魔法世界5 竜喰い

 冒険者。この世界には、そう呼ばれる者達がいる。

 未踏の地の探索、魔物狩り、犯罪者の捕縛。ひとえに冒険者と言っても多種多様だが、国に仕える兵士等と違うのは、彼らは自由だということ。

 どこで何をしようと個人の自由だが、どこで何をしようが全ての責任は自分にある。

 それは、己の生死でさえ。


 冒険者と言えば聞こえはいいが、その実多くは大した目的も意思もない、浮浪者だった。

 どこの世界でも、人々の役に立とうとする者がいれば、足を引っ張ろうとする者もいる。どちらかと言えば後者の方が多かったし、何より目立った。

 冒険者と名乗れば、蔑んだ視線を投げかけられる時代があったのだ。今は違う。


 冒険者を束ねる組織、冒険者ギルドが誕生した。

 人々の益になることを依頼として提示し、その益に見合った報酬を受け取ることができる窓口のような場所。

 基本的には世界共通。所属するもしないも自由だし、最低限のルールに縛られる欠点はあるものの、ほとんどの冒険者にとっては利点の方が遥かに大きかった。


 現在、ほぼ全ての冒険者と言われる者達は冒険者ギルドに所属しており、彼らの機動性と、言い方は悪いが使い勝手の良さは、各国も認めている。

 そして、一般的には国に仕える兵士の方が給料も高く安定しているが、冒険者の中にも一目置かれる存在はいる。

 そこで出てきたのが、国や個人が依頼する上で冒険者の質を見極める指標となる、ランク制度。


 世界中どこにいても、同じ色の順番で並ぶ虹。冒険者のランクはその虹に習ってつけられることとなった。

 虹の下から――内側とも言えるが――紫、藍、青、緑、黄、橙、赤の順番で、赤が最もランクが高い。

 赤の上、稀に虹色レインボーと呼ばれる程の者がいるらしいが、冒険者ギルドが定めているのは赤色まで。

 そもそもが、ランクレッド冒険者でさえ一国に数名滞在していれば多い方らしく、人々の間で広まった迷信。おとぎ話だと言えるだろう。


「竜喰いって知ってるか?」

「ああ、例の……噂だけは」

「最近、この近くに現れたらしいぜ」


 とある辺境の街。小さな冒険者ギルドの門をくぐった私の耳に、男達の会話が飛び込んでくる。


「一人で、どでかい竜を討伐したんだったか」

「俺は、数匹の翼竜をものの数分で葬った後、その時助けたどっかの国の王女と結婚したって聞いたぜ?」

「なんだそれ。結婚ってのはよく分からんが、どちらにせよすげえな」

「新しい虹色の、誕生か。王女との結婚で、生活も虹色なんだろうな」


 虹色ね。私は心中、鼻で笑う。

 レベルの低い会話だこと。だったら、私も虹色ね。翼竜の数匹程度なら、私にだってやれる自信がある。

 そんな私でさえ、まだ……。


「何を受注なさいますか?」

「竜討伐」


 受付の前で私がそう言うと、にわかにギルド内が静けさに満ちる。


「失礼ですが、お名前を――」

「ミラ・フレイムウォール」


 ギルドというものに所属する以上、余りにも不釣り合いな依頼は受けることができないようになっている。それもルール。

 パーティを組んだ場合はその限りではないが、今ここに来ているのは私一人。ギルドに登録されている私の情報を、調べるつもりなのだろう。

 予想通り、受付嬢が専用の魔道具を持ち出し、私の名前を照会し始める。――ああ、もうすぐだ。私は、この瞬間が一番好き。


 ――あの女、まさか竜喰いじゃねえの?

