第9話 オッサンの実家へ帰省しました

同居生活に慣れてきたこともあり、圭さんは5月の連休に金沢の実家へ帰ることにしたという。


「今度のゴールデンウイークの後半、5月3日から5日まで、2泊3日で金沢の実家へ帰ろうと思っているけど、一緒に来ないか」


「実家は金沢なんですか」


「祖父母が住んでいた、中学から大学卒業まで過ごした家がある。名義が自分になっているので、管理のために、5月の連休と夏休み、できればお正月には帰って、家や庭の手入れをしている。駐車場もあるけど、それは不動産屋さんに管理を任せていて、手数料を除いた金額が銀行口座に振り込まれるので、それを税金や電気・ガス・水道の支払いに充てている。布団もあるので、宿泊費はかからない。旅費もその口座のお金を当てるので大丈夫だから」


「金沢には行ったことがないので連れてってください。圭さんの実家も見てみたい」


「その代わりに、掃除と整理を手伝ってくれるかい」


「もちろんです」


【5月3日(火)憲法記念日】

新幹線が開通してから金沢は観光客が多くなっているという。圭さんは切符の予約をしたけど、1週間前だったので、2人隣り合わせの席が朝の早い時間でないと取れなかったとすまなさそうにいった。8時36分発の「かがやき」。私はいつも通り起きて、朝食とお弁当を作った。


東京駅から2時間半で11時には金沢駅に到着した。途中、私は過ぎていく景色が珍しいのでずっと外を見ていた。圭さんは見慣れた風景だからと居眠りをしていた。でも要所要所は説明してくれた。


北陸新幹線開通前は、越後湯沢まで上越新幹線で1時間半、それから特急に乗り換えて2時間半で4時間もかかっていたという。ただ、途中、日本海や北アルプスが見えたりして、それなりの良さはあったとか。今の新幹線からの景色はあまり良くないし、乗り換えがなくなったので、大体居眠りしていると言う。でも便利になって観光客が増えたと言っていた。


駅からタクシーに乗車して15分くらいで圭さんの実家に到着した。実家は金沢の旧市街にあり、家の前の道路が狭い。金沢は戦災に合っていないので、旧市街はいまでも道が狭く入り組んでいるそうだ。


加賀藩の前田利家が守りのために道を入り組んだものにした名残だとか。また、実家の回りは寺院が多い。これは、こちら方面から攻め込まれるのを避けるためだったとか。


道が狭いので、以前は家が密集していたけど、家を建て替える時に道路から2m離して立てるという条例があり、また金沢は自動車がないと生活できない環境になっているので、建て替える時には家の前に2台分くらいの駐車場スペースをつくるのが一般的になってきているそうだ。


以前と比べて随分道路が広く感じられるようになったと言っていた。ただ、若い人が都会に就職するのと、少子高齢化の影響で空き家が多くなっているとか。圭さんのおうちもその一軒。


「着いたよ」


「思ったより、新しい家ですね」


「祖父が定年になった時に建て替えたので築20年くらいかな。今でも十分に住める。処分しようかとも思っているけど、思い出もあるので、当分はこのままにしておくつもり。ただ、メンテが必要なので時々帰省している」


「実家があるって良いですね。私にはないからうらやましい」


「中に入ろう。案内するよ」


「1階は、キッチン、リビング、和室、トイレ、洗面台、お風呂。2階に上がろう。2階は洋室が2部屋とサンルームとトイレ、洗面台がある。ここが僕の部屋で隣のサンルームと続いている。晴れているから窓を全部開けておこう」


「圭さんって薬学部だったの。書棚に薬理とか製剤とかの専門書があるけど」


「そう、だから薬剤師の免許も持っている」


「知らなかった。でも会社は食品会社だと聞いているけど」


「卒業研究は薬理学で実験動物を使う研究だった。毎日ケージからモルモットを取り出すのが僕の役目で、10匹ほど仕入れて、毎日一匹ずつ実験に使うけど、取り出す時に悲しそうに鳴くんだ。自分の運命が分かっているように。それで、こんな仕事はしたくないと思って、製薬会社とは違った分野の会社を探したら、今の食品会社が薬学部卒を募集していて応募したら採用された。ちょうど、健康食品の企画開発要員がほしいとのことだった。はじめの5年間は研究所で商品の開発をしていたけど、今は本社で企画開発の仕事をしている」


