第14話

マーシャルド・ポースを打ち倒したハクは、そのまま人質の解放へと向かう。

ボスが倒れたことで、手下の盗賊たちはみんな逃げてしまったらしい。通路にはもう誰もおらず、静かな洞窟の中をひたすら歩くだけだ。


「確かこっちだったな」


尋問した男の情報では、ボスのいた部屋とは逆に行けばいいらしいが、これがなかなかたどり着かない。入り組んでるとかじゃなく、単に長い。

どうにか人質の幽閉されている牢屋に到着。


牢屋の人質たちは十数人単位で牢屋に入れられ、男は両手両足をそれぞれ鎖で繋がれ、まともに歩けないようにされていた。女は比較的拘束は緩かったが、その辺に拷問に使ったと思われる道具や、そのあとらしき血痕などが見える。

そしてさらに奥の別部屋は、女たちを慰み者にするための部屋で、むせっかえるような精液の匂いと、媚薬か何かを使ったのか、かなり鼻にくる匂いがしている。

こっちは壁に張り付けにされていたり、床に転がされていたり、あまり小さい子供には見せれるような絵面ではなかった。

ハクは七歳だが、中身は十八だからいいのだ多分。


とりあえず鼻につく匂いをなんとかしないと、女たちは催淫状態から解けることなく、ここから出られはしないだろう。


「風よ《ウインド》」


槍状に圧縮した空気を、天井に向かって放出した。ここは洞穴であるので、穴を開ければ簡単に外に空気が漏れる。催淫状態から解けた女たちにうるさく騒がれるのも面倒だったので、部屋から退散。

次に牢屋の人質の解放に移る。


もちろん鍵なんて便利なものは持ち合わせていない。だが、鉄格子の牢屋を開けることは、いまのハクなら容易い。

まず鉄格子を可能な限り熱する。そして氷の魔法を使い瞬間冷却、急激な温度変化に耐えきれず、鉄はいとも簡単に砕ける。


「俺たちを出してくれるのか?」


「檻は壊した。あとはどこへなりとも行けばいい」


「あ、あいつらは…?」


「もうここにはいない」


人質たちの瞳に、光が戻った。一人、また一人と立ち上がり牢屋を後にする。口々にお礼の言葉を言って出ていくが、ハクからすればほんのついでのことで、感謝されてもどう返そうかと迷ってしまう。


「助かった小さな戦士よ。この恩は二度と忘れはしないいつか必ず返そう」


人質の一人の初老を迎えたばかりといった風貌の男が、ハクの手を取って妙に威厳のある声で言った。

たくわえた白い髭は顎まで伸びているのが印象的だった。


「名前を聞かせてくれないか小さな戦士よ」


「ハク」


「その名、忘れはすまい」


老人はそのまま外へと歩いていった。

ハクはこのとき、この老人とはどこかで縁があると感じていた。

この老人と再会するのは、これより少し先の未来の話である。







牢屋の人質のほぼ全員が出て行った。

だからこそ、もぬけの殻の中に一人だけ佇む少女は目立つ。


「おいお前出ていかないのか?」


「わたし…?どこに行くというの?」


そんなつもりはなかったのに、見ていられず声をかけてしまった。自分でもお人好しだなとは思う。

少女はというと、人質にされたショックかなにかで記憶を失っているようだ。


「外出るんだろ」


「わたし…ここしか知らないの」


これは重症と見るしかない。記憶のほとんどをなくしている。

このままじゃ埒が明かないとみたハクは、少女の手を引いた。


「いいから出ろよ。連れていってやるから」


手を引いて、松明の灯りでわずかに見えた顔を見たときハクは、わずかに頭に痛みが生じた。

ズキリとした痛みはあったが、また暗がりで見えなくなると、それが少し収まった。


「大丈夫?」


「いいから行くぞ」


ハクはその手を引いて、洞窟の通路を外へ向かって歩いていく。

その間、わずかに感じた頭痛の原因をずっと考えていた。そしてとにかく彼女の顔を見ないように、彼女は自分の後ろを歩かせた。


「出口だ」


「まぶしい…」


そういえば長いこと暗いところにいて、目が軽く退化していることを忘れていた。


「ブラインド」


暗視の魔法。目にフィルターをかけて視界を潰すために使う魔法だが、ここではサングラスのような意味を持つ。これで眩しさで視力を失うことはない。


「外の世界は随分暗いのね」


「明日になったら明るく見えるよ」


外に出たハクは、彼女の顔をもう一度だけ見た。

途端再び頭痛が襲ってきたが、それでも目を話すことはなかった。


『"…"また明日ね』


聞いたことのないはずの声が、頭に響いた。

次に顔の見えない少女が、ハクを呼んでいる映像が、脳内再生されている。

どうやら別れ際らしいが、ところどころ途切れてよくわからない。

まるで壊れたレコーダーだ。


「お前は…なんだ?」


「私はアイリ」


「アイ…リ…」


その名を聞くだけで、頭が締めつけられるように痛い。誰かが思い出そうとする記憶を、押し込めているように、何かが出てきそうだった。


「少年大丈夫か。顔色がよくないぞ」


先に出ていたさっきの老人が、ハクの顔色を見て駆け寄ってきた。

ハクに礼を言って別れようと思い、外で待っていて出てきたと思ったら、急に顔色を変えるのだからそれは心配にもなる。


「ああ、大丈夫だ」


どうにか強がってみるが、頭が重い。

しかしまだやることがある。


「みんなにここから離れるように言ってくれ。今から山を崩す」


「こ、この山をか!?わ、わかったちょっと待っていろ!」


老人は走り去っていき、元人質たちに避難するように言ったあと、アイリを抱えて遠くまで離れて行った。

アイリが遠ざかると、やはり頭痛がなくなった。


ハクは少し息を整えて、魔力を高める。

いかに魔力を鍛えようとも、山を崩すとなるとそれなりに魔力が必要になる。

ハクは両手を合わせて、ハンドボール大の球を作り出す。

それは徐々に巨大化を続ける。

ハクの身長を越した辺りで、その巨大化は止まった。


「うぉりやあぁぁっ!!」


そしてその球体を頭上の遥か、山の上まで全力で放り投げた。

放り投げられた球体は、山の上で静止したのち静かに落下。

ほとんどが岩でできた山だが、魔力の塊は岩など簡単に消しとばしながら落下する。

その山が崩れゆくのは、ずっと見ていてもおよそ一分ほどのことだった。


「さ、帰ろ」


二日ほど家を空けて、多分ジェシカも心配している頃だろう。

早く帰ってやるのが、何よりジェシカのためだろう。


「ハク少年。あの子は私が保護しようと思うが、構わないか?」


老人がアイリの保護を申し出た。

ハクとしても、顔を見るたびに頭痛を起こす相手を預かるのは遠慮したいところではあるし、願ったり叶ったりである。


「ああ頼むよ」


「いつか我が国に来るがよい。客人として丁重にもてなそう。我が名はアルキメス・ロンドルス!我が恩人ハクよ、いつかまた会う日までこの恩は忘れることなく、必ず返すことをこの双巨人の紋に誓おう!」


いつになるかわからない約束を、アルキメスは声を張り上げて、叫び誓った。

そして元人質たちを連れて、山道を通りどこかに去っていった。


「さ、俺も帰ろうかね」


ハクも、元人質たちを見送ったあとゆっくりと駆け出し、ジェシカの待つ家路についた。




















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