第5話 ~1人分の入園料しか払わなかったことに罪悪感を抱かなかったわけではない~


 『東山西遊園』。


 俺は現在、地元の遊園地であるその場所にいた。

 カルロッテに「チキューの面白い場所に連れてって」と言われて来たのだ。


 面白い場所=遊園地という安易な発想。

 そして女の子と二人なら、選んでもおかしくはない選択として入園したのだが――うん、気まずいと言ったらありゃしない。


おひとり様……ですか?」


「あ……ああ、はい」


 俺はスタッフ、そして周囲の白眼視はくがんしめいた視線を一身に浴びながら、4度目のジェットコースターに


 そして安全バーが下りてブザーが鳴ると、ジェットコースターは発車した。

 すると、隠れていたカルロッテが胸ポケットから顔を出す。


「なんだ、かなめはあまり楽しくなさそうだな。私はあと何回だって乗れるぞ。ワイバーンをも超えた速度感とスリルっ。これは病みつきになるッ!!」


「楽しさよりも羞恥心が上回ってるよ、俺は。傍から見たら男1人で来てる痛い奴だからな。まあ、カルロッテが楽しんでいるなら我慢するさ」


「何を恥ずかしがることがある。勇者なのだから堂々としていればいいじゃないか。……おっ、急降下地点に近づいてきたな。よし、かなめ、例のやつをたのむ」


「またかよ。ったく、何度も言うけどうちゃんとつかまってろよ。――ほら」


 俺は人差し指をカルロッテに近づける。

 そしてカルロッテがしがみついたのを確認したのち、その手を頭上に上げた。


 それは、全身で風を感じたいというカルロッテが考案した楽しみ方だった。

 

 危ないからポケットの中で服にしがみついていろと俺は何度も言ったが、「やだやだ、これがいいのっ!」と駄々をこねるカルロッテに、押し切られていたのだった。


 そして急降下が始まる。


 しがみ付いている姿もそうだが、暴風を全身で受けるカルロッテの顔は、とてもじゃないが王女様とは思えなかった。



「あばばばばばっ、いびびびびびびっ、しゅ、しゅごい、これは――しゅごおおおおおいっ!!」



 本当に楽しいんだよな? なっ?


 

 ▽▲▽



 そのあと別のアトラクションも、いくつか乗せられた。

 しかしジェットコースターのスリルの前にはもの足らりなかったらしく、結局そのジェットコースターに13回乗ることになったのだった。


「それは何だ、かなめ? いい匂いが漂ってくるけど」


 ベンチに座ると、カルロッテが胸ポケットの中から聞いてくる。

 爆発コントみたいに髪の毛がぼさぼさになっているが、どうやら風を感じすぎて、その状態で固っているようだ。


「ソフトクリームっていう甘いお菓子だよ。食べてみるか?」


「いいのかっ? ではお言葉に甘えて……」


 ソフトクリームを近づけると、カルロッテが上体を前に逸らす。

 でも微妙に届かなくて、俺は上半身を前方に傾けてやる。

 すると、「あわわっ!?」と体勢を崩したカルロッテがソフトクリームの中に落下した。


「あ」


「あわっぷぷぷっ――あ、あまぁいっ! けど溺れるうううううっ、た、助け、かなめ――」


 俺はジタバタしているカルロッテの足をつまみ上げると、ベンチにそっと置く。

 次にペットボトルの水を上からかけると、全身のソフトクリームを洗い流してやった。


「大丈夫か?」


「ああ、なんとか。いやでもまだソフトクリーム臭いな。うぅ、湯浴ゆあみしたいぞ」


「湯浴み? ああ、入浴か。そうだな、服だって脱ぎたいだろうし、もう家に戻るか?」


「……」


 答えないカルロッテ。

 何かをじっと見ているようなので、俺はその視線を追う。

 そこには仲むつまじいカップルがいて、体を寄り添って笑顔で会話をしていた。


「カルロッテ?」


「私がもしかなめと同じ大きさだったら、あんな感じなのかな。……あんな風にかなめと仲良くするのかな」


 カルロッテはそう呟く。


「あれはカップルだからだろ。……俺達は別にカップルじゃないし、だからあんな感じにはならないと思う。大きさとか関係なしに、さ」


 間違ったことは言っていない。

 なのに余計なことを口にしたような……そんな気はした。


「そう、だな。うんっ、そうだ。……さて、十分遊んだし、かなめの家に戻るぞ。よし、レッツゴー湯浴みっ」


 胸ポケットに入ったカルロッテが前方を指さす。

 そして歩き出す俺。

 そのとき、1つの疑問が脳裏を過った。

 

