第10話 捕虜

 クレアは捕虜にした貴族の男をトラックの荷台に荒々しく放り込んだ。

 「そいつを逃がすなよ。何かをしそうだったら、容赦無く殴れ。死ななければ何をしても構わない」

 クレアはトラックの荷台に乗っていた兵士達にそう告げるととっとと自分の車へと歩いて行った。

 「ふぐぅうううう」

 猿轡をされた貴族はトラックの荷台で恐怖に怯えていた。その場には殺伐とした空気が漂い、兵士達の視線は曇り、どこか殺意を感じたからだ。

 「殺さなければ・・・良いだよな?」

 誰かがクレアの言葉を繰り返した。

 「あぁ・・・そうだ」

 別の誰かがそれを肯定する。

 「なるほど」

 その瞬間、貴族の腹に蹴りが入った。蹴られた彼は猿轡をされた口で何かを履き出しそうになる。

 「汚ねぇな」

 そんな一言を発しながら兵士が彼を殴った。それから次々と暴力が彼を襲う。

 そんな事が起きている間にも車列は平原を走っていた。

 そして1時間程で目的地である前線司令部へと到着した。

 「思ったより早かったな」

 車から降りたクレアは笑いながらレオーネに告げる。その後にシエラが降りた。

 「隊長、捕虜を連れて参りました」

 トラックから降ろされた捕虜の貴族はボロ雑巾のようになっていた。

 「死んでいないだろうな?死体に価値など無いぞ?」

 クレアは汚物を見るように貴族を見た。

 「大丈夫であります。気を失っているだけです」

 「なるほど。すぐに司令官殿に会わせる。目を覚まさせておけ」

 クレアはそう告げると司令部へと向かって歩き出した。レオーネはシエラを連れて、部隊が休息を得る為のテントへと向かった。

 野戦司令部にクレアが入ると、中には数人の将校が居た。

 「あぁ、クレア大尉か。待っていたぞ。途中で戦果も挙げたそうだな?」

 「敵の少数部隊を殲滅しました」

 クレアは平然と答える。

 「殲滅か。それは凄いな。貴族も居たそうだが?」

 「捕まえております。今、ここに連れて参ります」

 その言葉に将校達は驚いて固まった。

 「冗談だろ?貴族を捕まえたのか?」

 「はい。手足を潰して、猿轡をしていますから安全だと思います」

 クレアの言葉に将校達は凍り付く。正直、貴族は憎いと思っている者が殆どだが、実際に手足を潰して捕虜にする話を聞いて、驚くのが普通だ。そこまで残虐になれないのが普通であろう。

