第12話 孤独な闘い

 クレアは周囲を確認しながら街道の脇を進んでいた。

 敵の目的は不明だが、想像するに攪乱や破壊、または情報収集であろう。

 そうであれば、革命軍の士官である自分は恰好の標的である事は間違いが無い。

 であれば、敵が捕獲を狙ってくる可能性は高かった。

 「村まで・・・辿り着いたとしても・・・襲撃される可能性はあるわね」

 村と言っても小さな村。村民も100人居るかどうかだろう。武装集団に襲撃を受ければ、全滅を免れない。それはすなわち、クレアも捕獲される可能性がある。安易に村に近付くのは危険だった。

 「何か・・・武器・・・もしくは馬でも手に入れば・・・」

 敵と同等、より速い移動手段があれば、村に寄らずに目的地まで辿り着き、味方を敵の掃討に向けられる。だが、現状ではそれはかなり困難であった。

 「やはり・・・馬を手に入れる為にも村に入る必要があるか・・・」

 クレアは躊躇する。自身でも僅かな間ですらも自分が不利になっていくことは解っている。

 クレアは少しでも早く村へと辿り着く為に駆け出す。


 クレアを追うサヴ男爵は部隊を率いて、村へと到達していた。

 「村人は全て、拘束しろ。一人も逃がすな」

 男爵の指示で村人達を捕まえる兵士達。銃で脅されながら、広場へと集められる。

 「革命軍の士官を匿っていないか?」

 男爵は村人達に詰問する。

 「し、知らない。この村には革命軍は立ち寄っていない」

 年老いた村長が怯えながら答える。

 「ふん・・・本当か?」

 男爵は訝し気に尋ねる。村長はコクリと首を縦に振る。

 「怪しいな。おい、そこの若い女を拷問しろ」

 男爵の指示で、10代中頃の少女を兵下が無理矢理、立たせる。

 「今から、この女を拷問する。もし、士官を匿っているなら、早く言った方が良いぞ?」

 男爵は村人達に睨みながら、言う。

 「ひぃ、助けて」

 少女は恐怖で泣き出した。

 「まずは裸にひん剥け」

 男爵の指示に兵士が少女の服を引き千切る。露わになる白い肌。

 「きゃああああ」

 少女が悲鳴を上げる。

 「や、やめてくれ。本当にここに革命軍の士官なんぞ、居ないんじゃ」

 村長も含め、村人達は懸命に懇願する。

 「本当か?本当は革命軍の報復が怖くて、黙っているんじゃないのか?」

 男爵は笑いながら村長を蹴り飛ばした。

 「おい、そいつを犯せ。解らしてやらないとな」

 「本当ですか?」

 兵士達は喜ぶ。

 少女は絶望的になりながら、裸のまま、地面に倒された。

 

 「まぁ・・・こうなるか」

 その様子を遠くから覗いていたのはクレアだった。

 村に近付いたが、周囲に貴族軍が潜んでいないかを探っている最中に村に異変が起きたのを察知した。

 「相手は馬で移動して割に私より遅かったって事は・・・相当、慎重にここまで進んできたのね。まぁ、ここは彼等からすれば、敵地深い場所だから仕方が無いか」

 クレアは村人が酷い目に遭っていることを知りながらも冷静で居た。

 手元にある武器になる物はナイフのみ。これで少数とは言え、銃を持った兵士達と戦えるはずが無かった。ましてや相手には貴族が居る。

 「さて・・・どうするか」

 クレアは考える。このままだと村は彼らに殲滅されるだろう。理由は簡単だ。彼らの存在を明らかにしないためだ。

 「だからと言って、1人で救えるわけもないけど」

 クレアは冷静に敵を眺める。

 一人の少女を犯す為に3人の兵士がそれに掛かり、周囲に5人の兵士と貴族。村の入り口に2人の兵士。それ以外は居ないようだ。

 「まずは2人か・・・ナイフ一本で厳しいわね」

 クレアは茂みの中を小走りで進む。

 

 男爵は目の前で兵士達に犯される少女を見て、笑う。彼にしてみれば、余興に過ぎない。少女が犯される様子を出来る限り、見ないようにする村人達。男爵は兵士達に命じて、村人達に少女が犯されている様子を見るように強制させる。

 「ははは。今まで、山の中で隠れていたからな、たまには鬱憤晴らしには丁度良い」

 男爵の言葉に村人達は怒りの形相になった。

 「やめてぇええええ!」

 中年女性が少女へと駆け寄ろうとする。多分、少女の母親であろう。兵士達を振り切り、少女の元へと近付いた時、彼女の身体が炎に包まれた。激しい業火が彼女の身体を一瞬で焼き、短い叫び声と共に彼女はその場に崩れ落ちた。

