第二十九話 海峡制空戦―5
レナ・フォン・ノイマン。公認撃墜機数300騎超を記録した、大戦期の帝国を代表する大撃墜王の一人。
開戦から終戦に至るまで、各戦場で華々しく活躍。敵軍広報からですら、その高潔さを謳われた騎士にして私の上官であり、恩人。
戦後はノイマン家を継がれて、祖国を代表する大会社を運営。国政にも大きな影響力を持たれた。
そんな彼女にとって――中佐は、中佐こそが絶対だった。
戦後に一度だけあえて、彼女に尋ねた事がある。
もしあの時、中佐から「すまないな……来い!」と言われたら、どうしましたか? と。
―—勿論、答えは。
※※※
『緊急警報、救急警報。帝国軍が、海峡へ侵入中。数は――推定で300騎以上! 直ちに迎撃せよ。迎撃せよ』
「……300騎、だ、と!?」
待合室で、その情報を聞いた王国騎士達は呻き声を漏らした。
無理もない。今までは、精々一個大隊規模。それでも、この二週間で多くの仲間が天国へと旅立った。敵に与えた損害は……極々僅かと算定されている。
開戦当初こそ、意気軒高に侵入してくる敵騎士の迎撃を行っていた王国軍だったが、この時期、少しずつ理解し始めていた。
……すなわち、共和国が亡国と引き換えに遺した『帝国騎士との彼我戦力差は最大限楽観的にも見積もっても1:3であり、真正面からの交戦は実質上不可能』が現実のものであることを。
無論、王国大陸派遣軍が手痛い損害を被った事は漏れ伝わっていたが、生き残った者達の口は重く、ほとんど戦訓共有はなされていなかった。
いや、そうする前に、多くが二度と共有出来ぬ身になった、と言う方が正しいか。
今まで海峡へ侵入する敵騎士達は、積極的交戦を避けていると判定されていた。 だが、こちらの若い騎士が少しでも積極的な反応(つまり、迂闊な追撃といった)を示した場合、手痛い反撃を仕掛け、結果窮地に陥った仲間を救うべく急行した熟練者ばかりを狙う悪魔的戦術が、あちこちで見受けられていた。その術中に王国軍は、はまってしまったのだ。
結果、多くの――時期を考えれば同質量の黄金よりも貴重な――大陸派遣を生き残った熟練者が散華した。
後世の目から見れば、血気に走る若い騎士を止める事は難しいのならば、罠にはまった彼等を見捨てていれば部隊の根幹が折られかける危機的事態は発生しなかったかもしれない。
ついでで熟練者狩りを行ってくる帝国軍第13飛翔騎士団の技量は、この時期、極限を迎えつつあり、戦後、双方の戦果報告の突合せを行った戦史家は『これは戦争ではない。単なる気楽な狩猟——騎士狩りだ』と表現する程だったからだ。
僅か二週間で王国軍が喪った騎士は総計100騎を軽く超え、その多くは熟練騎士だった。
対して、帝国軍の損害は僅少。13飛騎に至っては、戦死者零という俄かには信じ難いスコアを叩き出していたことが判明している。
海峡上空に、西部戦線に展開する帝国騎士が全力出撃を行ったこの日の時点で、王国軍は著しく弱体となっていたのだ。
期待の新型魔装は未だ量産体制が整わず。それですら、帝国の新型に比して明確に劣勢という噂も、広まっていた。
装備、騎士の技量、指揮官の質で劣勢。
数こそ、勝っているかもしれないが……キルレシオは1:3。つまり、最低でも900騎を投入しないと、敗北は必至。が、各騎士は分散配置されており、全兵力を早期投入出来る訳ではない。また、敵の電波・通信妨害は過去最大規模であり、連絡にすら支障が出る始末だった。
だが……王国軍はあらん限りの努力を成した。これはAIを用いた再現実験でも確認されており、まさに『不屈』の名に恥じぬものだったろう。
―—その日、海峡上空で、『白騎士』率いる帝国騎士を迎え撃ったのは王国騎士約500騎。
華麗なる『白騎士』の戦歴に、燦然と輝く『カレー海峡沖の騎士狩り』の始まりだった。
※※※
「―—各隊、各隊、こちら『郵便配達』。敵は、こちらの上昇及び降下についてくることが出来ません。危うくなったら即座に離脱してください」
私の眼下では、現在、大空戦が繰り広げられている。
と、言っても、今作戦では『鷹巣』の全面支援を受けている事もあり、開戦から高度優位を奪っていた。敵本土相手ですら通信戦で勝つなんて……何と言うか、えげつない。
結果、三々五々戦場にやって来る敵騎士を叩き続ける単純作業になっている。
全体指揮官のレナ中佐は、戦況図を見ながら都度、戦力投入をしているけれど……全く隙がない。
何時もは中佐の影に嬉々として隠れているけれど、その指揮能力は折り紙付き。
なるほど。それを全軍に知らしめる為の措置、か。
「『郵便配達』。こちら『鷹巣』。感どうか」
「『鷹巣』。こちら、『郵便配達』。感良好」
「『郵便配達』。新しいお客さんだ。数は約50で、現在進撃中。狩場到着まで、約10分。奴等、どうやら腹を括ったらしいぞ。国中の騎士を根こそぎ発進させようとしている。後続も続々、発進中だ」
「『鷹巣』。別動隊――『黒騎士』からの入電は」
『黒騎士』の言葉に、レナ中佐の耳が微かに動いた。
もうそろそろ、入電があってもおかしくないんだけど。
今回の作戦を説明された時、中佐は私達にこう言った。『海峡上空の制空権を奪取する為に必要な事をする』と。
……確かに理解はした。納得はしなかったけど。作戦メンバーに選ばれたミアの勝ち誇った顔が浮かんでくる。
「『鷹巣』」
「―—『郵便配達』。『黒騎士』から入電だ! 『我、収穫に成功せり』。ただ、どうやら敵の新手と偶然出くわしたらしい。現在、交戦中とのことだ」
それを聞いていたレナ中佐が、一気に加速を開始する。
「『鷹巣』。こちら『黒騎士02』。座標情報送れ」
「『白騎士』―—いや、そいつは。第一、あんた今回の全体指揮官だぞ⁉」
「問題ない。大勢は決した。指揮しながら援護に向かう。詳細情報は『郵便配達』へ――あのね。私はあの方の副官なの。以後は『黒騎士02』に戻るわ。エマ、出来るわね?」
「了解しました……後で、一緒に怒られてくださいね?」
「勿論よ。さ、急ぐわよ。逢引の時間に遅刻は許されないわっ!」
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