005. 森林破壊

「月影っ!」


 一秒だけ、蒼一たちの前方の森が真昼の明るさに照らされる。

 勇者はスキルの力を最大に引き出すことができる。少なくとも、マニュアルにはそう書いている。

 月影も、習得したばかりなら、ほんの刹那の光を得るだけなのだろう。

 ただ、一秒は敵の隙を産むには優秀な効果だが、照明の代わりをするには無理がある。


「月影っ、月影っ、月影ぇっ!」

「蒼一さん、目が、目がぁっ!」


 ストロボの連続発光に、雪が音を上げた。


「むぅ……」


 仕方ない、要所で使用して、明るいうちに道を覚えよう――そう蒼一は妥協して、月影の使用頻度を下げる。

 巨岩は休憩地点から距離もなく、数回のストロボで労無く到着した。

 水のせせらぎが聞こえ、涌き水が小川になっているのが分かる。

 衝い立てのような岩を回り込むと、噴き出す泉と流れ出す川が、夜空の光を反射していた。


「誰もいねーな」

「蒼一さん、あれ」


 雪が見つけたのは、泉の脇に転がる二つの水筒だ。


「月影っ」

「ひっ」


 蒼一の作った月光が泉に映り、強烈な眩しさで拡散する。


「やっぱり、誰もいない」

「いきなりは止めてください! 半端じゃないんだから、それ」


 若干、メイリには天然の臭いがしていたが、勝手にいなくなるほどじゃないだろう。

 掠われたか、明後日の方向に逃げているか……。


「熱探知を見せてくれ」


 雪の差し出した紙は、暗くて無地にしか見えない。


「松明が欲しい」

「夜光石、買ったじゃないですか」


 彼女に指摘され、陽光を溜めて夜に発光する小さな石を購入していたことを蒼一は思い出す。

 ポケットから石を取り出し、タブラの上に掲げる。


「……駄目だ。弱い熱は、反応が多過ぎる。獣だらけだろうしな」

「見にくいですね、この光じゃ」


 夜光石の輝度は低く、手元をぼんやり照らす低度の明るさしかない。


「月影っ!」

「だからあっ!」


 スキルの光、これは強すぎる。

 照らされたタブラは白紙に戻って見えた。


「あのさ、地色がピンクってのも悪いんだよ。他の色は無いのか?」

「赤とオレンジですね。どれも可愛いでしょ」


 熱でメイリを探がすのを、蒼一は諦める。まだ他にも役立ちそうなスキルはあった。


「同種族探知を取ろう」

「…………」

「どうした?」


 雪が巻物を開いて固まっている。


「全く読めません。字が細かくて」


 二人は一度、焚火の前に戻る羽目になった。


「ここなら読めるだろ」

「はい、では――」


 獲得した同種族探知を、オレンジのタブラに発動させる。


「この中心の濃い緑が雪だな」


 彼は探知範囲を少しずつ拡大した。


「これ、動いてます!」


 山に向かって進む、雪より小さな緑点。


「間違いないだろう。こんな夜の森を一人で散歩するのは、バカかメイリかバカなメイリだけだ」

「結構いるんですねえ」


 二人は荷物をまとめ、火を消すと、森を北上し始める。

 夜間行軍は、昼とは違い面倒を極めた。

 いくらか進んだところで、あちこちに傷をこしらえた蒼一が立ち止まる。


「あのさ、やっぱり月影使わねーか?」


 枝に額を何回かシバかれ、彼は光の必要性を訴えた。


「夜光石で、それなりに見えるじゃないですか」


 蛍の光でも、もう少し明るい。


「月影じゃなければ、いいんだな?」

「え、まあ……」


 彼は手近な樹に手を添え、スキルを発動させた。


「炊事っ!」

「ちょ!」


 彼の右手を中心に、樹の幹が赤熱を放つ。

 蒼一はすかさず一歩前に出て、左手で突き出た枝をつかんだ。


「炊事っ」


 彼の通る道に、燃焼中の木炭のような光が灯って行く。


「最初から、こうしとけば良かった」

「山火事になりますよ! いや森火事?」

