第8話 ~魔王を倒して俺は日帰り勇者を引退します~


「かなめ、大丈夫っ?」


 カルロッテの心配そうな聞こえる。


 それもそうだろう。

 俺は最終決戦地である『魔王城』で大苦戦していた。


 理由は三つ。

 

 食料としてのパンと水を持参していたとはいえ、目的地まで一日半という険しい道程で疲労が蓄積されていたこと。

 

 傾斜を描く切り立った崖の先端に建っている『魔王城』。その下の毒々しい沼に足を取られて思うように動けないこと。


 大きな蝙蝠こうもりのような生物に乗っている魔王軍達の攻撃が予想以上に激しくて、極寒仕様の厚手の服の防御力を超えてきたこと。


 

 ――いや、最大の理由は「最後くらいは私も戦うぞっ」と、ワイバーンに乗ってきたカルロッテが気になって仕方がないということだった。


「俺は大丈夫だっ。心配なのは――お前だよっしゃあああぁッ!!」


 俺は武器であるつるはしを崖に叩きつける。

 

 作戦はこうだった。


 “崖を砕いて魔王城を崩落させてしまおう”という。

 

 実際この作戦はうまくいきつつある。

 だからこそ、そうはさせまいという魔王軍の死に物狂いの総攻撃があるのだろう。


「私だって、大丈夫だっ。『聖光の戦乙女ホーリー・ヴァルキリー』の異名は伊達ではないというところを見せてやるっ」


「初めて聞いたけどな、その異名っらあああああッ!!」

 

 ツルハシを振り回して数体の魔王軍を蹴散らすと、俺は再び崖に打ち付ける。

 もう少し。もう少しで崖は崩れる。

 魔王軍の攻撃で体が悲鳴を上げているが、もう少しで俺はこの世界『ドワフリア』を救うことができる――。


 そのとき。


「むっ。あれは魔王っ!! 奴は『ミゼットガルド』の王女である私が倒すッ。やあああああああッ!!」


『魔王城』の中にいると思っていた魔王。

 その魔王が外にいたらしく、見つけたカルロッテが右手に剣を構えて左方へと飛翔していく。


 カルロッテの向かう先。そこには、真っ黒いドラゴンに乗った赤い鬼のような生物――魔王がいた。


 カルロッテの三倍ほどの大きさである魔王。

 その魔王の乗るドラゴンの口の中に禍々まがまがしい炎を認めたとき、俺は胸のざわめきから叫んでいた。


「待て、カルロッテっ、そいつに近づくなッ!!」


 しかし、聞こえていないのかカルロッテは止まらない。

 刹那、ドラゴンの吐く凄まじい猛炎がそのカルロッテに襲い掛かる。

 間一髪で避けるカルロッテ。

 ――だったのが、避けた先にいたモンスターと激突してその身を宙に投げた。


「カルロッテっ!!」


 俺は手を伸ばして、カルロッテをなんとか受け止める。

 その間、魔王軍の攻撃が俺の体を痛めつけるが、気にしている暇などなかった。


「おい、カルロッテっ! カルロッテッ!!」

 

 声を掛けるが、カルロッテは身動き一つしない。

 まさか――という“最悪の事態”が頭を横切ったとき、俺の中にかつてない怒りが溢れた。


 近づくモンスターを捕まえてグシャリと握りつぶすと、喉の奥から声をしぼり出す。


「……てめーら、絶対許さねえからな。一体残らずぶちのめしてやる――ッ」


 

 ▽▲▽



『ミゼットガルド』に帰還した俺に、王様及び国民は総出で感謝した。

 その後、世界に平和が戻った記念祝典とやらに俺は招かれた。

 ――が、当然のごとくそこで出される豪勢な食事に舌鼓したつづみを打つこともできず、どうせ楽しめないのならと例の浜辺で海を打ち眺めていた。


「いつつっ。絶対、服脱いだら切り傷だらけだな、これ」


 俺はふと、空を仰ぎ見る。

 

 大きな従星が3つ浮かぶ、壮大な青天井。

 それは何度見ても感嘆の声が出る幻想的な絵画。

 俺は今までで一番長い間その光景を望み続けると、やがて「よし」と気持ちを固めた。


 「勇者殿、今よろしいかな」


 不意に横から聞こえる声。

 顔を向けると老女神フラーファがいた。


「女神様ですか。――どうぞ。少しくらいならいいっすよ」


「では手短に。魔王が倒され世界に平和が訪れたこともあり、。もしも帰られるのなら、すぐに用意したほうがいいかと思います」


 どうやら決意の必要はなかったらしい。

 そしてそれは、なんとなく予想できたことでもあった。

 

「オッケー、大丈夫です。丁度今から帰るつもりだったんで。――よっとっ」


 俺は痛みをこらえて立ち上がる。

 そして最後となる深呼吸で、異世界の空気を存分に味わった。

 するとそのタイミングで老女神フラーファが問い掛けてくる。


「……よいのですか? カルロッテ様に最後のお別れをしなくても」


 カルロッテ。

 彼女は今現在、城の自室で横になっているはずだ。

 意識を取り戻したものの、安静にしていなければならないという周囲の声にしぶしぶ従って。


「いや、いいんですよ。俺、そういうの苦手なんで。それじゃ、帰りますね」


 俺は転移ゲートのある崖のほうを見遣る。


「本当にありがとうございました、勇者様」


 背中に届くその声に俺は右手を上げると、やがて足を踏み出した。

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