「圭さんはやっぱり優しいんですね。はじめて聞きました。今まで、自分のことで精いっぱいで、圭さんのことは何も知らなかったから、圭さんのことをいろいろ聞かせて下さい」


「聞きたいことはいつでもなんでも聞いて良いよ」


「そう言われるとすぐに思いつかないわ」


「外を見てごらん。この辺りはお寺が多いので、ほらお墓がみえるだろ。どんな感じ」


「夜はこわそう」


「はじめてだと気味が悪いと思うけど、すぐに慣れてくる。大体、車もほとんど通らないし、とても静かだ。それにこの辺りは高台なので洪水の心配もないし、昔から大きな地震があったとも聞いたことがない。住むには良いところだよ」


「東京で大地震があったら、ここに避難してくれば良いから、やっぱり売らない方が良いと思います」


お昼になったので、リビングに降りて、お弁当を食べた。それから、圭さんは前と右隣の家へ土産を持って挨拶に行った。その後、私が手伝って、家の中を大掃除して、布団を干したり、押し入れの中の不用品を整理したりした。今までは一人でなかなか進まなかったので助かったと圭さんはお礼を言った。


夕食は、連休中も営業しているとのことで、近くのうどん屋さんへ連れて行ってくれた。金沢のうどんは関西風でおいしかった。東京の味の濃いうどんにはなかなかなじめないので帰ったら必ず食べに行くそうだ。


それからお風呂を沸かして入浴、2階の洋室に布団を2組敷いて、就寝。手をつないで寝てもらった。


【5月4日(水)みどりの日】

翌日は、朝起きると2人で散歩方々、コンビニへ朝食を買いに出かけた。天気も良いので、今日1日は観光の予定。


朝一番で忍者寺といわれている妙立寺へ。朝一番なので、予約なしで入れた。圭さんは前にも入ったことがあるそうだ。中は仕掛けがいろいろあってそのため忍者寺とも言われているとのことで、忍者がいたわけでなく、前田藩の隠し出城の機能を持っていたところのようだ。私は珍しいので感心して見ていた。


それから、大通りへ出て東へ歩いて行った。圭さんと手をつないで指を絡めて恋人つなぎにすると、一瞬私を見たようだったけど、私は知らんぷりしてその手を振って歩いていると、そのままにしてくれた。それから1日中、手をつなぐときは恋人つなぎ。圭さんも慣れたのか?諦めたのか?それとも嬉しいのか?ともあれ作戦は大成功。はたから見ると年が離れているけど恋人同士に見えると思う。


坂を降りると大きな川が流れていた。そのあたりは川の両側に桜の木が植えられているので桜橋と名付けられた橋があった。橋を渡って、大通り沿いにゆっくり歩いて行くと、15分くらいで兼六園、近代美術館に出る。兼六園の角の神社でお参りして、おみくじを引いた。


「残念『末吉』だった」


「末吉は末広がりで良いと言われているよ。美香ちゃんはこれまでいろいろ辛いことが多かったので、これからは良くなると言うことだと思うよ」


「圭さんとこんな楽しい観光旅行ができるなんて、想像できなかったから、このまま段々と運勢が良くなるかも」


「人生、良いことも悪いこともあるさ。悪いことがあった人には必ず良いことがある。苦労は必ず報われる。人生は皆、平等に出来ている。人生は行って来いだよ」


「圭さんはおみくじ引かないの」


「昔、おみくじを引いて『凶』が出たんだけど、運が悪いとか言ってもう一度引いたけど、やっぱり『凶』だった。もう怖くなってそれから一切おみくじは引かないことにしている」


