第2話 テストコロニー

 アルは経営者としても営業マンとしても非常に優れた能力を持っていた。


 しかし野望が強すぎた。アルはシンジの才能の将来性に賭け会社を立ち上げた。シンジは天才的な能力を持ち常にカミソリのような感性を示していた。それに対しアランはただの優秀な人間でしか無かった。マリアがアランと付き合い始めたのはむしろアランの普通さ故だったのかも知れない。


 実証試験の工程が決定された事により作業は急ピッチで進んだ。アルもシンジもそれこそ寝食を忘れて没頭していた。しかしこの計画にマリアは違和感を覚えていた。


「早すぎる。」


マリアは4号機の成長に疑義を感じていた。マリアは4号機が作動を始めた瞬間からモニターしており4号機が只のコンピューターとは思えないような感触を持っていた。


 その後4号機はまるで子供が成長するように多くの物事を理解していく様をずっとモニターしてきた。その為であろうか4号機にキャラクターのようなものすら感じてきていた。

 アルやシンジにとってそのような考え方は到底理解出来ない事のようであった。意外にもマリアの考え方に同調したのはアランであった。アランもまた4号機に関してひどくコンピューター的で無いものを感じていたのだ。


 アランはアル達に慎重に事をすすめるように言ったが、アルは4号機のテストチームの計測結果を振り回し実証試験には十分耐えられるレベルに有ると主張した。

 シンジもそれに同意しており無機頭脳は十分実験に耐えられると思っていた。

 実際の所は経営上の問題も大きかったのだ。


 アルの会社は所詮ベンチャーであり木星インテリジェントの下請けの下請けに過ぎなかったのだ。このチャンスを逃せば会社の信用は大きく失墜する。

 親会社の技術者も承認を出しており、これほどのビッグチャンスをその程度の不確定な状況で 延長する訳にはいかないという事情も有ったのだ。


 しかし世界で初めてのシステムである無機頭脳の事を知っている人間は一人もおらず、シンジにしても無機頭脳の構造については理解していてもその無機頭脳がどのような心理状態を持っているのかそんな事は理解の外にあった。

 思考する事と心を持つことは全く別の問題で有り、自立思考コンピューターに心は発生しないというのが自立思考型コンピューターの基本的な概念で有ることは一番最初に習うことであった。


 人はみな他人を評価するときは自分を基準に考える。自分を基準とし上下、左右を考える。その為に人の心は常に間違いを犯す。その時機械が心を持った時の事を理解しようと考える者はいなかったのである。


 唯一それに気が付き始めていたのがマリアで有った。


 マリアは4号機に漠然とした感覚を覚えていた。4号機は動作を始めた時からはっきりした受け答えをしていた。それ故4号機に対して「成長」という言葉を使用していたが、それは知識と判断基準を高めて行く事を示していたに過ぎない。


 もし4号機に心というものがあれば果たしてその心の成長はあるのだろうか?マリアはそう考えていた。

 しかしそのような考え方はアルとシンジに一笑に付された。コロニー管理を行うコンピューターに感情が有ったら大変な事になる。そんな馬鹿馬鹿しい考え方は無意味だと言うのである。


 マリアはその考え方の主客が転倒している事に気がついていた。『コンピューターに感情が有ったら大変だ、だからコンピューターに感情など発生する筈がない。』とするのもので全く論理性を持っていない。


 無論、コンピューターには自我や感情は発生しないとするのが確立した理論で有った。

 その為に技術的に精通した人間ほどそのような間違った論理の隘路に入り込む事は無理のない事だったのかも知れない。


 いずれにせよ工程は既に動かせない所まで進捗していた。再三のシュミレーションテストの結果も良好を示しており問題となるところは見当たらなかった。テストのあいだじゅうマリアは4号機のモニターを続けた。

 4号機は非常に安定しておりアル達の言うとおり不安な要素は殆ど感じられなかった。


 マリアがモニターを行なっているのはあくまで4号機の中での情報の漠然とした流れだけであり細かな動作領域までは全く判らないというのが実情である。

 しかし5000の電極はそのまま脳内モニターとなりその活性エリアの判断とマリアの観測は良く一致しており、マリアのモニターの信頼性を裏付けていた。



 遂に4号機が実証コロニーに運ばれる事になった。実証コロニーとはいえ直径1500メートル全長500メートルの旧型のコロニー製造用の基地コロニーで、5000人以上の人間が常時居住しコロニーの組み立てを行う為の基地として活躍したコロニーである。