 「母さああああん!いやあぁああ」

 犯されながらも少女は悲鳴のような叫び声を上げる。だが、兵士がその頬を叩き、黙れと言わんばかりに男性器を口に含ませた。

 兵士達が笑う。女を焼いたのは男爵だ。彼は得意の炎の魔法で女を一瞬に焼いたのだった。

 「ははは。娘の母親か。どうだ。母親が燃やされるのを見ながら男達に犯されるのは?父親はどいつだ?何なら、娘の親族を一人づつ、燃やしてもいいな」

 男爵は狂気に満ちた笑顔で犯される少女に向かって叫ぶ。

 刹那、彼の腹部を何かが貫通する。それを追い掛けるように銃声が鳴った。

 「なっ」

 男爵は撃ち抜かれた腹を抑える。穴の開いた腹からは血が噴き出す。内蔵が破壊された。下半身の力が抜けて、その場にへたり込む。

 「な、何が・・・」

 男爵は自らに起きた事が解っていない。狙撃とはそういうものだ。気付いた時には撃ち抜かれてる。音速より早い弾丸は相手に撃たれた事を気付かせぬものだ。

 

 クレアは茂みの影から伏せた状態で小銃を構えていた。その銃は先程、ナイフで殺害した敵兵の持っていた騎兵銃。敵は敵地を行動する為に精鋭部隊を作り上げたのだろう。持っていた騎兵銃も貴族軍にしては最新鋭の物だった。その威力、精度は500メートルの狙撃にも充分に応える物だった。

 「クソがっ・・・殺さないと気が済まないわ」

 クレアはボルトを引いて、空薬莢を散らす。

 練習無しの一発目は腹を狙った。人間を狙う際に最も大きな的は胴体だ。腹や胸は内臓があり、致命傷になり易い。手足を狙うよりも確実に相手を仕留められる。

 貴族を囲むように兵士が動き出した。

 「下半身丸出しで忠誠を守っているって?クソがっ」

 怒りに満ちたクレアは次々と発砲を続ける。相手は狙撃地点が解らず、ただ、貴族の盾になって、倒れるしかなかった。貴族軍の兵士達はまだ、現代的な銃の性能による戦闘について、考えが無い。旧い時代の銃の戦いしかしらないのだ。

 「愚かな・・・まともに自分達の使っている武器を知らないから勝てないのよ」

 クレアは弾が尽きるまで発砲を続けた。最後の弾が尽きた時、最後の敵兵が倒れた。全てが終わった。クレアはそう思った。だが、その時、立ち上がる人影がある。

 それは貴族だった。腹に一撃を受けたはずの貴族が立ち上がる。


 腹に穴の開いて、下半身に力の入らぬ男爵は死を悟った。

 多量に流れ出す血。周囲では部下が次々と倒れていく。

 「男爵様・・・お逃げください」

 倒れながらそう告げる者。それは自分への忠誠だと感じた。

 「逃げる・・・だと。貴様らを残して逃げるなど・・・男爵の地位を受ける者の姿では無い」

 男爵は自らの腹に火を当てた。肉が焼ける。それは内臓から。血は止まった。だが、それで力の抜けた下半身に力が入るわけじゃない。だが、彼の精神力がそれを支える。下半身に力を込めて、立ち上がる男爵。そして、先程から聞いている銃声の発する方へと向く。

 「そこかぁあああああ!」

 怒りの形相で男爵は自らの体内の魔力を全て吐き出す。周囲の魔法素子が沸騰するように騒ぎ出す。高速で紡がれるスペル。彼にとって、全ての魔力を吐き出すつもりだった。


 クレアは焦った。小銃の弾丸はすでに無い。だが腰の魔力計の針が一気に跳ね上がる。立ち上がった貴族が何か強い魔法を発するつもりなのは解った。広域の魔法を放たれれば、逃げ切れないかもしれない。

 クレアはそう思いつつも銃を捨て、茂みの中を中腰で駆け抜ける。とにかく逃げるしか無かった。


 「逃がさぬ。この一帯を全て炎で燃やし尽くしてやるからなぁああああ」

 男爵は自らの命が削られるのを感じていた。強力な魔法ほど、体内の魔力を消耗する。こんな手負いの状況で放てば、身体がもたない事ぐらいは理解が出来ていた。だが、それでもここで敵を逃すわけにはいかなかった。

 「殺してやる。皆殺しだぁあああああ!」

 スペルが完成した男爵は魔法を放とうとした。その時、ドスンと何かが背中からぶつかった。何事かと振り返ろうとした時、腹に何かが突き出したのを感じた。

 「しねぇええええ!しねぇえええよおおおお!」

 背中にぶつかったのは先程まで犯されていた少女だ。彼女は怒り狂った瞳で兵士が持っていた銃剣を握り、背中から男爵を刺したのだ。

 「なっ・・・こ・・・」

 男爵は驚きの余り、声が出せなかった。そして、それは自らの死を悟った瞬間だった。そして、暴走した魔法がその場で発動する。炎が少女と共に男爵の身体を焼く。その炎は広がり、その場に居た村人たちも包んだ。そして、爆発が起きた。

 

 クレアは地鳴りと共に爆音を聞いた。振り返ると、炎の柱が立っていた。

 「あんなのを放とうとしていたの?確実に殺されていたわ」

 驚きと安堵をしながらクレアはその場にへたり込む。

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