第3話 正義には悪の鉄槌を~戦闘スタイル参照用~

「一体、何が起こっている……?」

 彼がエントリーしようと受付に立っていた時だ。

 突如、ドームの上空に巨大な目が出現した。この恐ろしい現象が、参加者のうち誰かの仕業なのか、それともあの目の正体が参加者そのものなのか……そう考えた時、千古は激しい戦慄を覚えた。しかし、同時に胸を踊らせてもいた。参加者の恐ろしさは、これすなわち仲間に引き入れた時の頼もしさと等しいからだ。

「面白い。どこの誰が参加しているのか知らないが、一人残らず改造して、ボスたちへの手土産にしてやろう……あ、すみません、エントリーしたいんですけど」

「かしこまりました。それでは、こちらのエントリーシートに、お名前をご記入ください」

「分かりました。えっと、『千古 星児』っと……できました」

「お預かりします。それでは、そちらから会場にお入りください。どうぞごゆっくりお過ごしください」

 受付嬢の案内に従って、千古はドームの中へと入っていった。


「……歓声がこんな所にまで聞こえてくるとは、やはりただの喧嘩祭りではなさそうだな」

 待合室へと続く通路を、白衣の青年が歩いていく。フィールドからはそれなりの距離があるはずだが、それを感じさせない程に、客席の熱狂がひしひしと伝わって来る。それを聞きながら、彼は旅立つ時のことを思い出していた。


「それでは、気を付けて行って来い。私たちの期待を裏切らないようにな?」

「心配ないさ、ボス。楽しみに待っているといい」

「あの……千古さん」

「ん? どうしたんだい、久羽?」

「その……トーナメントで死ぬことはないと聞きましたが、くれぐれも無理はしないで下さいね」

「お? なんだよ、久羽! 今日は随分優しいじゃねえか!」

「脳筋は黙ってて下さい。我々には、まだ千古さんの技術が必要だと言ったまでのことです」

「君は心配性だな、久羽。私が負けるとでも?」

「そういうことだよ! 心配すんなって! 千古、お前も負けんなよ? もし初戦で負けたりしたらぶちのめすぜ!」

「ハハハ、ぶちのめされないように頑張るよ。それじゃあ、行ってくる」


「千古 星児さんで、間違いありませんね」

 突如通路に響き渡った声が、感傷に浸る彼を現実に引き戻した。

「ああ。間違いない。君も参加者かい? いやはや、私の名前が、遠く異世界にまで轟いているとは嬉しいよ。サインでもあげようか?」

「ふざけないでください。世界線管理局から、違法に異世界へ渡航した容疑で、あなたを拘束せよとの令状が出ています。お手数ですが、任意同行を願います」

 千古が振り向くと、そこには眼鏡をかけた女性が立っていた。低い身長と、ハリのあるソプラノの声が特徴的だ。千古の目には、彼女は二十歳前後と映った。

「世界線管理局? 聞いたことが無いな」

「そうでしょうね。市民の安全のために、私たちの存在は秘匿されていますから」

「フン、普段は隠れているくせに、まずいことが起きると急に出てきて逮捕する、という訳かい? 随分と良い仕事をしているじゃないか」

「否定はしません。あなたは今、世界を跨いでの事象改変を起こそうとしている。最悪の場合、あなたの手によって複数の世界が不可逆的に改変されてしまい、大勢の人々に危険が及ぶ恐れがあります。そのような事態は、絶対に避けなくてはなりませんから」

「悪の科学者に、そんなことを考えろと言うのかい? それは面白い冗談だね」

「冗談ではありません。ご同行を願えないのなら、実力行使による確保を行います」

 眼鏡の女が語気を強めると、二人を取り巻く景色が変わり始めた。

 数秒の間に、リノリウムの廊下は殺風景な公園へと、その姿を変えた。

「──? ここは……」

「見覚えがあるでしょう? ここはあなたの記憶をもとに、この世界に割りこむ形で作り出した空間。言うなれば、です。そして、彼らも」

「…………」

「…………」

「昴、それに久羽まで……なるほど、私の記憶にある物なら、何であろうと作り出せるという訳か」

「勿論です。さて、今のうちに投降すれば、痛いようにはしませんが、どうされますか?」

「断る。生憎、私はプライドが高くてね。君のような勝ち誇った顔を見ると、どうにも気分が悪くなるんだ」千古がゴーグルを手に取る。

「コンディション、オールグリーン。改造怪人 アブドクター、起動!」

 そして掛け声とともに、ゴーグルを勢いよく装着した。全身にノイズが走り、彼は改造怪人 アブドクターへと変身した。それに対抗するように、偽物の昴は黒い鋼鉄の鎧に覆われた黒鉄くろがね怪人 ムストレイン、同じく偽物の久羽は下半身がそのまま逆向きの脳のようになった超脳力ちょうのうりょく怪人 セレーブランへと姿を変えた。

「……」

「……」

「……」

 睨み合う三体の怪人。記憶の中の公園は静寂に包まれた。

「────!」

 最初に動いたのはムストレインだった。その真っ黒い巨体から蒸気を猛烈な勢いで噴き出しながら、アブドクターに殴り掛かる。アブドクターは横にかわし、すかさず足払いで転ばせて、後ろで隙を伺っている浮遊する脳髄に向きなおった。

