第5話 休憩時間《ブレイクタイム》のフラッシュバック


「マスター、この金があったら、何が食えるだろうなぁ~?」


 クレアが去ったあとすぐに声を出してきたピッドに俺は視線を合わせる。クレアに警戒しているのか姿を見せていなかったが、帰ると同時に俺にだけ姿を現していた。


「こういうのはちびちびと使って、できるだけ長く生き延びるんだよ」

「それはないよ、マスター。せめて、今日ぐらいは贅沢なものでも食べよ~」

「お前、たしか何も食べなくてもいいんだろ。この金は俺の金だから、俺がどうしようとお前には関係ないはずだが……」

「マスター、ボク達の関係はその程度だったのかい? ボクは寂しいよ~」

「勝手に思っとけ。大体、いつも俺の食事取り上げていただろう?」

「人聞きの悪い! ボクはマスターを口車に乗せて、もらっていただけだよ」

「それを取り上げるって言わずして、なんて言うんだ……」


 無駄に会話をし続けても疲れるだけだ。それに俺は腹も限界だ。


「……腹が減った。俺は朝飯に行く」


 ピッドとの口論を無理やり切り上げて、空き地近くのカフェに出向くことにした。

 そこはカフェと呼ぶには些か汚れていて、雰囲気と歴史はあっても、そこまで清潔感はないような場所だった。カフェというより純喫茶と言った方がお似合いだ。


 俺みたいな貧乏で薄汚れた装束しか持ち合わせていないものにはお似合いだろうから、特に気にしてはいない。


「いっらっしゃい」


 店主の男性がカウンターの向こう側からカップを磨きながら、挨拶してくる。

 丁寧に整えられた髭と硬派な顔立ちに合わせて首元に蝶ネクタイをしたシックなタキシードが店の雰囲気にとても合った印象だ。


 店主に手で示されてカウンター席の端に座り、メニューを眺める。


「ホットコーヒーとオリジナルサンドイッチで」


 普段外食なんてしないが、流石にどんな料理かはわかっている。値段と量をかんがみて出した結論だった。


「ミルクと砂糖は必要かい?」


 店主が優しく問いかける。


「はい。あまり苦いのは得意ではないので……」


 見栄は張らない。普段コーヒーなんてものは飲むことがないから、ブラックで飲んで後悔なんてしたくはない。


「はい。少しお待ちを……」


 店主は軽く会釈をして、カウンター奥のキッチンで調理を始める。沸かした湯を粉末状の炒ったコーヒー豆にゆっくりと加えていくと香ばしく、爽やかな香りが店内に広がる。早朝でまだ客足が芳しくないため、コーヒーの香りが邪魔されることなく実に豊かに香る。


 久しぶりだ。このような贅沢は……。


 コーヒーの香りの中に小麦の香りが漂ってくる。パンを焦がした絶妙な臭い。店主が作るのを見ているだけで心が躍る。


 精霊の恩恵によって豊かとなった土壌で育て上げられた新鮮な野菜と香り高い香木で色を付けた自家製のハム、それらをパンの間に挟み込んで、丁寧に半分に切って盛り付け。


「コーヒーとサンドイッチ。どうぞ」

「ありがとうございます」


 実に三日ぶりのまともな食事。


 一口頬張る。シャキリと音を立てる野菜と香り高いパンと旨味の詰まったハムが奏でる調和ハーモニー。それをミルクと砂糖を混ぜて少しマイルドになったコーヒーを啜って流し込む。


 空腹から生まれるその美味は言葉では表現しきれないほどの感動を創り出す。


「……カプ。う~ん、美味しー」


 皿の上に乗っかっているサンドイッチを俺に何の断りもなくピッドは口にした。


「あっ! 俺の!」


 思わず声をあげてしまった。貧乏性だから仕方がない。

 俺の声に店主は驚きを露わにしている。ピッドの姿が俺以外に見えていないから、それはとてもびっくりするだろう。ごめんなさい。


「そんなケチケチしないでよ、マスター。まだあるんだからさ~」

「お前、いつも俺の分やってただろう? 今日くらいは我慢しろよ」


 脳内会話で訴えるがどうやら効果はないらしい。


「それよりもマスター。よくあんなに魔法に詳しいね~。意外だったなぁ~」


 自分の口よりも明らかに大きな野菜やハム達を、口をハグハグさせながら、そう質問してくる。


「……あぁ、あんまり思い出したくないが……父親の影響だ」

「……マスターの父親って言うと、あぁ……あの人のことか」

「そうだ。あのクソ親父が無理やり魔法教育を叩きこんだだよ。全く腹が立つ限りなんだが……な」


 ピッドはその小さな口にサンドイッチを吸収しきると、唾を飲み込んで、口を開く。


「……マスターが憎むのは知ったこっちゃないけど、世間一般から見れば、凄い人だよね」


 ピッドの言葉に俺は反論できない。


「……まぁ、プライバシーなことだから追及はしないけど、どうしてそんなことになったの?」

「……言えない。でも、あいつが慕われているから、俺が出ていくしかなかったということだ。今俺が貧乏やってるのも、それが原因だ」


 ピッドの言葉であいつのことを思い返してしまった。

 そして、感動に溢れて美味たる食事がそこから味が格段に落ちてしまった。


「まぁ、マスターにはボクが付いているから、気にすることないよ」


 優しいことを言ってはいるが二個目に手をかけようとしているのは目に見えている。俺はそれを奪いあげる。


「……その言葉はいいが……サンドイッチとは話が別だ」

「いけず~」


 そんなことは気にしない。

 けど、美味しさは取り戻せた気がした。


 ピッドと出会ったのはいつだったか……。遠い日のことであまりよくは覚えていない。

 ただ旅の途中、ピッドが突然姿を現したことだけは覚えている。

 一人、魔法具という名の重い荷物を背負い、とぼとぼと茫洋ぼうようたる大地を歩いている中、姿を見せてパートナーとなってくれたことは俺の孤独感に光を与えてくれるような気がした。


 自称精霊というだけはあって、その時のピッドの姿は俺の寂寥感漂う心と相まって、神々しさを感じた。

 ……まぁ、今はただの食糧漁りの疫病神と言ったところだが……。


「ふぅ、美味かった。そろそろ出ようか」

「ボクはもう少し食べていたかったけどね。マスター、食べ過ぎだよ~」

「お前はいつも食ってるだろうが。……少しは我慢しておけ」


 店主の男性には聞こえるべくもないいつものくだらない口論を最後にして、俺はカウンターに金貨を一枚差し出す。

 店主は俺の姿と不釣り合いな金貨を見て、少し怪訝けげんな表情を浮かべていたが、金貨を受け取って、お釣り分の大量の銀貨と銅貨を手渡す。


「……またどうぞ」


 きれいになったカップと平皿を片付けしつつ、丁寧な挨拶をした店主に軽く会釈をしながら、カフェを後にした。

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