 「まぁ・・・貴族ですから、それぐらいしないと魔法を発動されてしまいますから」

 「あぁ・・・そうだな」

 クレアの説明に皆、納得したように頷く。

 「それで・・・捕虜を連れて来ましょうか?」

 「あぁ・・・い、いや、安全面の問題がある。外で会おう」

 将校達はクレアの後に続くように野戦司令部から出た。

 トラックの前では手足を潰されて、仰向けにされた貴族が転がっていた。彼を囲むように立つ兵士は歩兵銃に装着した銃剣の切っ先を彼に突き付けている。

 「ちゃんと目を覚ましているか?」

 クレアは兵士に尋ねた。

 「はい。何か言いたげにしてます」

 クレアが近付くと男は必死に何かを言おうとしている。

 「元気だな。こんだけ痛めつけられても」

 クレアはそう言うと男の変な角度に曲がっている腕を踏んだ。その途端、男は苦痛に顔を歪ませて、悲鳴を上げようとした。

 「お、おい・・・そこまで」

 その光景に将校達の方が驚いた。

 「失礼。少し刺激が強過ぎましたか?」

 クレアは笑いながら将校達を見た。

 「い、いや・・・それで彼は?」

 「まだ、身分などは解りません。見たところ、伯爵か公爵クラスの高位かと」

 クレアの言う通り、身なりはそれなりだった。

 「それが本当だとすれば、凄い戦果だぞ。そんな高位な貴族を捕虜にしたなんて」

 将校達は驚きながら、倒れている男を見る。

 「とにかく、口を割らせないと意味は無いわ。さて、どんな拷問をします?」

 クレアはやる気満々な感じに将校達に尋ねる。

 「あ、あの・・・君はそのいう事が得意なのかね?」

 将校の1人が恐る恐る彼女に尋ねる。

 「得意も何も・・・前線で情報を得るにはこれが一番なので」

 クレアは当たり前だと言わんばかりに言う。当然だが、捕虜の取り扱いに関する規定などどこにも存在しない。全ては常識の範囲内で行われている。

 「猿轡を外せ」

 クレアの指示で兵士が貴族の猿轡に手を掛ける。

 「くわぁ、はぁはぁ」

 貴族は口の中にあった吐しゃ物を吐き出し、激しく息をした。

 「おい、お前、名前と階級を述べよ」

 クレアは貴族の胸を踏みつけ、質問する。

 「貴様、平民如きがぁああああ!」

 貴族は怒鳴る。だが、それと同時にクレアの足に力が入る。胸を強く踏まれ、男は呻いた。

 「黙れ。このクソ野郎。生かして貰っているだけありがたく思え」

 「うぅううう。何だ。この女は何だ?うぐあ」

 貴族の顎にクレアの蹴りが入る。

 「なかなかの強情者だ。これだけ痛めつけられても懲りないとはな」 

 意識はあるが一切、何も喋らない貴族に対して、クレアはニヤリと笑う。

 「まぁ・・・良いだろう。まずは指を一本づつ、切断する」

 「なっ」

 貴族は驚いたようにクレアを見上げた。

 「貴様・・・悪魔か・・・悪魔に違いない」

 貴族は罵るようにクレアに叫ぶ。

 「黙れ。悪魔の力を用いるのはお前らの得意分野だろう?何が悪魔だ。私の事を女神だと崇めよ。この薄汚い豚め」

 クレアは怒りに任せて、腰から拳銃を抜いて、前で縛り上げられていた貴族の右手に向けて発砲した。銃弾は彼の右手の人差し指から中指までを削り落とした。

 「ぎゃあああああああ!」

 突然の事に悲鳴を上げる貴族。

 「黙れ!この腰抜けめ」

 クレアはその顔面を蹴り上げた。彼は壁に頭を打ち付ける程に飛んだ。

 「すまんな。一本づつと思ったが、ちょっと感情的になって、一発で三本が飛んだよ」

 クレアは笑いながら床に転がった貴族の指を軽く蹴り飛ばす。

 「それで先ほどの質問だが・・・答える気にはなったかね?」

 クレアは拳銃の銃口を貴族の左目につき付け、尋ねる。

 「あぁ・・あぁあ・・・解った。答える。私の名前はマウリ=ラウナ=グローバルだ。か、階級は・・・大佐だ」

 「なるほど・・・それでは大佐殿。あなたの貴族としての階級は?」

 「うっ・・・うぅ・・・伯爵だ」

 グローバルがそう告げた瞬間、周囲はどよめいた。

 「伯爵が無様に平民の手に堕ちるなんて・・・笑い草ね。じゃあ、これから質問する事に正直に答えなさい。あなたの情報に応じては、無事に解放してあげてもいいのよ?」

 「ぶ、無事に解放だと?」

 グローバルは訝し気にクレアを見る。

 「信用して無いわね?」

 その様子にクレアは尋ねる。

 「当たり前だ。こ、こんな悪魔の言葉をどう信じろと?」

 グローバルはクレアを睨みつけた。

 「悪魔・・・あなたが私をどう思うのも自由よ。ただ、悪魔と言えども契約には従う。あなたが素直に従って、我らに情報を与えれば、それ相応の報酬を与える。簡単な話・・・ビジネスって奴よ」

