大幅低下。最早、戦局は絶望的だった。

 この状況下において、ほぼ唯一的確に反撃を行い、探知基地攻撃を行った帝国騎士の一部隊を包囲していたのは、私達、共和国第一独立増強聯隊のみ。

 その私達も、『黒死の魔王』率いる僅か一個中隊に包囲を解かれた挙句、敵増援部隊によって、全滅判定に近い損害を被った。

 ―—全てが終わった後、基地に戻ってきた騎士達の少なさに、皆、言葉を喪った。そして、同時に悟ったのだ。


『これは戦争ではない。帝国は海峡上空で、楽しい狐狩りをしやがったのだ』


 昨今の小説や歴史書では『尊い犠牲』『死して、彼等は故国を守った』と書かれる事が多い。だが――私はそうは思わない。

 彼等は――我が戦友達は、無造作に殺された。まるで、射的ゲームのように。

 あの後、私の第二の故国が滅びの時を迎えなかったのは……単に、帝国の極々一部が、我々以上に愚かだったからに過ぎない。

 

 それでも……戦場における帝国騎士の恐ろしさに違いはなかったのだが。  

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