「『凶』が出て、何か悪いことあった?」


「特段、悪いことはなかったように思うけど」


「自分の将来を占ってもらったことはあるの?」


「ない。将来については、自分の力ではどうにもならないことが多いから、あれこれ心配しないことにしている。事に遭遇した時に自分にできる最善の方法を考えて、最善のチョイスをすればよいと思うことにしている」


「圭さんの言うとおりです。私もそうしたいです」


それから、兼六園の坂を上って園内に入る。連休中とあって観光客が多い。5月の今は、すっかり葉桜になっていたけど、ツツジやアヤメが満開だった。園内をひととおり見てから金沢城へ。石川門を入って中の新しく建てられたという建物を見学して一休み。コンビニで買ってきたおにぎりを二人で食べる。


午後は近代美術館へ。見学者が意外と多いのに驚いた。入場するのに随分時間がかかってしまった。圭さんは美術への関心はそれほどではないみたい。私は、変わった絵や彫刻が展示されているので面白かった。


それから香林坊へ、金沢一番の繁華街で、デパートもあるし、Tokyu109もある。地方の県庁所在地は都会にあるものはほとんどあると圭さんは得意そうに話していた。少し歩くと武家屋敷跡なので、そこも散策した。近代美術館に時間がかかったので、散策が終わると、もう3時を過ぎていた。歩き疲れたので帰ることに。


片町を通って犀川大橋へ、途中の交差点はスクランブル交差点となっている。渋谷のスクランブルとは違って人どおりはまばら。圭さんが、金沢にもスクランブル交差点はあるといったので、大笑いしてしまった。郷土愛の強い人だ。


この交差点はコンビニ激戦区で有名コンビニがすべてそろっていた。家の近くにはスーパーがないので、コンビニで夕食の弁当や朝食を買って帰ることになった。最寄りのスーパーは家から歩いて12~3分、総合スーパーは車で5~6分位のところにあるという。金沢は旧市街でも車が生活の必需品だそうだ。


圭さんは時間が無くなって人気の東の茶屋街を散策できなかったとすまなそうに言う。東の茶屋街は、ここからかなり離れた浅野川を渡った山のふもと辺りにあるという。


金沢には東と西に茶屋街があり、昔の風情が残っているとか。茶屋街というが、昔の遊郭があったところで、今は料亭が軒を連ねて芸妓さんもいるとのこと。東は無理でも西は帰りに立ち寄ることができるといって案内してくれた。2人ゆっくり見物してからそのまま帰宅した。


「いろいろなところを見物させてもらってありがとう。修学旅行みたいで楽しかった」


「高校の修学旅行はどこへ行ったの」


「行っていないです」


「それじゃ修学旅行の代わりになってよかったね」


「金沢は歩いて見て回れるので、修学旅行には最適だし、住むのにも良い所だと思います」


「でも、冬は寒いよ。11月下旬から雲や雨の日が多くなり、12月には雨があられやみぞれになり、1月、2月は雪が降る。3月中もかなり寒くて時々雪が降る。5月の連休まではほとんどの家でこたつをしている。冬が晴れている東京に10年も住んでいると、ここの長い冬がうっとうしくなる。お正月に来るとそれが分かると思う」


「お正月も連れてきてください」


「良いけど。よく東京の人が冬の北海道へ流氷を見に行ったり、雪の日本海を見に行ったりするのを聞くけど、わざわざよく行くなあと思う。1、2日なら雪見もいいけど、4~5か月も生活するとなると耐えられない。東京から転勤してきた人の奥さんがノイローゼになったという話もある」