 ――そういえば、近くに現れたって。


 先程の男達が、さらに場を盛り上げることを言ってくれる。

 竜喰い。別名、ドラゴンベイン。突如現れ、瞬く間に広まった冒険者の二つ名。

 その名の通り竜を追い、竜を殺すことだけを目的としているらしいが、真偽は定かではなく、実在しているのかも怪しい存在。


 各地で様々な噂を耳にしたけれど、どれも少しずつ食い違っていた。中でも、私が聞いて驚いたのは、緑竜を倒したという話。

 名前の前に色がつく竜は、基本ランクレッドで構成されたパーティか、大勢で挑むぐらいでしか勝ち目がないと言われている。

 それがましてや一人でなんて……。


 おそらく、竜喰いなんて奴はいないのだ。人から人へ。噂は誇張され、広まるもの。

 どこの誰だか知らないけど、実際にそんな奴がいたら会ってみたいものよ。


「ミラさん。ミラ・フレイムウォールさんっと。え!」


 きたきた。待ってました。こんな小さな街では、見たこともないのではないかしら。

 さあ、早く言いなさい。私のランクを。

 驚き崇めなさい。私という、稀代の天才魔術師を。


「失礼いたしました。竜討伐、私共からも是非ご依頼させてください。……ランクオレンジ、ミラ様」

「何!?」

「オレンジだと!」


 あは~。なんて気持ちが良いのかしら。この時、この瞬間のために、王国魔術師の地位を捨て冒険者となったと言っても過言ではない。

 盛り上がる周囲には小さな会釈で応え、さらに嫌味のない女を演出する。――完璧!


「……おい。例のあれ、聞けるんじゃねえか」

「ああ、もう間違いねえ。一見ただの可憐な女だが、実はああいう女こそが」


 必死に笑いを噛み殺し、俯いていると聞こえてきた声。

 分かった、分かった。ここまで盛り上がったならば、もう私が言ってしまおう。


「あ、こんにちは~」

「おーう」


 新しい冒険者がギルドに入り、隣の受付嬢と話し始める。

 タイミングの悪い男。私は唇を尖らせたあと、でもまあ、とすぐに持ち直す。

 少々不快に感じはしたが、驚く外野が増えるのは悪くない。

 一つ、咳払いをする。


 私も噂でしか聞いたことはないが、竜喰いが現れると決まって言う台詞があるらしいのだ。

 どうせ、竜喰いなんて奴は存在しない。橙色まで昇りつめた強者である私だからこそ、それは身に沁みてよく分かっている。

 だから、成り代わってしまえばいい。

 今日から、私こそが、実在する竜喰いだ――


「ころ――」

「殺したい竜がいると聞いた。場所を教えてくれ」

「したい竜が……え?」

「ん?」


 えええええ! 誰これぇ!?



