八.新たな影! 由香利、最初の戦い

 薄暗い宇宙船の一室。怪人デ・ジタールのカプセルの蓋が開いた。地球上では一日ほどしか時間が経過していないにもかかわらず、デ・ジタールはゆったりとした動作で起き上がった。

 ダメージを受けていた部分はすっかり修復されていた。

「リ、リ、リオン、ク、ク、クリスタル」

「すっかり元気ねぇ、デ・ジタール。さあ、もうすぐ地上では日が落ちる頃、私たちの活動できる時間ヨ」

 サルハーフの横を通りすぎ、デ・ジタールは異次元ゲートに向かう。

「今度は油断しないことネ」

 冷たく言い放つサルハーフを無視するように、デ・ジタールが光るゲートへ足を踏み入れようとした瞬間だった。

「おはよう、みんなぁ」

 甲高い、子供のような声に、デ・ジタールの歩みが止まる。

 デ・ジタールのカプセルの横には半分くらいの大きさのカプセルがあるが、その蓋が開き、中からなにかが起き上がった。

「あれあれ? 起きてるのは、デ・ジタールとサルハーフだけなのぉ?」

 カプセルから姿を現したのは、アナログ時計にピエロの胴体がついた怪物だった。カプセルから降りた怪物はたどたどしく歩き、デ・ジタールのそばまで駆け寄った。

「さあ、僕の可愛い弟よ、僕を肩に乗せてよぉ」

「ア、ア、ア・ナローグ、ニ、ニ、ニイサン」

 デ・ジタールは腰をかがめ、ア・ナローグと呼んだ怪物を優しく抱きかかえると、肩に乗せた。

「やっぱり高いところの景色っていいねぇ! ここが一番落ち着くよぉ」

 ア・ナローグから無邪気な笑みがこぼれる。デ・ジタールは無言ながら、ア・ナローグの言葉にうなずいているようだった。

「お久しぶりね怪人ア・ナローグ。相変わらず間延びした、ガキっぽいおしゃべりだこト」

 傍観していたサルハーフが口を挟むと、ア・ナローグは笑みを崩さぬまま、その無邪気さとは程遠い言葉を投げつけた。

「相変わらず意地悪いし、気持ち悪いし、性格の悪いヤツだよね、君ってぇ。いっそのことずーっと眠ってたほうがよかったんじゃないの? そのほうが静かだしぃ」

「お黙りなさイッ! だれがあンたを修復してたと思ってるの、この恩知らズ」

「恩? あははは、僕ら異次元モンスターに、恩なんてあるわけないじゃん? あ、だから『恩知らず』かあ! あはは、あはははは!」

 サルハーフは笑い続けるア・ナローグへ、蔑みの視線を向けた。

「さっさとゲートをくぐりなさいこの能無しどモ。リオンクリスタル・アルファを奪還するのヨ!」

「はいはい、分かってるよぉ。そうじゃないと、チートン様が元気にならないものね。さあ、行こう、可愛い弟よ!」

「ニ、ニ、ニイサン、イ、イ、イコウ」

 はしゃぐア・ナローグを担いだまま、デ・ジタールは異次元ゲートの光の中に消えていった。


 *


【ユカリ、起きろ!】

 内なるアルファの声に、地下研究室のソファーで寝ていた由香利は目を開いた。ばねのように跳ね起きる。胸が脈打ち、高鳴っていた。

 初めて異次元モンスターと出会ったときのように、体全体が熱を帯びている。少しでも苦しみを抑えようと、背中を丸めてうずくまった。

(アルファ)

【奴らが現れた。どう動く、ユカリ?】

 由香利は思わず胸のリオンチェンジャーを握る。ひんやりとした感触が熱を冷ましてくれた。

「由香利!」

 かたわらでモニターを眺めていた重三郎と早田が、由香利の目覚めに気づいて歩み寄る。由香利のただならぬ様子に、二人は異次元モンスターが近づいていることを悟った。

 ついに迎えた戦いに、三人は口を閉ざす。由香利を見守る二人の顔は強張ったままだ。

 由香利はリオンチェンジャーのひんやりとした感触にすがっていた。行かなければいけない。頭では分かっていても、体が動いてくれなかった。

 しかし、いつまでも怯えているだけでは、力を持つ前となにも変わらない。

(お母さん、私に、私に勇気をください。お母さんみたいに、立ち向かう勇気を)

 たった一人で立ち向かった母の姿を思い浮かべ、由香利は深呼吸をして息を整える。小さな勇気を振り絞り、指を離した。

 口をきゅっと真一文字に結ぶと、ソファーから降りた由香利は不安げな顔をしたままの重三郎に向かって尋ねた。

「お父さん、近くに思いっきり戦っていい場所って、ある?」

 不意を突かれた質問に、重三郎は目を丸くする。しかし、すぐに思い当たる場所があったようで、タブレット端末を持ち出し、地図アプリを呼び出した。

「この近くに、閉鎖された遊園地があるはずだ」

 タブレット端末で場所を確認した由香利は、自分の携帯電話にその住所を入力し、ポケットへしまう。一人で行くつもりだった。これ以上、だれも巻き込みたくなかった。由香利は決意を固め、顔を上げる。