「でも夏は涼しいのではないですか」


「天気予報を見ていると、大体2℃位低いみたいだけど、夏も最近は結構暑いみたい」


「物価も東京より安いみたいで、住みやすそうです」


「交通費が安いかもしれない。バスは200円、旧市街はコンパクトでお城の回りにあるから、タクシーでは1000円で大体どこでも行ける」


「そういえば、駅からここまでタクシーで15分くらいだった」


「ここから駅まで歩いても45分ぐらい。コンパクトな町だから歩いて観光するのに向いている。最近は観光ルートにバスが走っているから、それに乗るともっと早く回れる」


「私は今日みたいに気ままに歩きまわるのが好きです」


「市が町中の整備を積極的に行っているから、10年前と比べても随分綺麗になった。観光都市になってきた感じ。でも金沢の一番気に入っているのは、空気と水が良いことかな。東京と比べてずっとおいしい」


「気が付かなかったけど、そう言われれば、空気がきれいで水道の水もおいしいです」


「明日の午前中は、庭の手入れを手伝ってほしい。草取りや落ち葉を集めるだけ。帰りの新幹線は13時56分の『はくたか』、『かがやき』より30分余計にかかるけど、5時ごろに東京駅について、6時には帰宅できる」


「よろこんで」


それから買ってきたお弁当を食べて、お菓子を食べて、お風呂に入って、2人とも疲れていたのか、朝まで熟睡。


【5月5日(木)こどもの日】

朝食後に2人で庭の掃除を始める。庭と言っても、駐車場が大部分なので、奥の方と狭い裏庭だけ。5月なのでもう雑草が随分伸びている。圭さんはボタンとツツジを剪定した。あと、キクなどの多年生の草花を残して雑草を取り除く。


これだけしておいても夏に来ると雑草が伸び放題になっているとか。ご近所の手前、手入れをしていることが分かる位にはいつも刈っておくとのこと。


ゴミ袋が3つになった。圭さんは、前の家へ、今日帰るから明日の金曜のゴミの日に集積場に出してもらえるようにお願いに行った。これも掃除・手入れをしていることのアピールの一環とか。


庭掃除を早めに終えて、今度は窓などの戸締りの確認。ガス、水道を確認、最後に電気のブレーカーを落として鍵をかける。


タクシーを呼んで駅まで。駅近くのビルでゆっくり2人で昼食にご当地の金沢カレーを食べた。おいしい。


「美香ちゃんに手伝ってもらって助かった。ありがとう。いままで一人でやっていたけど昔のことばかり思い出して味気なかった。2人話しながらで楽しかった」


「圭さんの実家が見られて良かった。観光案内までしてもらって、こちらこそ楽しかったです。また、連れて来てください」


「良いよ。こちらも助かる」


「良いおうち、どうするんですか?」


「今は処分する気にならないので、当分の間は機会をつくってメンテしてゆくつもり。東京で住まいを買うことになれば、売っても良いけどそう高くは売れない。そうでなければ、定年後に金沢に帰って住んでも良いとも考えているけど。あと30年建物がもてばの話だけどね」


「万が一の時に住むところがあるのは安心ですね」


それから、駅ビルで夕食用のお弁当とお茶を買って、圭さんが大好きだという「圓八のあんころ」を2つ買って、新幹線に乗りこんだ。


圭さんは金沢のお弁当は結構いけるから夕食が楽しみだと言っていた。圭さんはお弁当が大好き。3時ごろに買ってきた「あんころ」を2人で食べた。


「おいしい。いままで食べたあんこのお菓子でいちばんおいしいと思う」


「気に入ってくれてうれしい。僕も昔から大好きだから」


「もっと買ってくればよかったのに」


「日持ちがしないので、当日に食べないといけないから、たくさん買えないんだよ」


今年の連休は2日(月)と6日(金)の2日休暇をとれば10連休となるところだけど、圭さんは2日は出勤したし、6日も出勤する。長く休んでもすることがないからが理由。また、連休の合間は休暇の人が多いことから会議もないので、落ち着いて仕事ができるそうだ。私も授業がある。


6時に帰宅。家に帰ると2人ともほっとして、お風呂に入るとすぐに就寝した。旅行は疲れるけど、2人の初めての旅行はとても楽しかった。圭さんは私が喜んでいたのでうれしかったみたい。恋人つなぎもできたし、2人の距離がまた縮まった。

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