 ……。



 今回、私程の大魔術師がこんな小さな街へやってきたのは、竜が現れたと聞いたからだ。

 竜喰い、なんて者の名が瞬く間に広がったように、竜討伐による影響力は非常に大きく、数年もの間橙色冒険者として燻っている私は、意を決し重い腰を上げたのである。

 この仕事が終われば、ようやく私も……。


「ミラちゃん、頑張っちゃうぞぉ!」

「あれ? 今何か言いました?」

「いえ、何も」

「準備は、このくらいで大丈夫ですかね?」

「ええ、聞いた限りそれほど遠くもないし、十分でしょう」


 一緒に来てくれると言った、青色冒険者達に指示を飛ばす。

 自己紹介をしてくれた気もするが、名前はもう忘れた。だって、こんな有象無象に興味なんてないもの。


「俺達も、おこぼれで色が変わらねえかな」

「な」


 荷物を運びつつも雑談をしていた冒険者達に、私は笑顔で近づく。


「そうですね、きっと。よく働いてくれた者の名は、あとでしっかりとギルドへ報告させていただきますので、お楽しみに」


 うひょう! と、私の言った言葉に盛り上がる冒険者達。

 誰が、報告なんてしてやるものか。こちとらお前らの名前すら覚えちゃいないんだよ。光に群がる、虫どもが。

 なんてことまでは、さすがに思ってはいない。彼らは、竜討伐を手伝ってくれる仲間なのだ。

 一人でも十二分に戦うことのできる私だけど、やはり魔術師である以上、前衛がいてくれた方が何かと都合がいい。

 しかし、名前を覚えていないのは本当のことなので、特徴だけでも覚えておくことにする。


 ハゲ、のっぽ、筋肉、後は……ええと。

 一人ひとりの顔を確認していると、不意に脳裏によぎった顔。

 私が見渡す冒険者達の中に、あの男はいない。決め台詞を邪魔されたばかりか、先に言われてしまったあの男だ。

 私は、先程のギルドでの一件を思い出す。


「ぎゃははは! こいつ、まだ藍色だってよ」

「兄ちゃん、あまり笑わせるなよ」

「何だ?」


 話題に上がっていた人物であり、偶然にもその人物と全く同じ決め台詞を言ってしまった男。

 無言で立ち尽くす私を通り過ぎ、絡みに行った冒険者達にランクを聞かれたその男は、笑われていた。


「憧れる気持ちは分かるがよ? そういうのは、もう少しランクが上がってからにしたらどうだ?」

「笑ってしまって済まなかった。俺達はちょうど、その話をしていたところだったんだよ」

「何を言っているのか、さっぱりだ。主語を省くな、主語を」


 いきなり現れて何なの? 誰お前。よくも私の舞台に水を差したわね。と、内心思っていた私は、男達から離れた所でその憎き相手を見定める。

 外套の下は、飾り気のないシャツとズボン。他の藍色冒険者と同じく、とても良い暮らしをしているとは思えない。


 扱える魔法の種類や遍歴を聞かれ、簡単に答えていく男。

 嘘か本当かまでは判断が効かず、興味が湧く話は一切なかったが、魔法に関してだけは浅い知識しかないことが伺えた。

 よくもまあ、誰でも経験をしているようなことを、恥ずかしげもなくぺらぺらと。


「それ、ちょっと見せてくれよ。竜を殺すための、その武器をよぉ」

「別にいいが」


 やはり竜喰いに憧れているだけの、ただの駆け出しか。そんな風に思っていたところで、タイミング良く男の持つ得物が姿を見せる。

 五分後には何もかも忘れそうだわ、と何一つ興味が沸かなかった男の、唯一の特徴的だと思えた部分。

 形状はサバイバルナイフによく似ているが、最初は剣かと思ったほど刃の部分が異様に長く、こちらが切れ味を心配してしまうほど分厚い。


「なんだそれ。そんなのじゃ、何も切れないと思うぞ」

「これくらいがいい。というより、これくらいはないとなぁ」


 私と同じ心配をされてしまう男。

 ぶつぶつと、何か言い訳のようなことを呟いてはいたが、あまり聞き取れなかった。


「どこで買ったか知らないが、騙されたんだよ。丈夫なのはいいがな……」

「あ、気をつけろよ――」


 男が片手で持っていたナイフを、馬鹿にしつつも心配する男の一人が受け取ろうとした。

 私は、目を見開いた。


「重いぞ」

「は? ぐお!」


 私はまた、男をこけにしようとでもするつもりなのかと思ったが、表情を見る限り、どうやらその様子ではない。

 ナイフを受け取り中腰になった男が、両手で必死に落とさまいとする。その光景を見て、何となく気になった私は自然と名前を尋ねていた。


「あなた、お名前は何というの?」

「ん? スカイだ。スカイ・アーチブリッジ」

「ランクオレンジ。ミラ・フレイムウォール」


 私の名前よ! 関心のなさそうな表情をしていた男に、続けてそう言った私。

 予想外の反応に、少し慌ててしまったのが恥ずかしかった。


「あ、そう……」

「彼女はな、あの竜喰いなんだぜぇ。その本人を前にして、失礼なやつ」

「俺、何かしたっけ?」


 とぼける男の生意気な表情が、私の心に深く切り刻まれた瞬間だった。

 覚える気のなかった駆け出し藍色冒険者、スカイ。彼を思い出したきっかけは、そんな憤りの心から。

 そして後に、あれこれと関わり合うことになる彼との始まりは、こんなロマンチックさの欠片もない、小さな冒険者ギルドでの一幕からだったのだ。


「はは、ごめんな」


 ごめんな、の言葉の後には、何だか知らないけど、がくっつくのは間違いない。

 全く誠意の感じられない薄く笑った表情が、さらに私を苛立たせたのだった。


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