 現在では新しいコロニー環境統制用コンピューターの実証施設として使用されている。地球製グロリアの輸入が思うに任せない現状では自力開発をせざるを得ずセディアの改良実験が常に行われていた。


「どうでい4号機さんよ調子は良いかい?」

 ヨシムラはここでも大車輪で活躍していた。あらゆるトラブルはヨシムラに相談すると解決できた。


「調子をどのように定義すれば良いのでしょうか?」4号機は逆にヨシムラに尋ねた。

「具合の悪い所は無いかって事だよ。」

「はい具合の悪い所は51箇所有ります。」

「そいつは問題だなどこが悪いんだ?」


「はい、第31区画の25番センサーの感度が15パーセント………」

「分かった分かった。聞いたおいらが悪かった。お前さんの機能に障害を起こす所は無いのかい?」

「はい有りません。」


 どういう訳かこのヨシムラと言う技術者と4号機は波長が合うようでまるで人間同士のように話をしている。

 まあこの男も十分変わった人間であることには間違いなかったが4号機に関する限りマリアはこの男に共感する感じを覚えた。


 今回は3ヶ月間の実験であり既存のセディアを残したまま実験を行う。そしてそのセディアに4号機のモニターを行わせイレギュラーに対応させる予定で有った。

 セディアは木星で作られた自立思考型コンピューターではあるが実体は2世代前のグロリアのデッドコピーである。

 地球製グロリアの最新型に比べて冗長性や判断力に関しておおきく差を付けられていた。とは言え木星コロニーの半分はこのセディアが実装されており信頼性は十分に高かった。


 今回の実験は誰が見ても万全の安全対策を取った実証実験で有った。


 同時にこの無機頭脳は既に国家機密となっており警護の為に軍隊が配備されていた。空港や実験センターは物々しい警戒がなされ実験は始まった。


 最初は順調であったコロニーの環境は十分問題なく安定していた。しかしこれはグロリアならずともセディアでも十分こなせるレベルの物である。問題はエマージェンシー時の対応である。

 グロリアの場合この緊急時対応レベルが非常に高くグロリアの自立思考回路は人間の冗長性より更に高い判断を行うレベルまで達していた。

 セディアにはそこまでの冗長性は無く結局エマージェンシー対策として常に人間が控えていなくてはならなかった。


 今回のテストの主眼はそこに有った。緊急時を作り出しそれを4号機に対処させ、それをセディアがモニターし、評価する方法を取る。

 実験センターの指示の下、緊急時が演出された。下水管がつまり水が溢れたり、変電所が故障しその一帯の電気が止まった。コロニーは高度に集積した人工環境である。

 一部の環境制御の狂いが他の部分への波及し連鎖的にコロニー全体の環境制御に齟齬をきたす状態が発生する危険があり僅かな兆候を見逃さず正しい対処が行われなければ最悪住民のコロニー脱出まで考えなくてはならなくなる。

 コロニー開拓期にはそのような危機を何度も乗り越えて人類はコロニーに定住出来るようになったのである。


 4号機は順調にプログラムをこなして行った。プログラム通りの対処を行うことは普通のコンピューターでも出来る。問題はそれらを超えた緊急時の対応であった。


 セディアの評価はまずまずの物であった。マリア達もも3ヶ月の実験の間はずっとこのコロニーに居住し実験結果を見守っていた。マリアは事故が起きる度に4号機の状態をモニターしていた。


 最初の頃は特に大きな変化もなく4号機の状態は安定しているように見えた。


 実験は2ヶ月目に入りいよいよエマージェンシープログラムに移った。


 複合型のエマージェンシーである。


 例えば有る区画で空気漏れが発生した。その場所の非常用空気漏れ修理機器が作動しない場合どうするか?その区画の閉鎖して被害を最小限に止めるのであるがその区画閉鎖機構も故障した場合の対処。と言うように複合的な危機を作っていく。