(行こう、アルファ)

【分かった】

「お父さん、早田さん、ちょっと行ってくるね」

 なるべく二人を心配させないように、由香利はいつもより声のトーンを上げて告げると、二人を見ないようにして地下室のドアへ向かった。二人の顔を見たら、せっかく固めた決意が崩れてしまう気がした。

「待ちなさい、由香利。お前一人では行かせないよ」

 重三郎の言葉で、由香利の歩みが止まる。それでも、由香利は振り向かなかった。

「ダメ。お父さんと早田さんはここにいて。戦いには、私とアルファで行く。狙われているのはアルファと、アルファを持つ私だから。お父さんたちを、巻き込みたくないの」

「かつて由利も、由香利と同じようなことを言っていた。そして無力な僕らは、それを見守ることしかできなかった」

 重三郎の声は、普段の能天気さからは考えられないほど真剣だった。

「博士は、僕らでも使える武器を開発したんだ。もう、一人で戦わせることのないように」

 いつの間にか、重三郎と早田が出かける準備をして、由香利の両隣に立っていた。二人の手には大きなアタッシュケースが提げられている。

「この戦いは、由香利だけの戦いじゃない。僕ら家族の戦いなんだ。一緒に行こう、由香利。お前を一人になんかさせない」

「僕も一緒に戦うよ、由香利ちゃん」

『家族の戦い』

 その言葉に由香利は胸がいっぱいになって、二人の手を取った。

 一人じゃない。ただそれだけで、不安が一気に晴れていく。

 重三郎と早田が由香利の手を握り返してくれた。それはとても力強く、一人で抱えていたときより何倍も、勇気があふれてきた。

「そうだ。帰ったら由香利の誕生パーティーをやるぞ。早田がたくさんご馳走を作っていたからな」

「ええ、たくさん作りましたよ。由香利ちゃんの大好物をいっぱいね。無駄にしたくないので、絶対に三人一緒に帰りましょう」

 由香利は驚いた。昨日の夜からずっとこのことにかかりっきりで、二人とも誕生日のことなど忘れていると思っていたのだ。そのことを言い出すつもりも、責めるつもりもなかった。由香利自身がそういう気分ではなかったからだ。けれども。

「うん、絶対一緒に帰る。お父さんと、早田さんと一緒に」

 大切な誕生日を、大切な人たちと過ごしたい。そのためには、今目の前にある戦いを越えなければならない。

 


 目的地には、車で五分ほどで着いた。その間に、由香利は二人から、Dr.チートンと異次元モンスターの話を聞いた。

「六年前の戦いで、お母さんはDr.チートンと異次元モンスターたちを完全に倒すことはできなかった。アルファの欠片から、ベータの気配を感じていたからね。致命傷は負わせたはずだが、六年の間に復活したと思っていいだろう。異次元モンスターは全部で四体。今日ですべてが終わるとは思えないんだ」

 真っ赤に燃える夕日の中、由香利たち三人は車を降りた。錆びだらけのアーチをくぐると、雑草が地面を埋め尽くし、いたるところに壊れた遊具や看板などが放置されていた。長い間、人が立ち入っていないのだろう。

 由香利たちは遊園地の真ん中にある広場まで行くと、足を止めた。風が唸り声を上げるように吹きすさび、カラスの鳴き声が響く、とてもさみしい場所だった。

 重三郎と早田はアタッシュケースから黒いバトンのようなものを取り出した。

「それもバトン?」

「対異次元モンスター用のバトン・スタンガンだよ。アルファを解析して作った、イミテーション・アルファが組み込まれている。これなら男の僕らでも使える。本物の威力にはかなわないけど、護身用くらいにはなるかなあ」

 重三郎が取っ手のボタンを押すと、バトンからバチバチッという派手な音が響き、緑の小さなスパークが走った。

「さあ、由香利も準備を」

 重三郎の言葉に、由香利は欠けて朽ちた銅像の前まで行くと、リオンチェンジャーに手を掛け、呪文を唱えた。エメラルドグリーンの光が勢いよく天を貫き、由香利は変身した。

【準備はいいか、ユカリ】

(うん、だいじょうぶ)

 いつの間にか辺りはしんと静まり返っていた。

 空を見上げると、太陽の光が、だんだん深い青に押しつぶされていく。

 青と赤が滲んだ、グラデーション。いつもならきれいな光景なのに、今ばかりは闇に塗りつぶされていくように見え、由香利はその体を震わせた。

【来るぞ。やつらの気配だ】

「お父さん、早田さん」

 由香利の呼びかけで、重三郎と早田は手に持ったバトン・スタンガンを強く握り締めた。

 ざわりと、辺り一面の草が揺れ、一瞬にして場の空気が変わる。

 突然、目の前の銅像が木っ端微塵に砕け散った!

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