第27話 思わぬ事態と秘密


「わかりましたか? お兄様は……父親に……いや、魔法や精霊という存在そのものに母を奪われたのです。あなたも、グラン・テッラの不幸は聞いたことがあるでしょう? その裏には、このような事実があったのです」


 アナは自身の知り得る限りの全てをクレアに吐き出した。それは、兄に寄り付く虫を払うという以上に、不遇な兄を受け止める覚悟を問うためのものだった。


「……私は兄の本心を知りません。けれど、兄の涙を知っています。これ以上、兄を泣かせたくはない。それでも、あなたは……」


 静寂の包むカフェの中、ただ一人アナの叫びが響く。


「……わたくしは……それでも、あの方に……希望を感じました。メルク様にしかわたくしの寄る辺はないのです。……それに、わたくしの目には魔法を憎んでいるようには映らなかった。たとえ今の話が真実だとしても、わたくしにはメルク様をそう信じております」


 碧眼はひたすらに真実であると訴える。


「……あなたは、これを聞いても変わることはないのですね」


 アナは悲しそうに、でも、どこか嬉々とした雰囲気で淡々と答えた。


「……えぇ。それが、わたくしの決めたことだから」

「……はぁ、お兄様が可哀そう……」


 アナがそう言った瞬間、深夜のカフェの扉がゆっくりと開いた。


「……ちょっと違うな、アナ……」


 扉から響くのは二人にとって、聞き覚えのある男の声だった。まぎれもない若いその声は、眠りに就かされていたはずのメルク本人に間違いなかった。


「え~っ! ……おっ、お兄様! ……どうして?」


 想定外の事態にアナは声を大きく上げた。


 メルクはあたりを一瞥し、熟睡している店主を見て、「あぁ」と頷く。


「……アナ、お前、店主さんに魔法を使っただろ。俺も、なんで【レポーズ・ヒュプノス】を食らって、起きられたのか謎だったが、店主さんにも魔法を使ったのなら話は簡単だ」


 メルクの言葉を聞いて、アナはハッとした様子になる。アナも理解したのか、少しうつむく。


「……わかったようだな。魔法は二度使うと、発動していた魔法は解けるように出来ている。魔力受容体レセプタにエネルギーを再充填するために、精霊によってそう決められている」

「……私としたことが、こんな初歩的なミスを。不覚を取りました」


 落ち込むアナを余所よそにメルクは話を元に戻す。待ち続けるクレアのために。


「……最初も言ったが、アナの言ったことはちょっと違う。確かに母さんがいなくなったことは悲しいことに変わりはないし、実際にその原因を創った馬鹿親父や魔法そのものに思うところはある。……けど、憎んではいない。フロンティアには魔法が必要で、馬鹿親父は国王で、それに値する行動をずっと取り続けている。それは違いようのないことだから」


 メルクは小さく笑みを浮かべてそう言う。それが、苦笑なのか笑顔なのか、直視するクレアには知るところもないが、それ以上にクレアは感じていることがあった。メルクにはまだ何か別のものがあると。

 メルクは咳を一つ、それからクレアが求める話を続ける。


「……アナ、お前が知っている話とは別に、俺と母さんで秘密のやり取りがあったんだ。クレアが何か知りたいようだから、少しだけ話そう」


 それは、メルク以外には語ることができない秘密。母が去る前日のことであった。



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