知恵の実の王妃
海より深い蒼穹に、アグララが舞い雨を呼ぶ。雷と雨に洗われ潤う山野が、いきいきと歌をうたいだす、恵みの季節の到来だ。
香米を蓮の葉に包み蒸したもの、花籠に山と盛りあげた果実や折った椰子葉に蘭を挿した麗しい円飾り。それらをいくつも祭壇に捧げて、
「
宴に侍り舞うように命じられたラージャニカが、訴えたのは日の翳るころだ。今宵彼女がまとうのは、蓮糸を織った黄色い
「またか」と王は顔をしかめた。ラージャニカが
「我が緋蓮の舞姫よ、代わりをつけてやりたいが、そなたの腕に見合うほどの者、すぐにはとうてい
「王はわたくしに恥をかけとおっしゃる?」
黒真珠の目が冷えて彼をねめつける。
「何を愚かな。この俺が、そのような仕打ちをするものか」
「では、どうか」
乞われはしても、と渋面のイーファルージに向けられたのは、弦月のごとくつりあがるラージャニカの紅き唇だ。
「王はお忘れでいらっしゃる」
「なに?」
「名手が近くにおられることを」
誰のことかと怪訝に思うイーファルージに、緋蓮の舞姫は、
「ファルトマ様は、
かつて琴楽の
くだんの王妃ファルトマは、雨に濡れた花のよう。蜜を薄めた色の肌、三日月形の眉の下で椰子殻色の細い目が寂しげな色をいつもたたえている。それを好んだころもあったと、イーファルージは遠く記憶をふり返る。今では緋蓮のあでやかさには、到底かなわぬと思うのだ。
「ジャヤンバマン王の掌中の珠とうたわれた
憂いをおびた細い目が、イーファルージをひたむきに見つめる。愛情深いこの妃は、いまだ彼に心を寄せているのだ。
「知っているさ」と王は答える。「『宝珠の
「宝珠の舞姫は憐れだが、それに何の関わりが?」
思慮深き年かさの王妃は、愛しき王に添うように、代赭の腕に手をかける。
「花蓮舞の舞姫は、不吉を運ぶと思われませぬか」
「くだらん」と吐き捨て、イーファルージはその手を払った。
「ねたみ故か、ファルトマよ。賢き姫よ
「そのような」
嘲りを受け、ファルトマの顔が青ざめた。ハマン
「いかな王のお言葉とて、かようなあなどりは耐えられませぬ」
「ならば
王の心を占めるのは、ラージャニカの
松明の火が赤く照った。
細くあがる悲鳴のような
腰を低く地に沿うように、じりじりと動く足さばき。身を伏せていたラージャニカが、蔓のように伸びあがる。
緋蓮舞う。
ほこり故の苦悩で青ざめ、楽を奏でるファルトマ妃。彼女へ集まる同情の目は、舞の神技に色を変え、緋蓮の
やがて果てたる王子を腕に、勝利の視線を投げかける
緋蓮をはべらせ
「久方ぶりの花蓮舞、そなたが奉ず舞の技を、明日は存分に楽しもう。心して舞え、我が緋蓮よ」
「仰せのままに、わたくしの王」
蓮の舞手はささやいて、今宵も王に手折られる。
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