 こいつ、替えの服なんて持ってないだろう――と。



 ▽▲▽



 今現在、カルロッテは俺の部屋の机で湯浴みをしている。 

 俺が台所から持ってきた、親父愛用のお猪口ちょこの中で。

 

 小人とは言え年頃の女子。

 よって入浴シーンを見ていいはずもなく、俺はカルロッテに背中を見せて漫画を読んでいた。というより強制的にそうさせられていた。


 ちなみに替えの服は必要なかった。

 ファンタジー世界特有の魔法ってやつで、手洗いした着衣をカルロッテがすぐに乾かしたのだった。

 火加減が難しいと言っていたが、多分炎系の魔法で温めたのだろう。


 フンフンフ~ンと鼻唄を歌っているカルロッテ。

 6度目の“少しくらいなら”という衝動に駆られたところで、「あのさ、かなめ」とカルロッテが聞いてきた。


 「なんだ?」


 と俺は振り向く。

 いや振り向いてしまった。

 衝動の働きかけに押されるように。


「きゃあぁっ、振り向くな、このっスケベ勇者ッ!!」


 咄嗟とっさに左手で胸を隠すカルロッテが、空いている右手で俺の顔に火の玉を放つ。

 それは俺の鼻に当たると、ジュッと音を立てた。


「あっつッ!! 鼻、あっつッ!! ファイヤーボール飛ばすなよっ」


「かなめが振り向くからだっ。早くあっち向けどスケベ勇者ッ!!」


 目玉に食らったらたまったもんじゃないと、再び背中を見せる俺。 

 やがて落ち着いたカルロッテは、おもむろに口を開いた。


「……さっき一度、外出を断ったでしょ? あれってなんでなのかなって思ってさ」


 鼓動が跳ねる俺。

 声に変換したくない理由が喉元で停滞している。

 でもきっかけを与えてくれたカルロッテになら、と俺はその理由を口にした。


だからさ、俺」


「引きこもり?」


「ああ、自宅にこもって学校にも行かないどうしようもない奴さ」


「……」


「……高校受験で失敗したんだよ。そんでもって行きたくもない滑り止めの高校に通って、やっぱりこれじゃないってやさぐれて、最終的にはなにもかもが面倒くさくなって引きこもり。……本当、どうしようもないよな」


「……」


 カルロッテの沈黙が背中に突き刺さる。

 内包されるのが軽蔑の感情かもしれないと思うと、その痛みが心をえぐりだす。

 だけど――、


「そんなことない。だってかなめは外に出たんだから。私を楽しい場所に連れて行ってくれたんだから――。だから、どうしようもなくない」


 だけどそんなことはなくって、カルロッテはどこまでも優しかった。


「ありがとう」の言葉が素直に出る俺。

 てっきり「気にするな」とか「元気出すんだぞ」などという言葉でも返ってくると思っていたのだが、聞こえたのはこれだった。


「じゃ、おやすみ。私が起きたら『ドワフリア』に戻るからな」


「はっ? 寝るのかよっ?」


 と思わず振り向く俺。

 やっちまったと焦ったのも束の間、カルロッテは体を拭くようにと渡したハンカチの上で寝息を立てていた。――ちゃんと服を着て。

 

 色々と早っ!! 


「……俺も寝とくか。また『ドワフリア』で大暴れするかもだしな」


 俺はベッドに横になる。

 でもすぐに起きて、カルロッテに顔を近づけると囁いた。

 

「『ドワフリア』は必ず救ってやるからな。引きこもりでも一応勇者だからさ」


 俺は今度こそベッドへと入る。 

 無意識の深淵へと落ちたのはすぐだった。

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