ノロイノロイ 中盤

 準の指先がプールの壁に触れた瞬間、タイマーを止める。


「26秒89」

「……あと0.39、ね」


 この1週間、俺と準は毎日市民プールへ来ている。理由は当然、掛詞の解呪のため。

 今年度、新入部員がおらず、六灯高校水泳部は廃部となった。それまでに目標タイムである26秒50に2秒届かなかったこと、それが自分の後悔。準はそう言っていた。

 彼女は、跳ね橋を渡って神社を越えた先の串原南くしはらみなみ中学に通っていたらしい。中学の時は、県大会で入賞するほどのスイマーだったと自慢げに言われた。

 水から上がると、キャップを外し、腰まで伸びる長い髪からぽたぽた雫を落としながら、プールサイドのベンチへ歩いていった。俺もついていって、ポカリを差し出す。


「……ありがと、衛」

「俺、水泳よく知らないんだけど。1週間で1.6秒も縮められるもんなのか? かなり凄いことじゃない?」

「……そうね。現役の時は何だかんだ、ダラダラやってたのかも。火事場の馬鹿力って迷信だと思ってたけど、馬鹿にならないわ」


 50m自由形。高校生女子の日本記録は、24秒21。

 それに2.3秒差まで迫る記録を、短期間の努力で実現しようとしている準の姿に、俺は素直に尊敬を覚えていた。


「……でもダメね。1.5秒縮めるのはすぐだったけど、ここ3日くらい伸び悩んでる」

「ダメって事はないだろ」

「……ねえ衛。今、まだ12時くらいよね」

「ん? あぁ」


 プールサイドに置かれたスポーツタイマーは、12時10分を指していた。


「……休憩にしましょう。衛はどこかで昼食でも食べてきて。15時に再集合」

「いいけど。お前は?」

「……私は行くところがあるから」


 そう言ってスタスタと歩いていく準。

 こっちが勝手に助けたいって思って行動してるだけだから何も言えないが、けっこう勝手な奴だ。ここ数日で彼女の言動には慣れたから、どこへ行くのかとかは詮索もしない。


「……あと、あまりじろじろお尻見ないで」

「善処する」



「………………」

「……おまたせ」


 15時。約束の時間になってプールサイドに現れた準は……あんなに長かった髪をバッサリ切って、肩の高さで切り揃えたショートボブに変身していた。

 変身。これは変身という他ない。少なく見積もっても印象が45°くらいは変わった。


「可愛いじゃん」

「……あら。衛の事だから気付かないと思ったんだけど」

「俺の何を知ってんだ。その変化に気付かんのは無理があるだろ」

「……じゃあアップし直すから。終わったら声かけるから、またさっきの所に立っていてね」


 ……本当に勝手な奴。


 結果的に、髪を切ったのが何かの形で作用したのだろうか、1発目の計測で、準は26秒43という好タイムを叩き出し、目標の達成に成功したのだった。

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