2話 夏の予感

 

「ふー、大分暑くなってきたね」

 僕はいつもと同じようにこの場所にやってきて、先輩の隣に座る。照りつける太陽の光が大分強くなってきて、気温も上がってきた。イチョウ林の作る日陰がなければ、きっと日向に置かれたアイスのように溶けてしまうことだろう。

 先輩も手で顔を扇いで、風を送っている。

「君は暑いの大丈夫なの?」

「まぁ、東京に来るまでは九州にいたので……。日陰にいれば、このくらいは大丈夫ですね」

「そっか。でも暑いは暑いよね。ごめんね、なんか付き合わせちゃってるみたいで」

 そして先輩は眉をひそめ困ったように笑う。

 こんな表情を先輩はよくする。初めてあった時もそうだし、今も、これまでも。

「そんなことないですよ。逆にこんな中、先輩一人でいるほうが辛くないですか? だから、これは付き合ってるというかそういうのじゃなくて……」

「……そうだね。今のは君には失礼だったかも。それでもね、思っちゃうんだよね。こんなとき、わたしがこんなんじゃなければ冷房のかかった部屋とかホールとかで、もっと楽しく過ごせたんじゃないかって」

「確かに便利なものは便利ですよね。でも便利に乗っかってるだけじゃ得られないものもありますよ。それはこの前も先輩が言ってたことで、そうですね、例えば……一緒に海にでも行きませんか?」

「へ?」

「なに素っ頓狂な声出してるんですか? ほら、今は屋内のプールでも本物の海と変わらないような環境で、レジャーも多様化してるとかで海に行く人は減ってるって言うじゃないですか。だから、あえて僕たちは海に行って、そこで涼むんです」

「え、でも、わたし水着とか持ってないし」

「それならそのままでいいじゃないですか。何も変わらないですよ。この場所でやってることを、ちょっと海でやるだけです」

「だけど、わたし周りに人がいると迷惑かけちゃうし……」

「だったら、朝早くに行きましょう。まだ人がいない時間帯に」

「……そっ、それでもっ」

「……でもも、だけども、それでももありませんよ。もう決定事項なので。じゃあ、次の土曜日あさ5時にこの場所に集合で」

「うー、分かった。今回は君の言うこと聞いてあげる。その代わり、いつか私のお願いも聞いてもらうから、そのつもりで」

「はい、わかりました」

 そうして今日の先輩との会話は終わった。

 イチョウ林の広場から一歩外に出ると、それまで止まっていた時が止まっていたかのように、ライフデバイスが矢継ぎ早に鳴り響く。視界に情報が入り込んできて、その中のひとつが母さんからのチャットだった。

 

【鯨乃家】 >>母さん:ちょっと生活のことで話があるの。時間が合うときに電話ください。

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