漂流6日目

神話ってあるじゃん。

なんか人類の起源を書いてるようなさ。

オレはそんなに詳しくないけど、大体男から誕生してない?

女の起源は男を模倣したり男から分裂したりって感じじゃなかったっけ。

本来生命を生むのは女の人なのにね、なんでだろうね。



そして現在のオレについてだけど、今浜辺にいる。

より正確に言うと砂浜に来てそこに座ってる。

男が遭難すると女も漂流するなんて物語はあるのかな?

まぁ仮に存在しててもしてなくても、別に意味はないか。


ええと、端的に言おう。

オレの隣に女性が座っている。

まさかの漂流者のおかわりである。



新たに1名増えることに大きな問題があるとしたら、水食料でも、住環境についてでもない。

言語の問題だった。

この姉ちゃんは明らかに外国人である。

金髪碧眼(きんぱつへきがん)の白い肌、足がスラッと長くてモデルみたい。

Tシャツにジーンズなんてラフな格好だけど、その見た目だと凄く様になってる。


日本人体型丸出しの短足なオレとは大違いだ。

そして、ややブサメンのオレがそんな装いだったら失笑ものなんだろうな。

これも格差社会か……。



その女性はというと、髪をかきむしったり、何かブツブツ呟いたり、遠くの海を見渡したりしている。

その動きだけでも機嫌の悪さが窺える。

そりゃ、無人島に流れ着いて上機嫌になるヤツなんか居ないか。



そしてオレはというと、二つの意味でびびっている。

ひとつはオレが英語すらからっきしという事。

会話するとしたら全部「いえーす」になってしまうだろう。

それか笑ってごまかすかだ。

高校の時に呼ばれた『赤点王』の異名は伊達ではない。



そして二つ目は、オレは女性が苦手だと言うこと。

正直いって女性そのものは好きである。

でも生身で接しようとしたら怖くなってしまう。


なんていうか、女社会特有のドロドロ感が苦手というか……計算高さが嫌というか。

簡単に言えば信頼するのが怖いのだろう。

表面上は穏和なのに、裏では陰口が凄かったりするでしょ。

その悪い意味でのギャップが引っ掛かってしまうのだ。



「〓〓〓! 〓〓〓〓〓?!」



あ、ヤバイ。

なんか話しかけてきたぞ。

本気で何言ってるかわからない、どうしたもんか。



「〓〓〓! 〓〓〓〓 〓〓〓?」

「あ、アハハ。アハー」

「〓〓! 〓〓〓? 〓〓〓〓?」

「アー、うーん。アハハー」



どうやら伝わったようだ。

オレに話しかけるだけ無駄だという事が。

彼女はまるで頭痛でも感じたように、指先をこめかみに当てている。

丁寧に身振り手振りも交えて説明してくれたけど、1ミリもさっぱりわからん。

根っからの日本人でスマンな。


それにしてもこんな所でボンヤリしててもしょうがない。

できれば今日は飲料水を手に入れたい。

今朝は夜露を集めてなんとか足りたけど、もう一人増えるとなると話は別だ。

明るいうちに解決する必要があった。


とりあえず彼女に「ついてこい」のゼスチャーをして誘導した。

多少怪しむ表情にはなったけど、数歩離れてついて来てくれた。

ひとまず最初の関門はクリア。


案内したのは当然拠点にしている家だ。

中に案内すると少しだけ表情が明るくなった。

やっぱり屋根があると気分が違うんだろうか。


すかさずオレはバナナを手渡した。

これを機に警戒心を解いてもらう為だった。

何せ二人っきりの生活なのだから、反目し合う訳にはいかない。

お腹が膨れればストレスも軽減するだろうし。



安心させるためにオレから食べて見せた。

ついでに種を吐き出して、正しい食べ方も教えた。

彼女は市販の種無しバナナを想像していたようで、そこでも驚いていた。

この子は感情表現が豊かなタイプなんだろうか?



さて、飲料水の探索についてだけど、これはすぐに解決した。

辺りが豪雨に見舞われたからだ。

急いで外に鍋やらペットボトルやらを配置した。

早めに煮沸消毒しといて正解だったと思う。



でも良いことばかりじゃない。

会話のできない人と狭い家の中で二人っきりだ。

外を出歩いている時とは違う、強烈な気まずさに包まれてしまった。

ちくしょう……一難去ってまた一難だよ。


こういう時はどうするべきだろう。

定番の小粋なジョーク?

言葉が通じねえよ!

それ以外だと、そうだなぁ。



「たいき、まいねーむ、たいき。おっけー?」

「……ターキィ?」

「たいき。たいきっていうの。たいき、ね?」

「タイキィ」



オレは自分の顔を指差しながら何度も名前を連呼した。

世界一格好悪い自己紹介だと思う。

それでもお互い名前すら知らないのは不便だ。

まずは自分から名乗ってみたけど、どう出るかな。



すると彼女は同じように、自分の顔を指差しながら名前を教えてくれた。

オレの意図が伝わったみたいだ。



「エイリーン」

「え……えーれーん?」

「エイ、リーン」

「えーりーん?」

「イエス!」



笑ってくれた。

すごい満面の笑みで直視できなかった。

花も恥じらうってのはこういうのを言うのか?



スコールのような大雨は一向に止む気配がない。

だからオレたちは家から動くことができなかった。

することが無いので、エーリーンと単語のすり合わせをした。

作業は単純、物を指差して言葉を言い合うだけだ。

……幼稚園児かな?



「これは鍋ね、鍋」

「ポット」

「ぽっと?」

「ソゥグッド!」



なんか褒められた気がする。

オレの発音が酷い自信があるけど、相手には伝わってるみたいだ。

『カタカナ英語』どころか『ひらがな英語』になってそうだけど。

でも問題無い。

会話なんて意図が通じればいいのさ。

思い返せばイルカとすら意思疎通できた男なんだ。

外国人相手でも怯まないぜ。



思い返せば、全てはここから始まったのだ。

このささやかな語学学習が、オレの未来を大きく変える事となる。

気まずさから逃げたかったのと、最低限の単語を知るための作業だったんだが。

それが人生のターニングポイントだったとは、この時のオレに気づく術は無かった。

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