第二十話 冬季攻勢ー2
この時期、西部戦線にはなんと12個飛翔騎士団、2500騎が集結していた。勿論、過去最多の騎士戦力だ。
対して、共王連合側は未だ教育段階にあった訓練部隊までも根こそぎ動員をすることで、辛うじて1500騎を表面上は維持していたらしい。
確かに、私達が前線へ復帰した後、敵騎士との遭遇はほとんどなく僅かに接敵してもその技量は稚拙だったから、これは事実だったのだろう。
ただ……中佐はその敵騎士の動きを見た時、何かを考えこまれていて、ナイマン少佐へ何かを指示されていたから私が気付いていない事実に、この時点で気付かれていたのかもしれない(そしてそれは正しかったのだけれど)。
何にせよ、確かに帝国は騎士戦力で圧倒的な優越をこの時点で得ていた。
その事実と、開戦以来、騎士が各戦場で挙げてきた赫々たる戦果を考えれば、上の人達がこれを機に西部戦線突破を画策するのは自然な事だったのだろう。
だけど――結局のところ、敵陣地を制圧するのは歩兵の役割なのだ。
そして、騎士による地上制圧は確かに大きな打撃力を持っているけれど、1年半以上に渡って構築された共王連合側の陣地は空襲に対しても相当な耐久性能を持っており、騎士だけでそれを全て潰すことは既に困難な事だった。
かつ騎士戦力は衰えていても、敵砲兵を中心とした火力は依然として健在。
それは、概ね此方のそれにやや劣る程度でしかなく、徹底的な事前攻撃でそれを減衰させたとしてもその陣地へ真正面から突破をかければ――結果は火を見るより明らかだった。
生身で、ベトンと重機関銃で固められた陣地を突破するのは至難なのだ。
たとえ、突破出来たとしても、縦深陣地全てを抜けるとは到底思えず、残るのは僅かな土地と、死体の山だったろう。
そこまで考えたからこそ、あの日、中佐は即座に動かれたのだろう。
その結果、自分の立場がどうなるか、などは一切考えずに。
何故なら――彼にとっての『騎士』とは、人を護る存在であり、決して見殺しにする存在ではなかったから。
※※※
「今から、戻る? そりゃ無理です。向こうに着いた頃にはもう夕刻ですよ。更にそこから西方方面軍司令部へ飛べ? 命が幾つあっても足りませんぜ」
帝国は、魔法技術の先端国家である。
その最たる例が、他国に比べて圧倒的に優越する魔装な訳だが、かといって航空機の可能性にも気付いていた。
確かに、騎士に比べて多くの点で劣るのは否めないものの、飛翔魔法を展開出来ない人間を車両や鉄道よりも素早く移動させる事が出来る点と、どうしても単独でしか飛べない騎士に比べて一気に数十人を運べる事は高く評価されいた。
結果、帝国では旅客機がまず発展し、その派生型として輸送機が誕生。
戦線後方では活発に動き回っており、一部ではそれを用いた新しい兵科が考えられている噂もちらほらと聞く。
そして、高官の移動手段としても重宝されており、今回もそれに乗ってやってきたらしい。駐屯地中央の運動場には、中型輸送機が駐機してあった。
その横で言い争う声。
「そこをお願いしているのよ。今日中に何とかしないと大変な事になるわ」
「と、言われましてもね。墜落させちゃどうにもならんでしょう?」
「だから、そこはうまくやってちょうだい」
輸送機のパイロット――頑固そうな准尉だ――は難色を示している。
それを説得している少佐は険しい表情。
中佐は、参謀二人を捕まえて第13飛騎と西方方面軍司令部へ『今からそちらへ行く』旨を『鷹巣』へ中継させている。
……最悪、中佐だけでも行くんだろうな、きっと。
少し身震い。
彼を敵に回すなんて、司令部の人達は、それこそ正気なんだろうか?
蒼白い顔の参謀二人と、それを引き連れた中佐がやってくる。
既に魔装を身に纏っている。
「少佐、どうかしたかな?」
「中佐殿。は、いえ……」
「ああ――そういうことか。准尉」
「はっ!」
「選んでくれ」
「はっ?」
「今、君が飛んでくれなければ――地上の戦友がこれから無数に死ぬ可能性が高くなる。が、私も一応は騎士だ。夕刻の飛行と、着陸が難しい事は理解している。そして、君もまた航空機のプロだと私は判断している。その君が無理だと言うなら、それは無理なのだろう。だから――選んでくれ」
穏やかに中佐はそう言った。彼は恐らく本気で言っている。
航空機パイロットは、他国でも虐げられる存在だし、帝国でも騎士より下だと思われがちだ。しかし、彼はそんな事に左右される人じゃない。
あくまでも准尉に対してプロとして接している。
――中佐の階級章をつけている騎士、がだ。
准尉はそれを聞くと、少し沈黙した後に不敵な笑みを浮かべた。
「はっ! 中佐殿――仕方ありませんな」
「はは、すまんな。准尉。この礼は必ず。ああ、終わったら好きなだけ飲んでくれ」
「ありがたい話ですな」
「よし、では頼むよ」
「はっ! お任せ下さい」
「さて、とっと乗ってくれたまえ。時間がない」
一転、参謀二人へは恐ろしく冷たい声。
二人は、何か、もごもご、と声に出そうとしていたが、輸送機へ乗り込んで行った。
「では、准尉すまないが頼む。ああ、護衛には私と――」
そう言って周囲を見渡す――中佐と視線が交差した。
「クリューガー少尉」
「は、はい!」
「すまないが私とお使いだ。すぐに準備を」
「はっ! り、了解いたしました」
「少佐。明日までに私が帰ってこなかったら指揮を代行しろ。ミュラー、その場合は貴官が次席指揮官だ。副官、他の部隊から情報を収集しておいてくれ。何、すぐに戻る」
「「「了解しました!」」」
手早く、中佐が指示を出していく。私も魔装を取りにいかないと。
「――エマ」
ミアが私の魔装を持って走ってくる。
どうやら、この間に取りに走ってくれたらしい。受け取り、急いで纏う。
「ありがと!」
「――気を付けて」
「うん」
輸送機のエンジンが回り始め、離陸を開始。
それを見て、中佐と私も飛翔魔法を展開、ふわりと浮かび上がる。
「では、諸君。行ってくる」
第13飛騎の駐屯地までの飛行は順調だった。
既に夕刻になりつつあったが、私の目から見ても准尉の飛行技術は確かなもので、駐屯地内に設けられた仮説の飛行場への着陸も非常にスムーズに済んだ。
中佐と私もその近く着陸。何事か、と士官と兵が寄ってくる。
「第501連隊連隊長だ。先程、無電した件で参上した。騎士団長殿に面会願う」
「はっ! 中佐殿。申し訳ありません。騎士団長は体調不良で休まれております」
応対に出た司令部付きの中尉が告げてくる……体調不良?
