第4話 真桂、思い出して憤慨する

 真桂しんけいは語り続ける。

「それがある日いきなり現れなくなったので、思う存分学問に没頭しておりましたが、半年後……あの男は再び現れました」

 紅燕こうえんえんが真桂には聞こえない程度の声でこっそり耳打ちしあうのが、小玉しょうぎょくの耳には届いた。


「半年も放置してたのね……」

「あの、もしかしてその幼なじみって、しょうのこと……」

「それは、言っては駄目よ」

 ――うん、あたしもそう思う。

 小玉は内心で同意した。


 真桂は二人の内緒話を気づかないのか、気にしないのか語り続ける。

「ずっと大人しくしていればよかったものを、今度は地味な方向に嫌がらせを切り替えたのです! ある日から彼はわたくしが行きそうなところに、そっと花だけ置いて去っていくようになりました……」


 ――あれ、こんな話どっかで……。

 小玉の記憶が、つんつんとつつかれる。そういえばこうの思い人であった海青公かいせいこうは、似たようなことをしていた。話を聞いたときは状況が状況だったこともあり、痛ましい思いをした記憶しかないが、それを抜けば微笑ましいやりとりである。


 実際、他の人間もそう思ったようで、雅媛が困ったような笑いを浮かべる。

「嫌がらせ? 素敵な気づかいではございませんか?」

「どこが! よりによってしつに効く花なのよ!」

 急にいきりたつ真桂。まっとうな意見を言った雅媛に、まさかのこの返しである。


 小玉は「そうか……誰でも同じような状況で、恋に落ちるわけじゃないもんね……」とある種の悟りを得つつ、痔に効くってあの花かな……と当たりをつけた。

 小玉はもらったら嬉しいけれど。

 

 雅媛は困ったような笑いを、完全に困った笑いに変える。

 比較的冷静だったのは紅燕である。

「別にあなたがその……そういう病気だって言ってるわけじゃないでしょう、それ」

 しかし病名を自分で口に出せないあたり、平常心は保てていないらしい。

 あるいはさすがにお姫さまのきょうが邪魔したのか。


 真桂は相手が紅燕なせいか、はっ! とやけに挑発的に笑う。

「仮に嫌がらせじゃなくても、長いつきあいなのに、わたくしがそういうことを考えたりする性分だってわからない相手なのですよ!? しかもそんな男相手に縁談が持ち上がったのなんて嫌にもほどがあります!」


 ――あっ、そういうことですか?

 小玉は察した。

 察してしまった。

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