最終話 未来に向かって

 異次元ゲートを抜けて、ユカリオンとリオンナイトは真夜中の処分場へ降り立った。

 地上に降り立った二人は変身を解き、力なく地面に座りこんだ。

 由香利は優人の腕の中で泣き続けた。手に持った早田の白衣に気づくと、早田の残り香で、さらに涙があふれた。

 そして由香利は、母が死んだときのことを、はっきりと思い出した。

 今よりも小さな由香利は、今と同じように泣いていた。どれだけ重三郎や早田が言葉をかけても、由香利の涙は止まらなかったし、泣くのが止んだと思ったら、今度はなにも感じなくなった。突然世界が灰色になってしまったようだった。

 そのときに、早田が読んでくれた絵本があった。早田は、宮沢賢治の絵本をたくさん読んでくれた。不思議で、少し悲しくて、でも、優しい話をたくさん。

(早田さん……)

 早田はよく『よだかの星』が好きだと話してくれていた。そのときの横顔は、少し切ない感じだったのを覚えている。

「あの人は、よだかだったのかな」

 柔らかく、優しい声がした。優人の声だった。

「よだかの星?」

 優人は『よだかの星』の冒頭をそらんじた。その声は柔らかく、いつまでも聞いていたいと由香利は思った。

「早田さんは、異次元ゲートに入る前につぶやいてた。『焼けて死んでもかまわない』って。そして、君のお父さんにも言っていた『燃えるのは僕だけで結構』って。あの人は、『よだかの星』を知っていたの?」

「うん。宮沢賢治の本はたくさん読んでくれたんだ。その中でも、早田さんが好きなお話は、『よだかの星』だった」

 そして由香利は、司書の先生から聞いた話を思い出した。

「優人くんも、『よだかの星』好きなんだよね。暗唱できるくらいなんだもの」

「僕は、よだかみたいになりたかった。高く高く飛んで、燃えて、星になりたいって……でも、僕は燃えなかった。君はここで生きろって、あの人に言われた気がしたから」

 優人は首にかけたペンダントの紐を握り締めた。

「早田さんは僕にこれを託してくれた。僕が、由香利を守れるようにって。それは、ずっとあの人が、君にしてたことだよね」

「うん、早田さんは、いつも私を守ってくれてた。優しかった。宇宙人だったけど、本当の叔父さんじゃなかったけど、そんなの関係なかった。私の大事な家族なの。優人くん、早田さんの話をしてもいい?」

 早田がどんな人だったのか、どれだけ素敵な人だったかを、優人に知ってほしくて。優人は、そんな由香利を見て「いいよ」と言った。

 宇宙からやってきたこと、由利や重三郎と共にリオンスーツを作ってくれたこと、料理が得意だったこと、実は家族の中で一番怒らせると怖かったこと、いつでも由香利と重三郎を心配し、気にかけてくれていたこと。

 優人は由香利の話に相づちを打ちながら聞いてくれた。ふと流れる涙で話が止まっても、優人は最後まで、辛抱強く聞いてくれた。

「素敵な人だったんだね」

 話を聞き終えた優人が言った。話を聞いてくれただけで、少し心が軽くなって楽になった気がした。

 そのうちに、地平線から、燃えるようなオレンジ色と、青のグラデーションが現れた。

 夜明けが訪れた。

 ふと気がつけば、倒れていた重三郎が上半身を起こし、呆けた顔で夜明けを見ていた。やっと泣き止んだ由香利は、重三郎の前に座った。

「ただいま、お父さん」

「おかえり、由香利」

「早田さんが」

「ああ、知ってるよ」

 えっ、と由香利は声を上げた。父はずっと、この地上で眠っていたはずだった。

「分かってたんだ、あいつが最期の姿を僕に見せないのは。早田は精神感応が使えるだろ。だから、気を失うときに伝えやがった。そうか、あいつは今、宇宙そらにいるんだな」

「早田さんが『愛してる』って」

「それも知ってる、僕も早田を愛してるよ。あいつと、どれくらい一緒にいたと思う? あいつは大切な僕の弟だ。僕と由香利のことをなんでも知ってる、ずるいのに優しい奴だったよ」

 重三郎は笑ってそう言った。目じりに少しだけ涙が見えた。由香利もうなずいて、笑った。



 帰り道、優人は母が家を出ていこうとした話をしてくれた。

「僕はこれからどうすればいいのか、分からないんです」

 その話を聞いた重三郎は、とても真剣な顔になったあと、こう言った。

「よかったら、今からうちに来ないかい? 体を休めて、美味しいものを食べてから、一緒に考えたいんだ。君の、これからのことを」

 力強い重三郎の言葉に、優人は不安げながらもうなずいた。由香利は優人の手を取った。

「だいじょうぶだよ。優人くんを一人にさせないって、私、約束したもん。私にできることは少ないかもしれないけど、こうして一緒にいることはできるよ」

 すると、優人は安心した表情になり、握った手を握り返してくれた。

 


 空にはいつの間にか、太陽が昇っていた。真っ青な空とオレンジ色の太陽がまぶしくて、それだけでさわやかな気持ちになった。そして、空へと想いを馳せる。

(お母さん、早田さん。自分のことや優人くんのこと、これから立ち向かわないといけないことが、たくさんあります。でも、私は……私たちは負けません。一緒に戦ってくれて、信じてくれる大切な人たちがいます。だから)

 由香利は誓い、強く願った。

(二人とも、見守っていてください。私たちが、生きる姿を)

 この世界で生きるための、強い意志の力を信じて。


 終わり

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