 「ビジネス・・・こんな屈辱的な事を・・・・」

 グローバルは悔しそうだった。

 「では・・・まず、敵の規模や配置などを」

 それからグローバルはクレアの詰問に対して、従順に答えていった。


 「これほどまでに敵の情報が手に入るとはな」

 将校達は驚いていた。グローバルから得られた情報はかなり正確であり、且つ、重要な情報も多かった。

 「クレア大尉・・・これは大きな手柄だぞ」

 将校の1人がクレアにそう告げる。

 「そうですか。それで・・・捕虜はどうしますか?」

 クレアがサラリと尋ねる。全ての詰問が終わった貴族は現在、牢屋にて治療を受けている。

 「どうしますかって・・・解放するのだろ?」

 将校の1人が恐る恐る尋ねる。

 「まぁ・・・そう約束はしましたね」

 クレアはサラリと答える。

 「それでは解放すべきかと」

 指揮官がそう告げた。それに対し、クレアは脅すように答える。

 「よろしいのですか?相手は元の部隊に戻れば、復讐の為に鬼になるかもしれませんよ?」

 「鬼・・・鬼とは?」

 クレアの言葉に誰もが驚く。

 「あれだけ死ぬような目に遭ったんです。復讐の為に我らや非戦闘員の平民にその怒りが向いてもおかしくは無いでしょう」

 将校達は真っ青な顔になる。

 「で、では・・・殺せと?」

 「無論です」

 「それでは約束を反故にする事に」

 「悪魔との約束など・・・くだらない」

 クレアはそう言い放つとその場から出て行った。


 「グローバル伯爵・・・傷は少しは癒えましたか?」

 クレアは牢屋の前に来た。中には呪文詠唱を妨げる為に猿轡をされたグローバルが横たわっていた。治療を受けたとは言え、全身に傷を受けた彼は痛みで泣いていた。

 「わ、私を・・・解放してくれ。仲間の元へと返してくれ」

 懇願するグローバル。彼にとって、それこそが唯一の願いだった。

 「解りました。あなたを解放します。ただ、準備が必用です。敵と一時的に休戦をして、引き渡しの準備をせねばなりません」

 クレアは理知的に説明をする。その姿にグローバルは頷いた。

 クレアはそのまま、その場から立ち去る。

 そして、シエラが滞在している小屋へとやって来た。

 「さて・・・あんたのお仲間をどうするか」

 クレアはシエラにそう問い掛けながら、研究中の薬品を手にした。

 「魔法を使えなくする薬品・・・実験体としては都合が良いわね」

 本当ならばシエラに試すつもりではいたが、まだ、動物実験前で、人体に悪影響があるかどうかも不明な薬品だった。

 「理論的には貴族の体内にある魔法を操る脳の一部に影響を与えて、その機能を停止させるはずなんだけど・・・まぁ、その理論も私が勝手に思っているだけの何の根拠性も無い理論だけどね」

 瓶の中に注射器の針を入れて、薬剤を吸い上げる。

 「まぁ・・・良い実験体が手に入ったわけだし。成功すれば、魔法が使えなくなるし・・・失敗しても誰も悲しまないわ」

 クレアは注射器を金属のケースに入れて、懐に入れた。

 

 三日後。

 停戦が結ばれた。

 双方に捕虜の引き渡しの交渉が成立したのだ。流石に伯爵の身柄となると相手も慎重になると言うものだ。この地区で相手が確保した捕虜の全てが引き渡される事になっている。

 最前線において、互いに交換する捕虜を連れて、最小限の将校と兵士が歩み寄った。その中にはクレアも居た。

 「相手が確保している捕虜は56名か。思ったよりも少ないな」

 将校の1人が数を数えた。

 「大抵の捕虜は見せしめに殺されています。あれだけ残っていただけマシな方です」

 別の将校がそう答える。

 グローバルの傷は当然ながら、まだ癒えぬ為、担架に運ばれてきた。その様子にクレアは凝視していた。

 ここに来る直前に痛み止めだと称して、彼には研究中の薬品が投与されている。その効果がいつ、発揮されるか。否、すでに発揮されているか。それが彼女にとっての興味であった。

 彼女の計画はすでに出来上がっている。この捕虜交換で相手にグローバル伯爵が渡ったとすぐに近くに潜んでいるレオーネが彼を狙撃する。当然ながら、伯爵は身を守る為に魔法を使うはずだ。その時、魔法が発動しなければ、成功である。

 成功確率的には低いが、実証実験するとなれば、これしか方法が無かった。無論、処刑するようにして試す方法もあるが、それは人道的では無いし、そもそも、そのような状況でグローバルが魔法を発動させるだけの気力が出るかどうかも怪しかった。むしろ、味方の元に戻れた時の方が彼自身の実力を発揮が出来るのでは無いかと考えた。


 互いに人質をを互いの陣営へと引き込む。グローバルも敵兵の手によって運ばれて行った。

 無事に交換が終わったと思った瞬間、銃声が鳴り響く。それは当然、レオーネが手筈通りに発砲したのだ。狙いは正確無比でグローバルの身体に銃弾が襲い掛かる。発砲を察したグローバルは呪文を詠唱した。

 刹那。爆発が起きた。

 それはクレアにすら想像がつかない事だった。

 敵陣営の真ん中で爆発が起きた。

 「退避!退避!」

 クレアの周囲ではすぐに撤退が命じられた。だが、クレアは何事が起きたかを興味深げに見ていた。

 敵を包み込む程の白煙が晴れていく。その中でクレアは想像を絶する光景を見た。

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