「まあ、多少は、ね?」


 人命救助を大義名分として、ナグサの森の破壊が、勇者の手によって開始されたのだった。





 タブラに浮かぶ小さな点は、思ったより移動が早い。

 少しは差が縮まったが、視認できるにはまだ遠かった。


「あー、焼き払えたら早いのに」

「そこまでやったら、二番目の魔王って言われます」


 炊事で熱っせられた木々は、今のところ他に燃え移ってはおらず、彼らのここまでの経路を知らしめているだけだ。

 北へ進むほど、足元が水気を含んで柔らかくなる。地図にあった、山から流れるナグ川に近い証だった。

 先行して樹を炭化させていく蒼一を、雪が呼び止める。


「点が曲がりました! 左に向かってます……熱っ!」


 手元に視線を落としていたため、彼女の腕に灼熱の枝が触れた。


「目的地が近いのかもな。急ぐぞ」


 ナビ役の雪が次に叫んだのは、そこから数分進んだ先のことだ。


「点が止まりました!」

「よし、慎重に近づこう」


 蒼一は炊事の使用を控え、やや速度を落として暗い森を歩いて行く。

 やがてタブラ上の雪と目標の緑点が接近し、ゴールが近いのが予測できた。


 二人は月明かりだけを頼りに、足音を忍ばせてさらに前に進む。

 緑点が到着した場所は、すぐに目の前に現れた。


「ここだ。あいつらの巣だ」

「巣というか、村みたい」


 木々の合間から、狩場のように開けた広場が窺える。

 下草で分かりづらいが、水溜まりが多く、地面は湿地のように濡れているようだ。木や草を組み作られた汚い住みが、十以上は見受けられた。

 二足で歩く影があちこちに立ち、それなりの規模の集落だと分かる。


「川辺に住んでるんだ。イノジンかと思ったら、違うようだな」

「もう少し小さいですね。食べ甲斐の無い感じ」


 様子を観察しようと集落を遠巻きに移動し、緑点の示す者を探す。

 空き地の中央に、その目当ての人物はいた。


「また気を失ってますよ」

「それより、あれ、典型的過ぎないか?」


 集落の中央には大きな木杭が打ち込まれ、そこにメイリが括り付けられていた。

 彼女を囲むように、小さな影が奇妙な動きで踊る。


「食べるんですかねえ」

「どうだろ、焼く気は無いみたいだぞ。踊ってるし、踊り食いかな」


 メイリを掠った連中は尻尾が長く、細身で体表がぬめっていた。地面と同じく、彼らも濡れており、顔の形から種族が推測できる。


「イモリの魔物。イモジンだ」

「分かりやすいネーミングは、嫌いじゃないです」


 このまま眺めていても、ロクな結果にならないだろう。

 出発前に、雪にいくつか攻撃スキルを追加してもらい、蒼一は強行突破でメイリの身柄を確保することを狙った。


「例によって、雪はここで待機。ひとっ走り行ってくる」


 イモジンたちの武器は、見たところ木の棒の先を削った単純な槍だ。接近戦なら、気合いでなんとかできる。


「地走り!」


 昼の猪戦で活躍した土煙は、この時は彼の周りを薄く漂うだけだ。


「湿ってると使えないのか……」


 中途半端な煙幕はイモジンの注意を引く。

 テンションの下がった蒼一は、さして近づかない内に、両生類の亜人たちに見つかってしまった。


「まあいいや。月影」


 この目くらましは、昼より威力を発揮した。

 水気の多い土地にイモジン自身の体と、月光が反射する物は多い。加えて、彼らは夜行性なので、強烈な光は視神経をしばらく麻痺させる。


「キュロキュロッ!?」


 右往左往して逃げ惑うイモジンたち。

 敵の醜態に、蒼一は再び勇者の血がたぎる。


「はあぁぁっ! 回復! 歩行!」


 転ばぬ先の回復、保険を掛けて、彼は競歩で集落中央へ歩み寄る。

 運よく月影の直撃から逃れたイモジンが視力を取り戻すと、大股で近付く蒼一と対面した。


「キュロ?」

「気つけっ!」


 パチンッ!

