EP.02 0X陣: C-part <着爽転概>

『助けて……! 助けて下さい‼︎』


 焦燥を感じさせるその懇願が発せられるのは、目の前の友軍機。

 見慣れたブラックカラーのアイリスと聞き慣れた声。

 まさしく、塔衛騎士トルムハルト養育院のアイリス・ジーニアとジェームズがそこにいた。


 ——どうして、戦場に院生が。


 デルは援護に向かおうと機体を急発進させつつ、疑問を頭に巡らした。

 院生など結局のところは素人。普通は実戦に駆り出されるはずがない。

 もしあるとすれば、地区駐屯小隊が全滅した時。他地区の駐屯小隊が援護に来るまでの時間稼ぎとして。

 しかし、これは将来有望な若人を切り捨てる愚行。本当の緊急事態においてのみ行われることだ。


「なるほど。そんなに戦況は悪いのか」


 そして、通信に次の一声が届く。


『早く……早く……‼︎』


 ジェームズ機は敵機のビーム砲を避けながら大回りに飛んでいた。


「はいはい、分かった分かったって」


 デルは、機体が敵機に対する有効射程距離に入ったことを確認する。


「通信オン。そこの院生、聞こえるか」

『は……はい‼︎』

「これより援護に入る。くれぐれも射線上に入るなよ!」


 そう言って機体を空中に静止させ、アサルトビームライフルを構えた。


 ——よりによってジェームズかよ。


 そう呟きながらビームを撃つ。

 一発目。


「ちっ」


 敵機の脇腹を掠る。


「外したか」


 攻撃の効果は見受けられない。


「もう一発」


 二発目。

 当たった。


「よっしゃ」


 ビームは敵機の右手を貫いた。

 それはジェームズ機を撃たんと探っていたライフルを持つ手。

 これが終わればあとは仕上げるだけ。

 三発目を撃つ。


「あ……」


 光線は敵機の遥か横を通り過ぎる。

 思い切り外れた。


「失敗しちゃった……」


 デルは苦笑いしながら呟く。

 とはいえ、一応は負けた訳ではない。

 敵機の元には攻撃に転じたジェームズ機が突進していた。


「やってやれ、ジェームズ」


 敵機はジェームズ機のビーム剣に貫かれ、そして爆散する。


「ふう……」


 倒したのは一機。それでも戦いに慣れぬデルには安堵する場面だった。


「まあ、ここは『ジェームズに譲ってやった』ってやつかな」


 デルは負けた訳ではない。負けたわけではないと言い聞かせる。

 実際、トルム軍の一員として見れば負けた訳ではないと言えるからだ。

 しかし、直接とどめを刺したのはジェームズだ。だから負け惜しみのような悔しい感情がこみ上げるのも事実。

 複雑な感情を抱くが、その間に当のジェームズ機が近づいて来た。


『助けて頂き感謝致します。出来ればこの後もコンビネーションを組んで頂けないでしょうか?』

「嫌だ。お前と一緒になるなど、ジェームズ」

『そ、そうですか……。出来れば私のような未熟者、経験を積まれ、専用機を持つ貴

様のような方に学びたかったのですが……って、どうしてわたくしめの名前を⁉︎』

「はあ? 何言ってんだ。だぞ。お前が『出来損ない』と呼ぶデル・アドバンテージだ‼︎」


 デルの口調は「変なことを聞く奴だ」と「失礼な奴だ」が混ざったそれ。


『へ?』


 ジスタートの通信画面には腰を抜かしたように驚くジェームズが映っていた。

 それを見たデルは頭を抱える。


 ——父もジェームズも、なぜだと分かってくれぬ!


『い、いや。で、デルは男だったはずで、それに……パ……パナセルの加護を持っていなかったはずで……』


 さらに気を取り乱すジェームズ。


 ——なんでそんな慌てるんだよ。


 流石に不安になってデルは問いかけた。


「い、いや……声が高くなっているのは自分でも分かるんだけど、何がおかしいんだよ?」

『い、いえ……だって貴女、の方だったので』

「え……ええ……」


 当然、デルは困惑する。


「意味分かんねえ」


 ——俺が女の子? 冗談にもほどがある。


 喉の奥から何かが湧き上がる感覚が起こった。

 自分は何者なのか……? 急に分からなくなって懐疑という不安が押し寄せる。

 しかし、その時。

 それは突然やって来た。まるでデルに女体化の事実を気づかせないかのように——


「ぐわあ!」


 無数の蒼き曲線、それが視界を遮った。


「パナセル誘導式ホーミングレーザー! 今は失われた技術のはず……‼︎」


 回避するために機体を左方向へ向ける。

 喉から引っ張り出され、頭が真っ白になるようなGの衝撃に吐き気を感じるが気にしない。

 デルは熱線の出所を振り返った。

 そして、そこには奴がいた。


「お、お前は……」


 つい三十分前の記憶が蘇る。


 ——助けてくださーい!


 ——今、行きます!


 ——やった。人の役に立てるぞ。


 ——は……?


 ——助けられなかった。


 ——クソ、クソ、クッソォ‼︎


 脳裏に映し出される場面。

 四人家族を助けられなかった時の光景が鮮明に思い出される。

 目の前に現れた敵は、彼らを殺した相手。

 黒に染まったオリジナルアイリスがそこにいた。


 ——結局、俺は何も出来ねえんだよ!


「それでいいのか?」


 デルは自分に問いかける。


 ——出来損ないのまま、今ここで死ななきゃいけないのか‼︎


「そんな訳ねえだろ」


 出来損ないは、命を救えなかった時……そこで誓ったのだ。


は、お前を絶対に許さない」


 挑戦者は、思いをもう一度心に刻み込む。


「必ず、お前を倒す‼︎」


 白鷲は飛び立つ。

 獲物を仕留めようと、そう思い定めて。

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