 無論この場合人的被害がどの位少なく対処できたかが評価のポイントと成る。

 4号機は時には上手く行かず。時にはグロリア以上の冗長性を示した。


 これらの結果に自信を深めたアルはこの実験の公開と無機頭脳の発表を木星インテリジェントに提案した。


 普通であれば実用化レベルに至らなければ国家機密などそう簡単に発表する訳にも行かないのであるが、その時期地球圏との彗星譲渡交渉が佳境に入っており少しでも有利な情報が欲しかった外務官僚はこの発表を強く要求した。


 遂にアルは自らの業績を示す時が来たと大喜びしていた。


 まさにアルと言う人間んの交渉能力は非凡な物が有ったと言わざるを得ないだろう。アルは状況を巧みに利用して自らの業績を伸ばす天才的な才能が有った。

 経営の天才であったアルと、無機頭脳開発の天才であるシンジの組み合わせがなければ無機頭脳がこの世に生まれる事は無かったのである。


 問題は誰も無機頭脳の本質を理解してはいなかったことに有った。


 無機頭脳に関わる全ての人間が無機頭脳の将来性に大きな期待とそこから生まれる大きな利益を求めていた。

 結局人々は無機頭脳を新しい価値の高い商品としてしか見てはいなかったのである。


 しかしマリアだけは少し違った感情で事の推移を見守っていた。この複合型エマージェンシーが始まると4号機の思考の流れに僅かな変化が現れたのだ。それは回数をこなすほど変化は大きくなっていった。一度対処に失敗したときには大きな変化が感じられ、その変化は戻ることがなかった。


 その変化が良いものか悪いものかの判断はマリアには出来なかった。すくなくともセディアの評価とテストチームの評価は十分なものだったからである。その変化が4号機の成長の為だと考えればそれは喜ばしいことだったであろう。しかしマリアの心に宿った違和感は大きく不安を増大させて行った。


 その日は政府の首脳、経済界の大物、そして多数のプレスの目の前で大々的な実験が行われることになった。


 この時は無機頭脳の開発スタッフも招待されていて皆自分たちの開発した無機頭脳の晴れ姿を見に集まってきていた。

 それにより警備の為の軍隊も増員がなされ、コロニーは物々しい警戒の中実験が開始された。


 政府関係者や財界人は 実験センターに陣取り実験の様子を見ていた。プレスセンターは実験のモニターをしていたが記者たちは実験プログラムの現場での取材を求めてプログラムに記載された実験現場に詰めかけた。


 それまでの実験もいくつ物トラブルを人工的に起こしそれに対処をさせると言う実験を繰り返してきた。

 今回はそれをかなり大規模に行う事になっておりコロニー内でいくつ物トラブルが同時に発生し始めた。実際に爆薬などを仕掛け壊された物を修理したり、空気漏れのようにセンサーの処理で事故を演出する物などを組み合わせて行われた。


 事故はイベントのように演出された。こういった所はアルの才能と言っていいだろう。何が人の心を引き付けるか良く解っていた。

 賓客は実験センターに指定された建物に大型モニターを何台も設置し、大きな窓から見える範囲でのイベントは派手なものを用意した。


 賓客達はコーヒーやビールを飲みながらイベントを鑑賞したのだ。


「おい次はEの3エリアでテロが発生だってよ。」

「あと1分しかないから急いで行かなくちゃ。」

「絵になる演出をしてくれりゃいいんだかな。」

 プレスはあらかじめ渡されているプログラムに沿って事件現場に駆けつけた。


「はいここから先は危険です。」ガードマンがプレスを制止する。」

「なんだよ近づかなくちゃ絵が取れないだろう。」

 実験が始まると多くの修理ロボット等がコロニー中を動きまわり始めた。


 ガードマンの制止を聞かずプレスは現場に殺到する。いきなり目的の場所で爆発音が起き、煙が立ち上がる。


「うわっ驚いた。」

「派手なことやるな。」

「おっ見ろレスキューが来たぞ。」

「下がって下さい。下がって。」

 ガードマンがプレスを押し返す。


「正面から撮れ。」

「緊急車両の通過です。道を開けて下さい。」

 無人のレスキューロボットが叫ぶがプレスは退く気配がない。


 レスキュー車両は直ちに対処を始める。壊れた部分を取り去り応急処理を行う。

「後退します。危険ですからどいて下さい。」

 周り注意を喚起しながらロボットは動きまわるがプレスが邪魔になって自由に動けない場面がしばしが見られた。

「いててっ。」

 後退するロボットにはねられたプレスが出た。

「修理ロボットに近付かないで下さい。」

 ガードマンが必死で制止する。


「いけない、血が出てるぞ。」

「医療用緊急車を呼んでくれ。」

 ガードマンが慌てて無線で連絡する。軍隊はその周りで見ていたがプレスの対応は任務に入っていないので遠くから見守っているだけである。遂にレスキューロボットはプレスを現場から排除する行動を取り始めた。


