幕間・お布団ウォーズ

俺の前には今、お布団がある。

洗って干したばかりの、ふかふかのやつが。

そのお布団が俺を誘っている。寝てごらんよ、とっても気持ちいいよ、と。

「くそ!俺は誘惑には負けんぞ!」

ちなみに横のお布団では、早々に誘惑に屈した元・お姫様がすーすーと寝息を立てている。いいなあ…、おっと、いかんいかん!

俺にはやらねばならない家事があるんだ!買い物だって行ってないし、洗濯物だって干してない。

だが、お布団はそんなことにはまったく構わずに俺を誘惑してくる。

「俺にはっ…!やらねばっ……!くっ……!」

実は、この小屋の布団は、アルが買い替えた新品に代わっている。しかもかなりお高いやつ。

アルも最初のころはもとからあった、寝心地の悪い方の布団に、文句も言わずに寝ていた。

だが、ある日「もう限界!」といって新しいのを買ってきたのだ。

どうやら「あの時」に床ずれして痛かったらしい。

ちなみに、布団を買うためのお金は全部、家出の時に王室から盗んできたものだったりする。

そして、新品というからには当然、前のと比べ物にならないくらいふかふかで…

『ふかふかだよ~、気持ちいいよ~僕に入って寝なよ~』

遂に幻聴まで聞こえ始めた。

まずい、このままではっ…!

何かいい案は…

「そうだ!お布団を敵だと思って生活すればいいんだ!」

…いやわかってますよ?自分が謎のことを言ってるって。

でももうほんとに限界なんです!こうでも思わないと寝てしまうんです!

寝たら晩飯が貧相なものになるんです!そしたらアルが怒るんです!


…あれ?よくよく考えると…アル、寝てるよなあ?

俺も寝たっていいんじゃね?

「よっしゃ―お休みいいいい!」

俺は布団にダイビングしようとして、

「っとあぶねええええええ!」

危ない、今のは危なかった。もう少しで寝るとこだった。

そうだっ・・・!お布団は敵っ・・・!圧倒的、敵っ・・・!

よし、これでもうだまされないぞ!ふふふ、今の俺は無敵!

どのくらい無敵かっていうと――――

―――布団を前にした、テスト前日の、〇び太くらい無敵………!

お休みなさーい。


「あぶねえええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!」

俺はすぐさま跳ね起きる。

あぶねえええ!いま、完全に落ちてた!あぶねえええええええええええええええ!

そうだ、お布団の近くにいるからいけないんだ!買い物に行こう!



~MACHI~

「よし、まったく眠くないぞ!」

俺は町の商店街を歩いていた。

小さいが、売っているものの質はとてもいいのだ。

さてと、まず買わないといけないのは、大食いマグロと…

「お客さん、買ってかない?安くしとくよ?」

突然かけられたその声に、俺は立ち止った。

腕のいい主婦(主夫、かな?)というものは、「割引」という言葉に弱いのだ。

まあ、どうせ時間はたっぷりあるし、聞くだけ聞いても、と考え、俺は話しかけてきた男に聞く。

「何を売ってるんですか?」

「布団です!」

「去れ、マーラよ!」

貴様はブッダでも誘惑してろ!

くそっ………!盲点だった…!

まさか商店街に布団を売る店はないだろうと思ったが、勘違いだったようだ。

「いやいや、そんなこと言わずに~。みてください、このふかふか感。」

「ううっ…!」

まずい、耐えきれるか……!?

「こんなにへこむんですよ!これは低反発素材っていう…。」

もう限界。

「あっ、ちょっ!?お客様!?」

俺は一目散に駆け出していた。

だってうちの布団のほうがいいやつだなあ、って思っちゃったんだもん!

仕方ないじゃん!

俺は、我が家に向かって走りながら、『ある事』を決意していた。



「ただいまーっ!」

俺は小屋ではなく、小屋の横に在る倉庫の中に入る。

そして、そこにしまってある、「楽々布団収納機らくらくふとんしゅうのうき」と書かれた箱を取る。

もうこれしかない!

誘惑を退けるためには、もうこれしかないんだ!

説明書を読むと、

『①お布団をたたみます』

と書いてある。

よっしゃ、たたんでやるぜ!

謎のハイテンションになった俺は、お布団にドロップキックを食らわせた。

俺の計算では、俺のドロップキックの衝撃で、お布団は真ん中から二つに折れて俺を挟み込む感じとなっていたのだが。

「やわらかい…っだとっ…!?」

お布団は予想外にやわらかかった。

そして、やわらかいということは、当然、衝撃吸収力があるということで、

「まずいっ!」

俺は布団の上に倒れてしまう。

窓から差し込む太陽の光を浴びてたお布団は、とてもいい香りがして、――――


―――「っあぶねえ!」

何とか耐える。もうこうなったら意地でも寝ないぞ。

俺は布団から体を起こすと、布団をたたみ、付属の袋に入れる。

「楽々布団収納機」に袋をセットし、ボタンを押す。

ぷしゅーと音がして袋が小さくなっていく。なるほど、真空にするやつか。

そして、完全に空気が吸い取られた時、俺は思わず歓声を上げていた。

「やったあああ!かった、勝ったぞおおおおおおお!!!!!」

興奮冷めやらぬまま、俺はふと後ろを振り返り、―――――





























――――そこに、あったのは。

もう一つのほうのふかふかのお布団と、その上で眠る元・お姫様。

「もうムリっ………!」

俺はアルの布団にダイヴィングした。

ふかふか―――!SIAWASE――――!あったけぇ―――!

お布団は神。






































「もおおおおおお!な・ん・でファストは入ってくるのさああああああ!!???あと、なんで僕じゃなくてお布団に抱きつくんだああああああ!!!!?」

夜、目覚めたアルの叫びが山中に響き渡った。

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