第7話 いつかは蝶に

「――あら、微笑ましい」

 ばいと二人で連れだって後宮を歩いていると、不意に梅花が立ちどまった。

 麗丹れいたんも足を止めて梅花の視線の先を見ると、若いひんたちが団扇うちわを手に笑いさざめいていた。


 団扇で宙をたたきながら、なにかを追っているようだ。


ちょうよ」

「ああ……」

 麗丹は得心してうなずく。


 目線の先で蝶を追う娘たちは、薄い衣をなびかせ、まるで自身が蝶そのもののようだった。

 はかなくて、美しかった。


「蝶ね……」

「もうそんな時期なのね……あら」


 妃嬪の一人が立ちどまる。まるで祈るようなかたちに両手を合わせていた。

 他の妃嬪たちが、立ちどまる妃嬪をのぞきこむように囲んだ。


「捕まえたのかしら」

「それなら、さっさと放せばいいのに」


 麗丹が言うと、梅花はどこか責めるような口調で問いかける。


「あなた、蝶が嫌いなの?」

「好きでも嫌いでもないわ」


 自分はただ、蝶になりたいだけだ。

 そして遠くに行きたいだけ。


「……ただ、蝶には、行きたいところがあるのよ」

 存外優しい声が出てしまった。


 そんな麗丹を、不思議に思ったのだろう。

 梅花が物言いたげな顔を向ける。その梅花に、麗丹は笑いかけた。


「ほら、飛んだわ」

 妃嬪たちの囲みの中から、蝶が舞う。


 若い娘たちの残念そうなどよめきがここまで聞こえてきた。

 それを聞きながら麗丹は、飛んでいく蝶をまぶしいものを見る目で眺めた。

 行きたいところに行けばいい。世界の真ん中でも、端っこでも。


 自分もいつかそうするつもりだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る