第41話 忠義と反撃の狼煙


「………………無事か?」


 地面に身を屈め、運よく難を逃れたメルクは、仲間達に呼びかける。


「……えぇ、無事です。アナ様も……大丈夫そうです」


 逆流した魔法のエネルギーに卒倒しかかったアナは、運悪く小さな瓦礫に足を怪我していた。声も出さず、必死に痛みをこらえるアナの表情は苦悶に満ちているが、決して弱音を吐くことはなかった。それは、王女である意地か、兄を心配させないための努力か、それは本人しかわからない。


「……これ以上の損壊は、取り返しがつかない。犠牲者が、数万人に及ぶかもしれない」


 メルクは、混乱し沸騰しそうな頭を必死に冷やし、とにかく冷静に状況を見る。


「……ですが、もうすぐ……。あの方は、何かを……」


 それに確証などない。けれど、王女としての勘はそれが間違いのない確信であると理解できていた。


「……そうだな。とりあえず、あれを防がなくてはいけない。まずは、被害を最小に抑えないと」


 メルクが目をやるのは、門の真下で蹲るこの国の騎士の長。誇り高い騎士の姿とは程遠い、全てを失った様子の一人の男の姿だった。


「ガヴェイン卿……いや、ガヴェイン、聞こえているんだろう?」


 メルクはその名を呼ぶ。何もかもを否定され、自分の存在理由を失った騎士の名を。ガヴェインは呼ばれた声に反応を見せるも蹲って、何も答えようとしない。


「……ガヴェイン、確かにあんたが今協力したところで、何かが変化するとは言えない。……でも、アナがこんなになっている以上、あまりにも人手が足りない」


 訴えるように伝えるメルクに、ガヴェインは呟くように弱々しい声音で返答する。


「……私に何ができると? 私はあの者に敗れ、無様にへたり込んでいるのだぞ。……それだけでなく、忠誠心をも否定され……」


 メルクはふっと鼻で嗤うどころか、豪胆な笑みを浮かべて。


「……俺は忠誠心とやらの存在に全く興味はねぇが、この国の人々はあんたの活躍を今、願っている。それを、裏切るのか? 違うだろ。最後の最後まで戦い抜いて、人々に誇れるような騎士にならなくちゃいけないだろうが。立て! 立ち上がれ! お前の望む理想のために」

「……だが、今の私には……」

「あんたは女王陛下を信頼しているんだろう? ならば、陛下にすがればいい。主を信用しなくて、どうするよ。陛下に縋って、俺に縋って、お前の理想を叶えて見せろ」


 メルクは訴える。母をついに救えなかったからこそ、母の教えを尊重して。


「……あいつをたおすのは任せろ。俺が、可能性を見せてやるから。でも、それだけじゃ足りない。全てを救うには……。だから、陛下を信頼しろ。お前にしか、できないんだから」


 メルクの瞳は腐っていない。太陽を思わせるように、煌々と光っているように見えた。


「……陛下に。自らの主に、縋るか。とても騎士としてはあってはならない。……が、この国を救う可能性があるというのなら……それが私の役目というのなら……」


 ガヴェインは手をつき、重々しい体を持ち上げる。主を、陛下を信頼するからこそ、己が一番信じているからこそ、立ち上がり、縋る勇気と覚悟を決めた。


「怪シイ動キヲ始メタナ。都市モ陥落シキッテイナイヨウダカラ、再ビヤロウ」


 ヤコブが第二波を放つ直前に、立ち上がったガヴェインは魔法を紡ぐ。


「【清らかなる風よ、我が呼び声を彼の者へ。この響きを汝の元へ、届けておくれ】」


「……取ルニ足ラヌナ。捨テオコウ」


 ヤコブがそう判断したのは、ガヴェインの口と片耳に現れた緑色の魔法陣とそのオラクルを見たからであった。魔法陣の形や色、オラクルの流れや言葉を理解すれば、その魔法がどんなものであるか知ることが容易であるのは周知の事実。まして、精霊を愛する教会の人間であるものが的確に判断できないはずがない。その上で、ヤコブは気に留めることではないと判断した。


「【ディア・コール】」


 その魔法は自分が思い描いた人に、伝言を送る魔法。風に思いを乗せ、誰かへ届ける魔法。その宛先は忠義を示す、あの人へ。


「……【ディア・コール】か。この忙しい最中に連絡を取るとは余程のことだろう」


 王城で事態の把握及び、救援の配員など、激務に追われている女王アルカナの口と耳に魔法陣が表出する。


「……時は一刻を争う。回復魔法を使える者、そして、それを守る者。それで班を作り、民達の元へ向かってくれ。私もすぐに掃討へ向かう。よし、行け!」


 指示を待つ、王城にいる者達に威風堂々、的確な指示を出し、手下達を出陣させる。そして、人が少し減った部屋の中で、女王は呼び声に耳を傾ける。


「……何用だ?」

「陛下、私です。ガヴェインです。……陛下のお耳に挟みたいことがありまして、連絡した次第であります」

「ヴァルフェルクか。何があった? こちらも忙しい。手短に頼む」


 耳の魔法陣から、相手の声を聴き、口元の魔法陣から声を発し、届ける。互いの声音は魔法を通して、しっかりと、通じ合っていた。


「……私は敵対者に敗れました。相手は教会、使徒のものです」

「使徒。……なんということだ。その存在を考慮していなかった……」


 ガヴェインの声音は真剣であって、女王を納得させるのには十二分であった。


「……それで、陛下にお願いがあります」

「……あぁ、わかっている。私もそちらに、今から向かおうと……」

「……いえ、こちらは大丈夫です。誰かはわかりませんが、王女クレア様と親し気にしている者がおりまして、その者が戦うと宣言しております。その者は、私などよりも魔法を熟知し、戦いに慣れ、一度ではありますが使徒を退けました。その者に私は言伝を頼まれました。『こっちは何とかするから、国を守ってくれ』と」

「クレアが慕う人間が、そこに……。だが、その者にも危険が……」

「それを覚悟の上で、彼は私に言伝を頼んでいるのです。どうか、その小さな可能性を信じてはもらえないでしょうか? いずれにせよ、陛下がこちらへ向かえば、都市は先程の魔法で、壊滅し、人々は死に絶えます。国を守る盾が必要なのです。どうか、賢明な判断を」


 丁寧に、忠誠心を一切捨てることなく、ガヴェインは心の底から懇願する。彼が、メルクが見せてくれた可能性と覚悟。それに賭けて。


「……そうか。お前の言うことだ。全て真実なのだろう。……私は女王だ。私の家臣も含めて、全ての民を守り、救う義務がある。そして、民の意見も尊重する必要がある。だから……そちらは任せたぞ。サン・カレッドの騎士として、敵を葬り去ってこい」

「……拝聴はいちょうしました。では、お願いいたします」


 魔法陣の光は虚空へ消えた。状況を知ったアルカナは部屋の大窓へ、街を一望できる窓の傍へと向かった。


 既に、瓦礫の海と化し始めている街を一瞥いちべつし、アルカナは瞳を閉じ、大いなる魔法の言の葉を紡いでいく。

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