第5話 二人で学校を訪問して相談

【3月7日(月)】

玄関のドアの鍵を開ける音がする。圭さんが帰ってきた。すぐに玄関までお出迎え。


「おかえりなさい」


「ただいま」


圭さんはどことなく嬉しそうに微笑んでくれる。


「食事の用意できていますけど」


「ありがとう。お腹がすいたので、すぐに食べたい」


圭さんは寝室で部屋着に着替えてリビングへ戻ってくる。


「今日は炊き込みごはんにしてみました。私も食べたかったので」


「いろいろ作れるんだ」


「お金がかからない献立です。余り物でできますから」


「おいしい。お代わりある」


「あります。おいしいと言ってもらえて嬉しいです」


「今日、叔母さんに電話して美香ちゃんの健康保険のことを聞いたけど、叔母さんの扶養家族からはずしてもらうように頼んでおいた。書類が来たら一日休暇を取って、住民票の移動や健康保険の手続きをするからね」


「分かりました」


「それから、どこの高校に通っていたの?」


「足立区にある都立の高校です」


「ここから通うのは大変だから、近くへ転校できないか相談にいってみよう」


「本当に高校に通わせてくれるのですか?」


「もちろん、そのつもりだけど」


「できれば、転校して新しい学校へ移りたいです」


「分かった。少し時間をもらうよ」


【3月11日(金)】

圭さんの会社宛てに私の健康保険の書類が届いたという。私の誕生日が6月18日なのが分かって「18歳までもう3か月なんだね」と言った。そして「来週の火曜日に休暇を取るから、区役所と学校へ行くことにしよう」と言ってくれた。圭さんありがとう。


【3月13日(日)】

午後3時過ぎに私の荷物が届いた。勉強机に椅子、小さな書棚、あと段ボール箱5個、プラケース1個。


「叔母さんは、持ち物全部を送ってくれたみたい。良かった」


「身の回りのものが届いて良かったね」


「私はやっかいものだったから」


「交通事故の保険金があったんじゃないの」


「数百万円はあったはずだけど、叔母夫婦が使ってしまったみたい」


「それはひどい話だ」


「高校の授業料や教材費などは出してくれたけど、お小遣いなどはくれなかった」


「諦めるしかないか」


「もう諦めています」


私の荷物は圭さんに聞いて空いている場所に置かせてもらった。圭さんは独身で元々荷物が少ないので、私の少ない荷物は難なく収まった。荷物が届いたので、気持ちが落ち着いた。これで圭さんに負担をかけずに済むと思うと少しだけどほっとした。


【3月14日(月)】

圭さんが高校へ電話してくれて、担任の山崎先生と明日の11時に会う約束がとれたという。女の先生で、私のことをとても心配していていろいろ聞かれたけど、重要な話なので、その時にお話しすることにしたそうだ。山崎先生には心配をかけたので、会って謝らないといけない。


【3月15日(火)】

今日は区役所と学校へ出かける日。圭さんは休暇を取ってくれた。2人分のお弁当を準備する。私は高校の制服に着替えた。もう着ることもないと思っていたけど、学校が懐かしい。


9時に出発して、足立区役所で転出の手続きを済ませた。圭さんに必要になるといわれて生徒手帳と印鑑を持って行ったけど手続きがすぐに出来た。


そして、11時少し前には学校に着いた。今日が3月15日だから3月1日以来、2週間ぶりの学校だ。なつかしい。職員室へ行って山崎先生に声をかけた。先生はすぐに私たちを応接室に案内してくれた。


しばらくすると副校長が入ってきた。2人で話を聞くという。圭さんは2人と名刺を交換してから、私に今までのことを話すように促した。


私は、両親が事故で無くなってから、叔母さん夫婦に引き取られたこと、叔母さんの家での生活のこと、叔父さんとのこと、それがもとで叔母さんの家から家出したことなど、順序を追ってできるだけ淡々と話した。話をしているとき、思い出して悲しくなって泣きそうになったけど我慢した。


山崎先生は、それを聞いて、自分もかつて同じ境遇だったと話した。ただ、先生はは幸い子供のいない叔母夫婦に大切に育ててもらったと話した。先生も同じ境遇だったなんて知らなかった。


それから、圭さんは駅で偶然に出会って家に連れ帰ったこと、叔母さん夫婦に同居の許可を貰ったこと、転出届をしてきたことなどを同居の承諾書や転出証明書を見せながら説明した。


「私は、美香さんとは全くの他人です。雨の日に偶然、家に泊めてあげただけです。ただ、私も美香さんや山埼先生と同じ境遇で祖父母に育てられました。妹がいたのですが、両親と共に亡くなっています。それで、美香さんの話を聞いて、他人事ではないような気がしまして、差し出がましくこのようなことになりました」