 微弱な電流がイモリの全身を走り、デロンと出した舌先を震わせる。


「キュロロロロッ!」


 人間には気つけのショックも、両生類にはスタンガンだ。

 イモジンは為す術も無く、その場に崩れた。

 未だに目を押さえるイモジンの踊り子たちにも、リズム良く気つけをお見舞いする。


「気つけ! 気つけ! 気つけぇっ!」


 キュロキュロと倒れる亜人の声が、田舎のアマガエルの合唱のように川辺に響く。

 念のため、蒼一は湿った地面にも手を当てた。


「範囲気つけっ!」


 別技ではなく、ただの気つけだ。それでも水気を伝い、確かに倒れたイモジンたちが一斉に体を跳ねさせた。

 敵を排除し、木杭に向かうと、彼はメイリを拘束する縄を剣で断ち斬る。

 ドサリと倒れる彼女の頭を左手で鷲づかみにし、蒼一はドドメの電撃を宣言した。


「真・気つけ!」


 本来の使い方という意味で、これは正しい。


「あぶぁっ! あっ……ソウイチ……」

「寝過ぎは生活リズムが崩れるぞ」


 彼女を引っ張り上げ、剣で森を指し示す。


「雪が待ってる。行こう!」

「は、はい……」


 まだ元気なイモジンは、蒼一の月影と電撃に怯え、遠くから槍を構えるだけだ。

 後は逃げるだけと思いきや、森の際にイモジンが横一列に並んでいる。

 獲物を逃がすまいと意地を見せた、イモリの猛者たちだった。


「心意気は買うが、相手が悪い」


 メイリを自分の後ろに隠し、彼は新技の披露を試みる。


「行くぞ、木枯らしっ!」


 刀剣スキルの一つ、木枯らし。

 剣先が空中に滑り、月影とは逆に弧を斬ると、蒼一の前につむじ風が発生して敵に向かって勢いよく突き進んだ。


「キュロロッ!?」


 小さな竜巻がイモジンの一人を巻き込み、そのバランスを崩す。

 たたらを踏んだイモジンは数メートル後退し、何とか倒れまいと足を踏ん張って耐えた。


「うん、まあ……遠距離攻撃用スキルだし……」


 自分を納得させる蒼一だが、この技は攻撃スキルではない。敵の毒霧などの気体系の技を、吹き飛ばして消すためのものだ。

 せっかくなので、彼はこのスキルも連打してみる。


「木枯らし! 木枯らし! 木枯らしぃっ!」


 ビュンビュンと吹くつむじは、敵の横列を崩して森へ消えて行く。

 だが、これだけではイモジンにダメージは無い。


「もう納得したわ。月影っ!」

「キュロォッ!」


 目を潰されたイモリの結末は、先のダンサーたちと同じだ。


「気つけっ」


 蒼一が端から順番にイモジンの肩を叩いて行くと、皆うなだれてガックリと膝から崩れる。

 森から戦闘を見ていた雪が、彼の方に走って来た。


「イモジンのリストラですね」

「微妙に不謹慎な例えはやめろ」


 剣を鞘に戻し、彼は雪に次の進路を問う。


「どうする、休息地点に帰るか?」


 彼女が答える前に、メイリが蒼一の腕を引っ張った。


「ソウイチ、あれ! 森が!」


 彼の放った木枯らしは、森の木々の間を抜け、新鮮な酸素を行き渡らせる。

 その結果は、炊事で熱を持った樹の再燃焼だ。

 無酸素状態になっていた森林は、勇者のスキルによって爆発的な燃焼を起こす。

 勢いを取り戻した火は火炎へと成長し、隣の木へ燃え移り、猛火は森を舐め始めていた。


「ゴォーゴォー言ってるよ」

「うん……」


 火勢は景気がいいが、蒼一はどこか悲しげだ。


「人を助けるにも、対価は必要だ。これもまた、勇者の宿命なんだろうな」


 綺麗にまとめて、彼は進路を決める。


「このイモジンの村を越えて、川を渡れる場所を探そう。メイリの村は、その先だ」


 三人は集落を縦断して、反対側に抜ける。途中、起きてきそうな者には、気つけとマジカルロッドが炸裂した。

 夜の河原は石に足をとられ歩きにくいが、森よりは見通しがいい。

 休憩できる場所を求め、一行は北上を続けた。


 この夜、燃え出した火は、翌日の昼に鎮火する。

 ナグサの森は、勇者によってその四分の一を焼失したのだった。

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