中佐はそれを聞くと、穏やかな声で告げる。
「それは、喋れない程の体調不良なのかな?」
「はっ! あ、い、いえ、その……」
「――中尉」
「はっ!」
「君は士官になった際、宣誓をしたかな?」
「はっ?」
「帝国は君を士官に任じた。その時、君はなんと宣誓した? 『我が身は国家の剣となりて、帝国を、そして国民を護らん』。そう宣誓しなかったかな?」
「――致しました」
「ならば、君の義務を果たしてほしい。もう一度尋ねる――騎士団長殿は何処かな?」
穏やかな声だ、本当に。
だけど、私がこの声でそう言われたら逃げ出したくなるだろう。
周囲の士官、兵も静まりかえっている。
「――貴官に隠し通すのはやはり無理か」
一人の士官が歩いてくる。階級は――准将。咄嗟に敬礼。
輸送機から転がり落ちるように、参謀二人が下りてきてその将官側に駆け寄る。
「か、閣下申し訳ありません。中佐殿がどうしても、と言って聞かず……」
「作戦説明に理解が得られず……」
「――閣下。御説明願いますか? 事と場合によっては」
ただじゃおかない、という決意が見える。周囲の人間が後ずさる。
それを受けた、准将は苦々し気。
「分かっている。だが――この場では話せん。来てくれ」
「はっ!」
それに続く中佐。そして後に続こうとする、参謀達。
「貴官らはよい。そこで待て」
「「はっ?」」
「少尉、君は来い。ああ、どうせすぐに西方方面司令部へ飛ぶ。魔装はそのままで構わないよ」
「へっ? は、はい!」
参謀二人は茫然。私は当惑。慌てて、中佐へ追いつく。
おそらく、騎士団司令部なのだろう。
天幕ではなく、ちゃんとした建物に入っていく。そして、余り一室に案内された……私、一緒に来て良かったのかな。
席に腰かけ(私は立っていようとしたら、座るように言われた。お、落ち着かない)、中佐が口を開く。
「――ご説明願います、閣下」
「その前に、そこの可愛らしい少尉に自己紹介くらいしても構わんだろう。第13飛翔騎士団参謀長のランゲンバッハだ」
「はっ! 准将閣下。小官は、エマ・クリューガー少尉であります。第501連隊第324大隊本部小隊に所属しております」
「名前は中佐から聞いている。将来有望な騎士だと」
「こ、光栄であります」
「――閣下。本題を」
中佐のたしなめる声。私はちょっと高揚。
部下を褒めまくる人なのよ、は少佐のボヤキだけど、私まで褒めてるってことは、隊内のほぼ全員を褒めまくってるんだろうな、きっと。
「貴官は何処まで気付いている?」
「前線の状況を見ずに、机上の数字と空気だけで決めたのだろう、と。目的は、東部戦線との張り合いですか? それとも『緋』が成功したから自信を持たれたか。そんなところでは?」
「……今回の案はどう思う」
「閣下。小官は別に軍内の出世を全くもって望んでおりません。ですが、それは騎士としての責務を放棄することと同義ではないのです」
言外に『言うだけの価値もない』ということか……。
「分かっている――分かっているのだ、そんな事は! 貴官ならば、そう言うだろうさ」
「ならば、何故反対されなかったのですか? 正面から、しかもこの時期の攻勢など。失礼ですが、正気を疑っております」
中佐からは心底の疑問。
准将は苦衷に満ちた表情。そして、おもむろに重い口を開いた。
「……帝都、しかも参謀本部からの命ではない。更に『上』からだ」
※※※
あくまでも私の個人的な印象だけれど、参謀本部は後から言われた程、愚かな作戦指導はしていなかったと思う。
特に戦争前半は余裕もあったし、そこまで無茶苦茶な命令もなかった。
だけど、その『上』からの命令は……。
実戦に立つ私達をそれが酷く悩ます事になっていくのはもう少し先の話。
作戦名『蒼』はその始まりを告げる序曲だった。
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