掛詞《カケコトバ》シリーズ

OOP(場違い)

掛詞《カケコトバ》

ノロイノロイ 発端

 二ノ瀬準にのせ じゅんの胸……鎖骨と乳房の間、ちょうど真ん中谷間のあたりに文字が刻まれているのを見て、俺は「あ」と声をあげた。


「…………」


 二ノ瀬は俺の「あ」に、2秒ほど遅れて気付き、顔を上げ、何も言わずに眉を顰める。

 夏休み、高校、空き教室。引き戸を開けて口も開けて「あ」の口のまま固まる俺と、口を真一文字に結んで少しかがんだ姿勢のまま微動だにしない下着姿の女子がひとり。

 このままだと俺は悪名高い覗き魔となってしまいそうだから、この辺で自己紹介も兼ねて、ここまでの経緯を話させてほしい。


 俺は、結城衛ゆうき まもる。今となっては恥ずかしい、いかにも正義の味方みたいな名前を持つ、六灯ろくとう高校2年の男子だ。

 放送部に所属しており、今日はコンテストに出す放送作品の制作を昼までやっていた。ついでに家では捗らない課題をやろうと思い立つも、部室には若干いづらいし図書室は性にあわない。適当な場所がないかと探していたところ、2階実習棟の空き教室を見つけ、入室したところである。

 結果として……最後に使ったのがいつなのか分からない、乱雑に机や椅子が積み上げられたその教室の真ん中では、二ノ瀬がお着替え中――それも最悪のタイミング――だった、というわけだ。

 そう。女子が着替えをしているだなんて知らなかったのだ。俺は悪くない、俺は悪くない。


 動揺のあまり、長々と頭の中で繰り広げてしまった独白から現実へ立ち返ると、二ノ瀬は今さら脱いだ服をあてて胸を隠し、


「……いつまで見ているの」


 と言った。

 ごめん、と謝り、ここまでの経緯を早口でまくし立てる俺。2回目の「俺は悪くない」を言い終わる直前で、二ノ瀬の低い声がそれを遮る。


「……分かったから。とりあえず、人間道徳的には、あれこれ言い訳するよりもここを出るのが先だと思うけど」

「ああ、うん。それはそうなんだけどほら、誤解されたらまずいし」

「……出ていって、って言ってるの」


 妙に会話のテンポが悪いのは動揺のせいだろうか、それとも……。

 格好が格好だから、彼女の目を真っ直ぐ見れなくて、視線をあちこちにずらしてしまう。二ノ瀬の耳についたダイヤの形のピアスが、それを責めるように、鋭く光って虹彩を刺す。


「……見なかったことにしてくれるなら、こっちも見なかったことにする」


 はっとした。二ノ瀬は初めから、俺に裸体を見られたことなど屁にも思っていなかったのだ。

 見なかったことにしてくれるなら。

 その言葉が意味するところは、もちろん、なのだろう。


「二ノ瀬。お前、その胸の『文字』……」

「……聞こえなかった? 見なかったことにして、って言ってるの。私としては、いつ叫び声をあげても構わないのよ」

「それは困るけど。二ノ瀬、ひとつ聞きたいことがあるんだ」

「……次が最後よ。私も面倒事にはしたくな」


「お前の会話のテンポが遅いのは、その『ノロイ』ののせいか?」


 二ノ瀬は、分かりやすく面食らった。

 押し黙ったその隙に、俺はカバンから水筒を取り出して、カッターシャツの袖をまくり、右の二の腕、ちょうど力こぶの頂上になる位置にお茶をかける。

 そして、指の腹で強く擦ると……。


「……カケコトバ?」

「中学の国語の授業で習っただろ。今風に言うならば、ダブルミーニング」


 浮かび上がったのは、『ヨル』の文字。

 それを見た二ノ瀬は、2、持っていた服をその場に取り落とした。


「お前の助けになりたい。話をさせてくれないか」

「…………」


 ひとしきり、白目の中で瞳を震わせた二ノ瀬は、一瞬目を瞑ると、俺を睨み。


「……とりあえず出てって」


 ……そりゃそうだ。

 俺は顔が紅く染るのを隠すように顔を背けると、引き戸をばすんと強く閉めた。

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