第9話 魔王とおかん

 全身の肌が粟立つ。


『ここまで来たのは褒めてやる。

 が……。通り一遍に心の臓を狙うとは愚かな……』


 頭上から響く声が重くのしかかる。

 俺は魔王の胸に足をかけ、太刀を埋めたまま動けずにいた。




「う……ぁ……」




 逃げる――どこへ?

 戦う――どうやって?




 俺の思考回路は恐怖と混乱で完全に委縮し、活路を見出すことを放棄していた。


 多勢に無勢。

 短時間ならばなんとか引き止めていた護衛がエリカ達の隙をついて魔王の足元に駆け寄ってくる。




 終わりだ――




 知らず身震いしたその時──




「あかぁーーーーんっっっ!

 それ、うちの息子やってぇ!!」




 石の間に響き渡るおかんの声。


 一瞬にして場の空気が変わった。



『え?……息子さん? ハルちゃんの?』



 頭上から気の抜けた魔王の声が落ちてくる。


 え?


 ハルちゃんって……


 治子おかんのことか――!?


「そうやって!

 この子、ウシジマ君のこと倒しにきたんとちゃうで!

 うちのこと探しに来たんや!

 悠くんはそんな野心のある子やない! つまらんほど平凡な子や!」


 「最後の一言は余計だろ!!」


 ――と突っ込めるほどに俺の思考回路が急速に働き始める。




 ウシジマ君? ハルちゃん?




 魔王とおかんはどういう関係なんだ――!?




 *****




「えーっと……。とどのつまり、二人は中学時代の同級生だった……と」




 俺たちパーティは、魔王……いや、牛島さんと共に食卓を囲み、おかんの作った異世界家庭料理を食べている。

 ヌホウルの果実を醸造したワインを片手に談笑しながら。


 圧倒的な巨体と思われた魔王の体は――


 かつて大晦日の紅白歌合戦で某演歌歌手が大掛かりな舞台装置と一体化していた、そんな感じのアレだった。


 実際の魔王、つまり身長約170センチの牛島さんはその舞台装置にはめ込まれていて、俺が狙いを定めた心臓よりも上部に鎮座ましましていたのであった。


「そうそう。僕は十八の時にトラックにはねられて異世界こっちに転移しちゃってね。

 たまたまその三日前に先代が勇者に倒されたばかりだったってことで、魔王専属執事のディガルドさんにスカウトされたんだよ。

“玉座に座るだけの簡単なお仕事です♪” ってさ」


 先代が倒された教訓を生かし、いざ勇者に斬られてもいいようにとハリボテを作り、本体を悟られないようにしていたんだとか。

 威圧感を演出するために変声機まで内蔵していたのだからご丁寧な話である。


「それでも、僕の装置を斬りつけられたのは三十七年間のうちで君たちを含めたった三組だよ。

 今日は正直やられちゃうんじゃないかって焦ったなぁ」


 薄くなった頭を掻きながら、テヘペロッと茶目っ気を出す牛島さん。

 実際は随分とこう……

 親しみやすい人らしい。


「しっかし驚いたわぁ。

 まさか、あのウシジマ君が魔王やってたなんてなぁ。

 この城に連れて来られた時は生きた心地もせんかったけどな!」


 味噌汁を卓上に置きながら金歯を見せてガハハと笑うおかん。


 生きた心地がしなかったのは絶対嘘だろ。


「噂のモンスター料理の達人がハルちゃんだって知ってたら、あんな手荒いやり方はしないで僕が直々に頭を下げに出向いたんだけどさぁ。

 悠斗君たちご家族にも迷惑かけて本当にすまなかったね」


 箸を置き、俺に向かって頭を下げる牛島さん。

 おかんをここに連れてきたのにはきっと彼なりの理由があったのだろう。


「本日の食事の歓待は感謝する。

 おかんさんは我々が責任をもって現世界へと送り届けることにしよう」


 俺達パーティのリーダーとして、エリカがそう締めくくったときだった。


「いや、しかしねぇ……。

 ハルちゃんを連れて帰られるのは困るんだよなぁ」


 薄い頭を掻いて苦笑いした牛島さんが、パチンと指を鳴らした。


 それを合図に、壁際に控えていた護衛の魔物達が食卓を囲むようにずい、と前へ出てきた。


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