油断した姉友 4(終)

 ベッドの中、お互い上下一枚という格好で堕落した昼下がりを過ごしていた。なぎささんが懇願した通り今は熱く長いディープキスを交わしており、今度は彼女の方から俺の胸元に密着して体温を求めてきている。


「んっ♡ ごめんなさいっ♡ 本当は、もっとデートらしいこと、したかったのにっ♡」

「いいんです。なぎささんに無理ばかりさせるのは、自分で自分が許せません」

「ずるいですっ、口ばっかり達者になって……」

「なぎささんも正直になりましたね」

「だって……こんなことされて、ときめいちゃいましたから……」


 背中に回されていた腕がきゅっと締まる。

 そしてまた、ちゅっ、ちゅっ……と。彼女の顔に緊張感はない。


「あのっ」

「どうしました?」

「私のこと……捨てないでくださいね」


 ふと、なぎささんがそんなことを言ってきた。俺はただ静かに笑みを作って頷く。そうして彼女の頭をそっと撫でながら優しく抱きしめた。


「ずっと一緒ですよ」

「何度も確認するようですいません……」

「何度だって安心させますよ」

「ん……♡」


 胸元に顔を預けたなぎささんは寄り添ったまま目を閉じる。

 二の腕が擦れ合い、心地よい刺激が上ってきた。


「将さんは、私の王子様なんです……だから、絶対に忘れないでくださいね。理子さんや千秋たちの所に行ってもいいですけど、私が忘れられるのは耐えられません」

「大丈夫です。こうしてまた会える時が来ます」

「ん……♡ 好きです……♡」

「俺も、なぎささんのことが好きです」


 静かに、だけど少しずつ昂ってくる感情。俺もなぎささんもこのままでは物足りないという気持ちを抱えて同じベッドの中にいた。それはだんだん互いの身体や息遣いに目に見えない形で表れ始めて……


「はあっ……♡ 将さん……♡」


 腰に置いてあった手が、その更に下へ伸びようとしたその時。

 机の上に放置していたスマートフォンが微かに震えた。


「……ん?」


 なぎささんと顔を見合わせて、仕方なくベッドから這い出るようにしてそれを取りに行く。何やら通知が一つ入ったようだった。さて相手は誰だ……?


「将さん、なんでした?」

「……理子姉からだ」

「え?」


 話を聞いたなぎささんも飛び出すようにして俺の隣にやってきてスマートフォンの画面を覗き込んだ。そこには「帰り遅い? 夜ご飯のこともあるから早めに教えてね?」という文言が一つ。しかもこれ自体も十分前に来たものだった。

 隣でなぎささんも自分のスマートフォンを起動してみる。サイレントになっていた彼女の端末が光ると、少ししてなぎささんはひっと変な声を上げた。


「なぎささん?」

「理子さんが来ます……!」

「何分前の通知?」

「十五分前です!」

「え、それってもう目の前なんじゃ――」

「やほーーーー!」


 アパートの玄関のドアが開き、理子姉がニコニコ笑顔で部屋に入ってくる。そして上下一枚しか着ていない俺となぎささんを見つけるとその場でカチコチに固まってしまった。


「あっ……えっと、理子さん、これは……っ」

「もしかして邪魔しちゃったかな?」

「いえいえ、ちょっと暑いかなーって、思っていました」

(あそこで通知に気付かなかったらとんでもないタイミングで入られてたぞ……)

「将君は?」

「ええっと、大丈夫、です、はい」


 理子姉はしばらくそのまま笑っていたが、直後にむきぃと不満げな顔になると顔つきを(>_<)にして色々撒き散らし始めた。なぎささんもそんな顔してた……!


「なぎさちゃんに出し抜かれたっ!」

「出し抜かれたって、理子さんはいつも家で一緒にいるじゃないですか……!」

「そう言えば今日はなぎさちゃんのオフの日……ううっ、油断してた……」

「たまの休日なんです、将さんに会える日もそんなに多くないんですからっ」


 なぎささんがこれ見よがしに俺のことを後ろからぎゅっとして理子姉に見せつけてくる。姉さんの顔がむむむと険しいものに変わったが、何かいいことを思いついたのかぱっと明るい表情になった。


「そうだ……普段二人がどんな風にしてるか見せてくれる?」

「え……?」

「理子さん、何言ってるんですかっ、そんな恥ずかしいこと……」

「ねーねー将君、なぎさちゃんがトロトロになってるところ見たいなー」


 理子姉は俺に向かってウインクした後、こそこそと後ろに隠れようとしているなぎささんに向かってぎろりと目を大きく見開いた。なぎささんの動きが止まる。


「……仕方ないなぁ、理子姉がそこまで言うなら」

「将さん……!?」

「わーい、やったー!」

「ほら、なぎささん、ちゅーしますよ」

「ちゅー!?」


 目の前で姉さんが目をキラキラさせている中、顔を真っ赤にして今にも弾けてしまいそうななぎささんの両肩にポンと手を置いた。頭が回っていないのか、ぼうっとしている彼女とまずは額を合わせる。うおおあちぃ。


「あっ、将さん、まってください……」

「待ちません――」

「んん……!? はっ、ん……♡」

「おおっ」


 今日何度目になるかもわからないキス。だけど、理子姉がすぐ隣で見ているせいかこれまでのキスと比べてすぐに顔がぼうっと熱くなってきた。夢か現か分からなくなる不思議な状況もあってかなぎささんの身体がゆらゆらと揺れる。

 なんとなくなぎささんのお尻の辺りに触れてみる。それだけで甘い息が漏れた。


「はぁっ……♡ 将さん、そこ、撫でないでっ♡」

「なぎささん、もしかして敏感になってます?」

「なってないですっ、触り方が、いやらしいだけです♡ 理子さんも見てるのにっ」

「……よいしょ」


 腰の下の方を撫でまわしているとそれだけでなぎささんは身をよじらせるようにして悶え始める。そうしてトロ顔になっているところを理子姉がすかさずスマートフォンで写真に収める。なぎささんが反応しようとしたが、それはどうにかして俺が強く抱きしめることで静止した。


「わっ、撮らないでくださいっ! 今とってもエッチな顔だったんじゃ……!」

「すっごくエッチな顔だったよ……にへへ、なぎさちゃんもむっつりだねぇ」

「んんん~~~~!!! 将さんも放して、あっ、ふんんっ♡」


 恥ずかしそうにしているなぎささんがどこか魅力的で虐めたくなってしまう。理子姉に見守られながら、夏の夕方を湿っぽく、気持ちよく過ごしたのだった……

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