「事情は良く分かりました。でも、山田さんは17歳の未成年です。独身男性と同居されるのはいかがなものでしょうか?」


「副校長のご心配はごもっともです。淫行条例も知っています。自分は保護者として美香さんを同居させるつもりです。みだらなことは一切していませんし、今後もそのようなことはないとお約束できます」


「これは私の方からお願いしたことです。最初は断られましたが、家に帰れない事情を話して受け入れてもらいました」


「私は担任として、山田さんの希望どおりにしたら、良いと思います」


「叔母さんから承諾を受けていますし、叔父さんとのこともあるので、同居は認めるにしても、山田さんの学業はこれからどうしますか」


「そのことをご相談に伺った次第です。学費は私で負担しますが、今住んでいるところが、大田区の長原というところで、ここまで通学するのはかなり大変です。転校などは可能でしょうか?」


「試験の成績にもよりますが、事情があれば、不可能ではないです」


「手続きを調べてみますが、山田さんはここ2週間欠席していて、3学期の期末試験を受けていませんので、追試験を受けてもらわなければなりませんが、できますか?」


「大丈夫です。追試験を受けさせてください」


「今週の木曜、金曜の2日間でできるように各課目の先生にお願いしてみます。後で試験の時間割を電話でお知らせします」


「ありがとうございます。それではよろしくお願いします。それから、今回の件は美香さんのために、内密にしておいていただけますか」


「分かっています。山田さんに迷惑のかからないように配慮します」


学校からの帰り、近くの公園で、圭さんと2人でお弁当を食べた。


「学校に2人で説明に来てよかったね。なんとか事情を分かってくれて、同居も認めてくれたみたいだ。転校もできるかもしれない」


「山崎先生でよかった。同じ境遇とは知らなかったわ」


「追試験は大丈夫?」


「教科書が届いたので、帰ってから復習します」


「転校できるといいけど、できなければ通学時間が長くなるけど、今の学校で良いじゃないか。話の分かる先生方がいるから」


「近くの方が、家事が十分できるから良いんですけど」


「家事の心配は無用だ。近くだとクラブ活動もできるし、転校できると良いね」


「できれば心機一転、新しい学校へ行きたいです」


それから、電車に乗って、長原の近くの大田区役所の出張所で転入の届出をして、圭さんは叔母さんから送られてきた保険組合の書類を添えて私の国民健康保険加入の手続きをしてくれた。これで病気になっても大丈夫と圭さんは安心していた。家に帰ると私はノートを出して追試験の勉強を始めた。


【3月17日(木)18日(金)】

私は、木曜と金曜にお弁当を作って、学校に追試験を受けに行った。学校で友達に会えていろいろな話ができて楽しかったけれど、休んだ理由や同居のことなどは一切話さなかった。


山崎先生は、気が付かないで、辛い時に相談に乗って上げられずに、ごめんねと謝っていた。そして、転校はできるだけ頑張ってみると言ってくれた。


圭さんは、転校がだめだったら、ちょっと時間がかかるけど、通学したら良いと言ってくれた。その時はお願いしますと頼んだ。


【3月19日(土)、20日(月)春分の日、21日(火)代休】

期末試験の追試験が終わって、諸手続きも一段落した。3連休だけど、圭さんは、これからの2人の生活に必要なもののショッピングに出かけようと誘ってくれた。


調理に必要な器具を2~3点、食器も買い足した。それから、もっと年頃の女の子のような服装にさせたいといって、渋谷の若い子向けのショップへ連れていってくれた。そして気に入った服を何着でも買ってくれるという。


私は遠慮したけど、同居するとこれから一緒に出掛けることもあるので、それ相応の服を着てもらわないと恥ずかしいといわれた。圭さんが恥ずかしい思いをしないように買ってもらうことにしたけど、内心とっても嬉しかった。圭さんにも選んでもらったけど、圭さんはとても楽しそうだった。


それから、私が一番驚いて嬉しかったこと。圭さんは会社の女の人に聞いて、表参道の有名なヘアサロンを予約してくれていた。店に着くと、女子高生だけど本人の良さが引き立つ可愛い髪形に仕上げてほしいと頼んでくれた。


席について希望を聞かれたけど、私はおまかせしますと答えた。圭さんは少し離れたところにあるソファーに座ってこちらを見ている。


私はいつも自分で髪を適当に切って後ろに束ねてポニーテイルにしていた。どうなるものかと鏡を覗き込む。まず、ショートカットに切り込まれた。そして見ている間に仕上がって行く。自分でも、これは結構可愛いと思えるようになって行く。


さすがに有名店、とても気に入った仕上がり。まるでテレビに出てくる女の子のような可愛い髪形になっていて驚いた。


ソファーの圭さんのところへ行くと、驚いたようにジッと見つめてくる。そして「すごく可愛く仕上がったね、見違えた」と言ってくれた。私は、とっても嬉しくて、ありがとう、ありがとうと何度もお礼を言ったけど、圭さんもとても嬉しそうだった。圭さんが嬉しそうにしているのを見ると私も本当に嬉しい。

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