第5話 皇帝

 クレアの部隊は順調に街道を進み、予定通り、三日目に到着をした。

 「慌ただしいわね?」

 クレアは基地の様子が妙に慌ただしいのを感じる。

 出撃の準備をする兵士達の間を擦り抜け、彼女は基地司令部へと向かう。

 基地司令部には基地の司令官であるハンス中佐と駐屯する第301連隊の連隊長、ライオネル中佐が居た。

 「クレア少尉です。部隊到着の報告に参りました」

 クレアは二人に向かって、敬礼をする。

 「丁度良かった。第301連隊に出動命令が下った。帯同して貰う」

 間髪入れずにライオネルは告げた。これに断る事はクレアには出来ない。

 「了解です。それでどこに向かうのでありますか?」

 クレアの質問に彼は机上に広げられた地図を指さす。

 「現在、最前線が10キロに渡り、崩壊している」

 「敵の大攻勢ですか?」

 クレアの質問にライオネルは少し首を傾げる。

 「いや・・・そういうわけじゃないが・・・」

 歯切れの悪い返答にクレアはジッと彼を見る。

 「うん・・・最前線の部隊が忽然と姿を消した・・・としか言えない」

 「忽然と?・・・最前線10キロだとすれば、数百人は居ると思いますが・・・」

 「そうだ。600人程度が・・・消えた」

 クレアは少し考え込む。

 「魔法ですか?」

 「魔法・・・そんな強力な魔法があるなんて・・・聞いた事が無い」

 クレアの問い掛けに二人は狼狽する。多分、二人ともその可能性には気付ているからだ。

 「仮に魔法だとすれば、詳細を知る必要がありますね。解りました。私を最前線で自由に動けるようにしてください。情報を集めたいです」

 クレアの言葉にライオネルは了承した。

 

 戦争とは数の論理で大抵は結論が着く。被害の大小は別として、数が上回った方が勝つのが当たり前である。すなわち、戦わずして、最初から答えが見えているとも言える。だが、それはあくまでも仮定であり、現実はそうなるとは限らない。

 クレアはそんな事を思いながら部隊へと戻った。

 行軍を終えた部隊だったが、すぐに前線へと移動が決まっているので、荷物を降ろす事なく、全員が疲れたように日陰などで寝ころんでいた。

 「シエラの様子は?」

 シエラの見張りをさせているレオーネに尋ねた。

 「寝てますよ。揺れる馬車で疲れたのでしょう」

 「そう・・・叩き起こすわ」

 クレアは馬車に乗り込む。そして、荷物を枕にして眠っている少女を叩き起こす。

 「お目覚めの所、悪いけど、少し、話を聞かせて貰うわ。正直、時間も無いしね」

 クレアの強い語気にシエラは少し怯える。

 「少尉、それでは怯えるだけでは?」

 クレアの背後からレオーネが心配そうに声を掛ける。

 「あら・・・貴族の娘相手に優しいわね?」

 クレアは口角を上げながら振り向きもせずに問い掛ける。その言葉にレオーネは黙った。

 「さて・・・質問するわよ。帝国は一度に百人以上に被害を与えるような魔法を開発していたの?」

 クレアの質問にシエラはキョトンとしている。

 「知らない?何か聞いたりしていないかしら?」

 クレアはシエラの顎を指先で掴み、顔を近付ける。その表情は笑っているようにも怒っているようにも見えた。

 それに怯えるシエラは小刻みに身体を震わせる。だが、クレアは容赦をしない。

 「噂でも何でも良いから思い出しなさい。数百人を殺せる魔法って奴を」

 クレアの詰問にシエラは震えながら何かを考える。それから、紙にペンを走らせた。

 『昔話で世界を滅ぼす力の話があります』

 「昔話・・・その世界を滅ぼす力って?」

 クレアは顎に掛けた手を放し、シエラの前に置かれた椅子に座る。

 『人が悪魔と契約して、力を手に入れた頃、悪魔に唆された貴族達は互いに争うようになり、世界を巻き込んだ争いとなりました。殺し合いは憎しみを産み、悪魔を喜ばせます。やがて、世界を滅ぼす為に悪魔から渡された魔導書に掛かれた魔法が使われました。一度の魔法で千人の人が死んだと』

 「ふーん・・・それは今も残っているの?」

 シエラは首を横に振る。

 『昔話としてしか聞いてませんから』

 「あくまでも伝説の類って事ね・・・理解したわ」

 クレアはそれを聞き終えると、自らの荷物から幾つか書類の束を取り出す。

 「これは私が調べた限りの魔法についての伝承よ」

 そこには口伝えで貴族や平民の間に語られた魔法に関する話が記されている。

 「古代において、強力な魔法があった可能性は否定は出来ない。それがなぜ、失われたか。そして、それをどうしたら再現が出来るか。なぜ、貴族はその研究をしてこなかったか。ある程度、想像はしてきたのよ」

