第10話

 夕方、ユカと入れ違いに、チカは店に向かう。

「後で行くわ」

「うん。席取っとくよ」

「取っとかなくても空いてんだろ」

「まあね」

 聞き出した黒幕は案の定だった。

 メグルちゃんを焚き付けて、チカと関係を持たせる。

 それで俺を追い出したかったみたいだけど。

 チカ狙いか?

 よくわからん。

 考えたところで仕方ない。明日、直接聴くとしようか。

「パパ出掛けた?」

「おう」

「じゃあ、一緒にお風呂入ろ」

「なんでだよ」

「もう、可愛い女の子とお風呂に入れるんだよ?」

「致命的に色気が足んねえよ。ほれ、飯にすっぞ」

 外人モデルの元嫁と暮らしていたというだけあって、キッチンにはオーブンもある。

 流石外国人セレブ様。

 これが中々に便利なのだ。

 今日の主食がそろそろ焼きあがる。

「さて、ユカの作品は美味しく焼きあがったかな」

「昨日のやつ?」

「おう」

 折角だからと、昨日の晩はユカと粉だらけになりながら、ピザ生地を仕込んだ。

 これを料理と呼べるかはわからないけど、一緒に何かをすることが大事なのだ。

「Wow」

 焼き上がりは上々。

 具材はシンプルにトマモッツァ。

 生地は沢山あるから、枚数で腹を満たす作戦だ。

「ねえ、朝の続き」

 一日我慢してたんだろうな。

「飯食って、ゆっくりしながらな」

「もう!」

「消化に悪いからな」

 結局、ユカは三枚、俺は二枚を食べて満足した。

 食器を洗い、台所も片付いて、コーヒーを淹れる。

 食後だし、あまり激しい音楽は要らない。

 Dave Brubeck QuartetのアルバムTime Out。

 この中からシングルカットされたのが有名なTake Five。

 Take Fiveのジャケットには「Unsquare Dance」と書かれていて、二人で踊れないように作ったなんて言われている。

 作曲はサックスのPaul Desmond。

 ああ、煙草吸いてえ。

「1,2,3,1,2,1,2,3,1,2……」

 ユカがブツブツと呟きながら膝を叩く。

「おお、刻み方知ってんだな」

「ねえ、これホントに踊れないの?」

「いんや、踊れるぜ」

「え?」

「ユカが刻んでる通りにステップ踏みゃあいいだけだぜ」

 正式にはどうか知らないが、そう習ったのだから仕方ない。

「うっそ」

「やってみっか?」

「うん!」

 リビングの空いたスペースでユカと向かい合う。

「足運びはボックスで。リズムだけずれていく感じな」

 リズム感も、ダンスもユカの方が上だろうから、コツさえ掴めばすぐだろう。

 ユカの手を取り、腰を抱く。

「ほらいくぞ。ズンタッターズンタ、ズンタッターズンタ……」

 案の定、ユカはあっという間に慣れた。俺はこのステップをマスターするのに、どんだけ努力したと思ってんだ……。

「なあユカ」

「ん?」

 クソ。軽々と踊りやがる。

「俺とパパはユカが思ってるような関係じゃないかもな」

「パートナーじゃないってこと?」

「うんと、世間で言うゲイのパートナーってやつとは違うかもなあ」

「どんな風に?」

「俺にとっても、多分パパにとっても、お互いが大切な存在であることは間違いねえ。ただ、肉体的な欲求があるかっていうと、それほどでもねえな。無えってわけじゃねえけど、傍にいりゃ十分。セックスは女とするほうがいいしな」

 今時の子は進んでるっていうし、アメリカ育ちのユカなら、これくらい平気だろ。

「そうなの?」

「お互い、そうしてるぜ?」

「アタシとはしないのに?」

「お子様はお断りしてんだよ」

 やっぱりな。普通の会話だ。普段してる女子トークのほうが、よっぽどエグいに違いない。

 ユカからは「女」を感じるしな。

 セックスも経験済みなんだろうなあ。

「パパが誰か女と寝ても、ヤキモチ焼かないってこと?」

「焼かねえなあ」

「相手が男だったら?」

 思わず吹き出す。そうきたか。

「焼かねえだろうなあ」

「なんで?」

「女はともかく、俺以外の男とは寝ねえよ。俺も他の男と寝るなんて鳥肌もんだ」

 五拍子が終わる。

 踊りを止めたユカは手を離さず、真剣な瞳で俺を見上げる。

「ヒロは、どっか行っちゃわないよね?」

「行かねえなあ。大体よ、俺が一緒に住んでんのはユカがいるからだぜ。ユカが出て行かない限り、俺も出て行かねえよ」

「出て行く時は一緒だね。行き先も一緒ね」

「さあ、そいつぁどうかな?」

「一緒なの!」

 抱き着いてきたユカの頭を撫でる。

 メロンみたいな香りがした。

「じゃあ、俺はパパの店に行くから。早く寝ろよ」

「いいなあ」

 ユカが全体重をもってしなだれかかって来る。

「今のうちに子供時代を楽しんでおけよ。あと五年しかないんだぜ?」

「そっか、そういう捉え方もあるんだ」

「そうそう。早く寝たくても、寝れなくなるんだ。夜更かしが楽しいのも知ってるけどよ」

「美容のためにも、早く寝るかあ」

「言ってろ。そうそう一応、部屋の鍵も閉めて寝ろよ」

 ユカに手を出すとは思えないが、用心に越したことはない。

 いつもより早く、一時には店を閉めて帰って来るつもりではいるけど、念のためだ。

「部屋まで抱っこ」

「今日だけな」

「Yes!」

 正面から飛びつくユカを、そのまま抱きとめる。

 必然的にお尻を抱えることになる。

 胸に当たる膨らみは立派なものだし、お尻もなかなか。

 身体は大人顔負けだな。

「ねえ、ドキドキしてきた?」

「しねえ」

「なんで?! エッチは女の方が良いんでしょ?」

「女の子じゃなくて、女な」

 何とか階段を上り、ユカの部屋に辿り着けば、そのままベッドに落とす。

 いや、落とそうとした。

「おい、離れろよ」

「やだ」

「よし、このままユカとセックスして、出て行こう。そうしよう」

「やぁだ! 出て行っちゃだめ!」

「じゃあ大人しく寝ろ。寝なくてもいいけど、離せ」

 俺の理性にも限界ってものがある。

 相手は子供だとわかっていても、だ。

「うー」

 しぶしぶ手を離したユカをベッドに残し、部屋の入口に立つ。

「おやすみ」

「おやすみのキス!」

「はいはい」

 仕方なく戻って、頬にキスすると、ユカはニンマリして大人しくなった。

「Sleep tight」

「Nite nite」

 二階から全ての部屋を回って、戸締りを厳重に確認する。

 玄関もしっかりと施錠して、家を出た。

 早速煙草に火を着ける。

 歩き煙草をするわけにもいかないから、フェアレディを右斜め後ろから眺める。

「後ろ姿も可愛いけど、やっぱりお前は顔が見えたほうがいいな」

 最高なのはコクピットだけどな。

「さて、お姫様の次は、王様のところか。アタタ……」

 腰が痛え。

 腰をさすりながら、大井町に向かう。

 あれしきで腰にくるなんて、俺も年だな。

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