「セレーブラン、まずは君からだ!」

 そう叫ぶと、機械仕掛けの科学者はセレーブランに向かって突撃していく。

「……」すぐさまセレーブランは念動力で迎え撃つ。景色が少し歪んだかと思うと、次の瞬間、土煙があがり、地面に小さなクレーターが形成された。すると、土煙が突如、ある一点に収束した。そして──

「──!」

「残念だったね。土煙を注射器これに改造させてもらった」

 気が付いた時には、セレーブランの体には、アブドクターが産み出した注射器が突き刺さっていた。アブドクターがピストンを押し、中の薬剤を注入する。

「…………?」

 しかし、特に何も起こらない。セレーブランは反撃の体勢に移ったが、彼は突然、のたうち回って苦しみ始めた。

「──!? 何をしているんですか? セレーブラン!」

「ハッハッハ! 効いてきたみたいだね。今私が注入したのは神経を興奮させる薬。普通の人間に使っても大した効果は無いが、彼は全身の八〇パーセントが脳細胞と化した超脳力怪人! 限界以上に興奮させられた彼の脳は、もう崩壊寸前だ!」

 アブドクターが説明を終えると、セレーブランは動きを止め、そのまま爆発した。

「さあ、次は君だ」アブドクターがムストレインの方へ顔を向ける。

「……」

「問題ありません! 力で叩き潰してしまいなさい! ムストレイン!」

「……!」

 眼鏡の女の叫びに呼応して、鉄の超人は暴走列車のごとく迫撃する。

「無駄だな……ハッ!」

 アブドクターは短く呟き、迫り来る巨体のみぞおちに蹴りを叩き込んだ。ムストレインは痛みに後ずさりする。

「まだまだ!」続けて肝臓の上、肋骨、喉仏、そしてこめかみと、的確に急所を殴りつける。平衡感覚を失ってよろめいた所に組み付き、全身の力を込めて投げ飛ばした。

「何故……何故、肉弾戦が苦手なはずのあなたに、そんな真似が出来るんですか?」

「ムストレインの体は厚く、そして堅い鎧に覆われている。だが、彼もあくまで生物。然るべき部位を然るべき力で攻撃すれば、鎧などほとんど意味を成さない。そんなことが、彼を改造した張本人に分からないとでも?」

「くっ……立ちなさい! ムストレイン!」

「…………」

「だから、無駄だと言っているだろう?」

 アブドクターは足元の瓦礫を手に取った。そして、それを握りしめると、瓦礫の表面にノイズが走り始める。

「君たちには『悪の鉄槌』を下してやろう。極悪奥義”イヴィル・パニッシュ”!」

 その叫びとともに、瓦礫は同質量の火に変化し、ムストレインに襲いかかる。火を構成する気体は瓦礫に比べて密度が大幅に小さいために、その火は大きく膨れ上がり、巨大な火球となってムストレインを焼き尽くした。


「どうして!? 二人の力はオリジナルと変わらないはず! なのにどうして?」

「……簡単な話だ。本来、私のような悪役が言うセリフではないが、君の作り出した彼らには心が無い。『悪』の誇りも、矜持も、すべてだ! たとえスペックは同じでも、そんな力に、私を倒すだけの強さは無い! さて……偽物とは言え、私の仲間を利用したこと、ただで済むとは思わないでくれよ」

「……分かっています。殺すなら早くしてください」

「殺す? 冗談はよしたまえ。君には怪人として、私たちに命を捧げてもらう!」

「え? そんな、やめて──いやっ!」

 女の抵抗を物ともせず、アブドクターは彼女の首を掴み、地面に強く押し付けた。

 彼女の指先が、ノイズとともに異形へと変化し始める。

「さあ、どんな能力を与えてやろうか?」

「いや、嫌あああ!」

 改造に伴う強烈な不快感、恐怖、そして敗北の屈辱。様々な思いが混ざり合った絶叫が、偽物の公園に響き渡る。ノイズに覆われた部分は次第に拡大し、彼女の両腕が完全に改造されようとした、その時だった。

「嫌だ! こんな悪に……悪なんかに!」

 明らかに、女の目が変わった。怒りだ。それは完全に、目の前の怪人を打倒しようと怒りに燃える、戦士の目だった。そしてその眼光は、アブドクターの中で、とある一人の眼光と重なった。アブドクターは不意に、彼女の首を掴む手を放した。

「……何の、真似ですか?」

「気が変わった。改造はこの辺りでやめておく。敵に情けをかけられた。その事実の方が、君にとって屈辱だろう? 悔しければ、また私の前に立ちふさがってみせろ。ただし、君自身の力で、ね」

「申し訳ありません、藤岡先輩……私が弱いばかりに、こんな……」

 そう言ったのを最後に、彼女は意識を失い、制御する者を失った公園が、元の通路の姿を取り戻した。

 それを見届けると、アブドクターは変身を解除し、待合室へと向けて歩き出した。

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