 クレアは書類をシエラに渡して、語る。

 「悪魔の存在は何とも言えないけど・・・確かに魔法によって、人が滅びる可能性のあった戦いが古代にあった事は間違いが無いようね。それで貴族はそれらの強力な魔法を発動する方法を封印して、完全に忘却するようにしたみたい。封印ってのもちょっと分かりにくいけど・・・何らかの方法で貴族たちは自ら、その強力な魔法を使えないようにしてきた」

 「少尉、それは貴族同士が争わないためにもって事でありますか?」

 話を聞いていたレオーネが質問する。

 「多分・・・それが大きい理由よね。最初の皇帝がそれをやったんだから」

 『皇帝なら封印を解けるのですか?』

 シエラも不思議そうに尋ねた。

 「さぁ・・・皇帝自身が封印を解けるか。すでに41代目の皇帝だしね。皇帝自身も封印の解除が出来ない方が完璧の封印とも言えるし・・・」

 クレアは考え込む。

 「魔法を封じ込める事が出来るならば、とても興味があるわね。もし、我々がそれを手に入れれたならば、この世界から魔法を消す事が出来るわ」

 クレアの呟きに二人も驚いた顔をする。

 「魔法を封印したら、我々の勝ちじゃないですか?」

 レオーネが喜びながら言う。

 「そう・・・だけど、だとすれば、世界を滅ぼす事が出来る魔法ってのも存在する可能性があるって事よ」

 「ですよねぇ・・・じゃあ、貴族は一撃で数百や数千の人間を殺す魔法を手に入れたって事ですか?」

 「可能性はあるけど・・・問題はそれをどうやって発動させるかね。魔法は効果が大きい物ほど、発動に必要な事が増えると言うのが私の見解だけど・・・数百人を一度に殺すとなれば、貴族は最低でも100人。そして、儀式やアイテムなどがどれだけ要る事やら」

 それは途方もない規模になるとクレアは感じた。また、それは化学式のように何かの手順が違えば、発生する効果も違ってきたりする。下手をすれば、自分達が魔法の餌食になる可能性もある危険性だってあるわけだ。そのような危険を冒してまで、発動させる必要があるのか?クレアの疑念は膨らむ一方である。

 

 焼け野原となった大地の上に一人の男が立っている。白い法衣に真っ赤なマントを羽織った偉丈夫な男。

 皇帝 レイコネクス

 伝説的な初期の皇帝を除けば、史上最強と噂高い皇帝であった。

 「ふむ・・・確かに凄い力だ」

 彼は未だに焼け焦げた死体の臭いが漂う地で感嘆の想いに浸っていた。

 「はい。失われた古代魔法の一つです」

 彼から少し離れた場所から声を掛けるのはグリモア卿であった。

 「まさか・・・封印されたと思っていた魔法が発動される日が来るとはな」

 皇帝は笑いながら呟く。

 「はい。我々もここまでの効果だとは知りませんでした」

 グリモア卿も傅きながら、そんな事を言う。

 「ふん…効果も解らぬのに・・・我をここに呼び出したのか?」

 「はい。さすがにこれだけの規模の魔法です。容易ではございませんよ」

 「ふん・・・まぁよい。膠着状態が解けたのだからな。とにかく軍を前進させ、奪われた地を奪還せよ。いつまでも平民の好き勝手にさせるわけにはいかん」

 皇帝の言葉通り、貴族軍は前進をした。圧倒的な魔法の力を見せられた平民兵達は貴族を恐れ、今までとは別人のように死に物狂いで敵に飛び掛かっていく。

 突撃を繰り返す貴族軍の前に革命軍は抵抗をするが、弾間に飛び込まれ、刃に散っていく。


 クレア達が到着した翌日、第301連隊が出動した。クレア達は休む間も無く、彼らに追随する。前進をする敵までの距離はおよそ30キロと迫っている。半日も行軍すれば、先頭が敵と接触した。

 「少尉、連隊の先頭が敵と遭遇。戦闘が始まりました」

 軍曹が報告を上げた。

 「解った。我々も戦闘準備に入る。ただし、連隊長からの命令待ちだ。慌てて前線に出るなよ」

 軍曹はそれを聞いて、馬車から去って行く。

 「レオーネ。子守りを頼むぞ」

 クレアは馬車から降りる。兵士達は忙しそうに戦う準備をしていた。

 「連隊本部へと向かう」

 クレアはそう軍曹に言い残すと連隊本部へと向かった。

 連隊本部はまだ、天幕を置く事も出来ずに露天で指揮所が設けられていた。

 「ライオネル中佐、戦局はどのようになっていますか?」

 やってきたクレアを見たライオネルは彼女を近くに呼び寄せる。

 「予想よりも敵の侵攻が早かった。互いの索敵が間に合わなかったのだろう。突発的に戦端が開かれた。むこうもこちらも戦闘を行いながら布陣を展開している最中だ。正直、互いに相手を探りながら戦っている感じだ」