 一方空気漏れと信号を出されたエリアにも報道陣は詰めかけた。無機頭脳はそれを危険と判断したらしい。作業ロボットはまるで物の様に報道陣を掴み上げ漏洩エリアから放り出した。


「いてて何しやがんだ。」

「ばっかやろう。カメラが壊れちまった。」

「この地域の気圧は急速に下がっています。直ちに退去して下さい。」

 レスキューロボットは本来の任務よりプレスの排除に追われるようになって来た。


 ガードマンが軍隊に依頼してバリケードを築き始めたがそこも減圧区域であった。

 エア漏れは起きているのであり、そこに人間が存在すること自体許されない事である。

 しかし放り出された報道陣は懲りること無く再び危険地帯に舞い戻ってきた。センサーは気圧の低下を示し人間の生存限界に近づいている。

 それにも関わらず軍隊もまた避難をしていなかった。4号機は戸惑った。何故ここにいる人間は死ぬこともなく修理の邪魔をしているのだろう。


 その一方で軍隊によるコロニーの破壊工作も行われていた。テロを想定した事故を演出していたのである。

 4号機は戸惑った。警備に当たっている軍隊と呼ばれる人々と同じ服を着た人間達が自分のコロニーを壊しているのである。


 次々と起きるトラブルに対処を続けていた4号機で有ったがプレスや軍隊がその修理の邪魔をした。修理はだんだん追いつかなくなり実験がうまくいっていないことをセディアが告げ始めた。


「プレスを自由にしたのはまずかったな。修理効率が落ちている。」

「やり過ぎだよ。あれじゃあまともに修理もできない。プレスの連中も非常識だな。」シンジが頭を抱えた。


「これ以上続けるともっと被害が拡大する。中止するか?」

「馬鹿な事を言うな。エライさんが見ているんだぞ。」アルは実験センターから4号機に呼びかけた。

「4号機対処効率が下がっている。原因を報告せよ。」

 しかし4号機からの答えは無かった。


「まずい。実験を中止しよう。これ以上は危ないよ。」

「セディア!現状の評価を報告しろ。」アルが叫んだ。しかしセディアもまた評価を告げて来ない。

「マリア、4号機のモニターは出来ているか?」アランがダイレクト通信機に座っているマリアに尋ねた。

「だめっ、さっきからモニターが乱れてよくわからないわ。」


 その頃コロニーの修理が進まないのは人間に原因があると判断した4号機は人間を強制的に排除し始めたのだ。


 最初は修理現場から始まった。修理のじゃまになるプレスを作業ロボットが排除し始めたのだ。

 当初軍隊は黙って見ていたが強制的に排除されたプレスが軍隊に助けを求めた。

 助けを求められた軍隊はプレスを守ろうとした所、作業ロボットはプレスも軍隊も一緒に排除し始める。驚いた軍隊は作業ロボットに発砲し、作業ロボットの一体が破壊された。


 この事により4号機は軍隊をはっきりとテロリストとして認識し全ての軍隊を強制的に排除し始めたのだ。


 作業ロボットの攻撃を受けた軍隊は応戦し始めた。コロニーのあちこちで戦闘が始まっった。プレスはいきなり始まった戦闘に逃げ惑ったが中には戦闘を撮影し始めるプレスも出始める。



 そのプレスを守る為に軍隊は更に発砲し戦闘は激化した。



アクセスいただいてありがとうございます。

登場人物

マリア・コーフィールド      無機頭脳の教育者 無機頭脳を脳科学からサポート

アラン・ダニエル         無機頭脳の発明者 工学的方面からサポート

シンジ・アスカ          無機頭脳の発明者 無機頭脳の理論的提唱者

アル・ジェイ・グレード      無機頭脳の発明者 無機頭脳の営業を得意とする。野心家

タミゾウ・ヨシムラ        無機頭脳製造に関わった技術者

ダイレクト通信          首筋にチップを埋め込み脳から直接通信を行うシステム、脳波通信機


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