第3話 最後の晩餐

再就職も決まり。

高級老人施設で働く事になったけど

施設の利用者は、2名しかいない・・・


電車が止まる度に戦争のような職場から考えると

やる事が無い。


1日中

いつ使えるようになるか

わからない機材の手入れと掃除


時間が経たない。


ただ無駄な時間を過ごす事が苦痛でしかない。


他のスタッフでも居れば、話し相手にもなるのだが・・・

誰も居ない。


経営を考えれば、一人勤務も仕方ないと思ったが

採用されてから2ヶ月間。

利用者が増える気配すら無い。


いつになったら・・・

この要塞で料理が作れるのか。


そんな事を考えていた時期に、一人の老人が入居してきた。


どんな人だろう?

味にうるさいかな?

美味しいって言ってくれるかな?


退屈な日々に、一人でも増えれば。

心が躍る。


3人目男性。

仲良くなれるかな?


美味しいと言わせたい!


調理人の腕が久しぶりに、やる気になった。


最初が肝心!

美味しい物を作ろう。


しかし、その意気込みは数時間で粉砕される。


老人ホームで提供される料理には

利用者の体調を考えて、

大きく分けると3種類ある。


①常食(通常の食事)

②刻み食(提供する前に、包丁で細かく)

③ペースト(全ての料理をムース状にする)


今回、新しく入居された老人はペースト食だった。


完成した食事を、あらゆる手段でムース食に仕上げる・・・

堅い物や揚げ物は、ミキサーに入れてもムースにはならず

白湯(さゆ)を入れて回し続ける。

もはや、味がどうのとかの問題では無い。


ただ、栄養分を流し込む。

生きる為に・・・


見た目も全て汁物。


調理師になって15年。

お客様の喜ぶ声『美味しい!』を聞く事が

何よりの励みになったけど、

ムース食は、作ったことも無い。


美味しい訳が無い!


手間暇をかけて、まずい食事を提供する日々は、

心が折れる。


食べても無反応な老人に、怒りさえおぼえる。


絶対に笑わせてやる!


ムース食でも、美味しくできないだろうか?

試行錯誤を続けるうちに、

少しずつだけど、食べてくれるようになる。


黙って、僕の目を見る老人は、

笑っているようにも見えた。


よし!いける!


元気になればいい!


爺さん。

旨い物喰わせるからな!



そんな願いも虚しく、

ある日、体調は急変。


訪問医師から、余命宣告。


家族は延命処置をしてこなかったらしい。

本人の希望。


もう長くは無い人生を悟り、病院ではなく老人ホームを選んだ。


いつ死んでも、おかしくない状態でも、

朝昼晩の食事は提供する事が複雑な気持ちになる。


爺さん。喰えよ。

少しでもいいから・・・


そんなある日。

施設側から5月21日の夕食が最後と通達。

ご家族からの提案。


え?

まだ生きてるじゃん。

22日からは、どうなるの?


決まった時間に食事が出て来なければ。

本人にも嫌でもわかる・・・

食べれなくても、

目で見るだけでも、

希望は持てる。


でも、それさえも無くなれば・・・


医者の告知からは、早すぎる食事の停止に心が折れた。


最後の晩餐。

僕は、その任務を任された。


料理に思いを込め、笑顔にさせる!


いつも、食材に

笑わせて来い!と語りかけてきた。


でも、今回は違う。

食べれないのは、わかっている。


爺さんの人生で、最後の食事。

僕は、何を作ればいいのか・・・


思いを込めても、ムース状なら・・・

口に入れなければ届くはずもない。


自分だったら

何が食べたいだろうと考える。


21日午後6時。

僕は、最後の食事を運ぶ。


僕が選択した料理は、常食。

目で食べてもらう事を選びました。

いつからペースト食を出されていたかは知らないが、


料理をメッセージにして。


爺さんの好物。

まぐろ刺身定食。


通常老人ホームなどでは、生ものは提供しない。

加熱処理して提供します。

施設の極まりを初めて破った。


責任は全て取る!


爺さん。

飯だぞ!


弱弱しい身体で、料理を見る。

思い過ごしか、爺さんの目の瞳孔が開いた気がした。


そのあと、静かに僕の顔を見つめてくる。


言葉は要らない。

涙が溢れそうになる。


爺さんの目から伝わる気持ち。

忘れないよ。



5月21日午後9時

永眠。



僕は、人を愛したことが無い。

爺さんの人生最後の食事を提供できて、

心が震えました。

今までに経験した事の無い感情に・・・


今、振り返ると。

良い勉強をさせてくれた事を、

ただ感謝しています。


厨房を出た時に、爺さんに

ありがとうって普通に言えたよ。



第4話へ



■ 作者より

第3話をご覧頂き有難うございます。

今、思い出しても

考えさせられる状況です。

メッセージは、最後の晩餐。

それで、死期を感じたかも知れません。

正しかった選択とも思ってもいません。

でも、最後に出来る事って

この方法しか浮かびませんでした。







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