 「あまり良い状況ではありませんね。相手には勢いがあります」

 クレアはまだ、全体の見えない敵に対して、脅威を感じる。

 「あぁ、その通りだ。出来れば、相手が布陣を敷く前に側面に回って、相手を牽制したい」

 ライオネルの言葉にクレアは一瞬、嫌な感じがした。

 「そこで、君達にその役目を請け負ってもらう。我々は陽動も含めて、正面で彼らを抑える」

 正面で抑えるのは当然であり、特に何もしないと言っているに等しかった。

 「解りました。敵を西側に展開していく可能性があります。我々はここに移動して、敵を牽制します」

 「うむ。頼む」

 完全な貧乏くじだった。敵に包囲されたり、敵が本気で潰しにかかる。または圧倒的な戦力であった場合、確実に全滅してしまう。だが、それでもやらなくてはならないのが軍隊であった。

 クレアはすぐに部隊に戻り、ただ、部隊の移動と牽制の為の戦闘である事だけを兵士達に伝える。このような任務の場合、兵士にはそれを伝えてはならない。兵士には不必要な情報だからだ。

 何も知らない兵士とは言え、雰囲気の違いで何かを悟っている。だが、それで何かを拒否が出来る事など無い。そんな不穏な空気の中で、部隊は行軍を始めた。

 

 「ふん・・・平民共は何をしている?」

 一台の馬車の中でレイコネクスは退屈そうに戦闘を眺めていた。

 「我が軍の武器は革命軍よりも劣っています。仕方がない事でしょう」

 レイコネクスの対面に座るグリモア卿は笑いながら答える。

 「劣っているか・・・まぁ、構わぬ。我々には失われた魔法がある」

 レイコネクスは少し笑みを浮かべる。

 「その通りであります。陛下の力があれば、この世界を焼き尽くす事も可能かと思われます」

 「ふふふ。かもな」

 二人はただ、笑うだけだった。

 

 「少尉、斥候が敵の姿を確認が出来ないと言っています」

 クレアの部隊は予定通りに敵側面へと移動していた。ただし、彼らはまだ、敵を発見が出来ていなかった。

 報告を聞いたクレアは少し考え込む。本当ならば、この辺りで敵を発見しているはずだった。彼女達の任務は敵の動きを牽制する事であり、敵と戦闘を始めなければ意味が無かった。

 「仕方がない。このまま、敵を探りつつ、前進。発見と同時に戦闘を開始する」

 クレアの指示で部隊は再び、前進を始める。

 「少尉、敵はある意味では素人みたいな連中ですから、兵力を左右に展開させずに正面に集中させているのでは?」

 レオーネがそう告げる。

 「可能性はあるわね。だとすれば、温存された無傷の敵と遭遇って事もあるかも知れない。厄介な事にならなければ良いけど」

 クレアは少し不安を感じつつも馬車に揺られ続ける。

 クレアの不安はこの30分後に現実となる。

 無傷の貴族軍は側面から現れたクレアの部隊に対して、圧倒的な戦力にて襲い掛かってきた。革命軍は火力にて、彼らの攻撃を凌ぐ。

 「敵を牽制しつつ、ジリジリと後退しながら、一定の距離を保て!」

 クレアは馬車から降りて、部隊を指揮していた。

 「少尉、相手の数が半端ありません。このままじゃ、弾が尽きるか命が尽きるかどちらかですよ?」

 軍曹が銃の弾倉を交換しながら叫ぶ。誰もが生き残る為に必死だ。

 「連隊が相手を抑え込めば、こちらも撤退をするだろう。それまで耐えろ。それだけだ」

 クレアはただ、そう応えるしか無かった。実際、連隊の方も遥かに多い敵を相手にしている。火力だけでは抑えきれるか解らない。この作戦はあくまでも敵を食い止め時間を稼ぐだけの遅滞作戦の一環であり、ここに投じられた部隊はある意味、捨て駒的な感じだった。

 だが、戦略的に重要であり、ここで敵の進軍を食い止める事は大事である事も解っていた。

 「さて・・・どこで引き上げるか・・・下手すると連隊の方が先に後退を始めているかもしれない」

 連絡方法が無い以上、連隊との連携は出来ない。判断を間違えれば、取り残される事になる。それはすなわち、本当の全滅という事になる。

 「そうなると・・・あの子は殺しておかないといけないか・・・」

 クレアは自動小銃を肩に担ぎ、馬車へと向かう。馬車の幌を開く前に腰のホルスターから自動拳銃を抜いた。そして、幌を捲る。

 「少尉、どうしますか?」

 レオーネがクレアの顔を見て、敬礼をする。多分、彼女は突如、捲れた幌に驚いて、銃を構えようとしたに違いなかった。

 「あぁ・・・すまんな。野暮用を済ませに来た」

 クレアはそこに座っているシエラを見つめる。互いの目が合う。シエラは不安そうな瞳だった。だが、クレアはその瞳に何も感じる事が無いように手にした拳銃の銃口を向けた。 

 

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