第3話



「まーた派手にやってくれたもんだなぁ」


事務所のアシェルの机の前でとある男が煙草を咥え、白い煙を吐き出しながらそう呟く。現場から戻ってきたカケルは一瞬それが誰の声だが分らなかったが、アシェルはすぐさま誰の声だかわかり、返答した。


「その声は日下部警部ですか。そんなんだから何時まで経っても夢島署は無能警察って呼ばれるんすよ。」


アシェルが気付いたその男とは日下部警部であった。アシェルが警部と呼ぶその日下部道彦は現在、夢島警察署の刑事組織犯罪対策課暴力団取締係、通称「マル暴」に勤務する普通の警察官であった。白髪混じりの髪の毛にクールビズと称するだらしのない着こなしの黒のスーツ、第二ボタンまで外れたシャツを悠々と着こなす日下部道彦はアシェルの悪態についてこう反論するのであった。


「うるせぇ!黙ってろ!・・・・・・ったく誰のおかげでお前達が生かされてんのか分かってんのか?」


「そもそも誰のおかげでこの事件が解決できたと思ってるんすか。」


「まだ解決はしてねえ!まったく誰がこんなバカ騒ぎを起こしたか誰も分かってねえからな!」


「確かに。だが実際にお嬢さんを助けたのは・・・・・・」


「あーあうるせぇうるせぇ!わかったから!こんな醜い言い争いはやめよう!」


「そうっすね。こんなんじゃ時間の無駄ですし。で、あの黒崎裕子の調子はどうなんすか。」


「どうにもこうにも。誘拐の後遺症はとてつもなくデカい。そろそろ外傷部分は癒えてきたから退院するとは思うが、あんなにひどい目に合えば癒えるはずの心の傷も癒えないよなぁ。」


「そうすか・・・・・・」


そんな話を聞いて、アシェルは少しうつむきになった。


「とりあえずだ。死亡した犯人グループの身元捜査はこっちでやる。あと散乱した死体の処理はこっちでやっておいたぞ。この事件については夢島署のマル暴が何とかして警視庁の捜査一課に圧力かけてやっから、お前らが心配する必要もない。現に夢島署じゃこの事件は被疑者不明の捨て山事件になってる。俺にとってもお前らの存在は欠かせねえからな。しっかりやってくれよ。」


「その件に関しては礼を言うよ。日下部警部」


「礼はいい。あ、そうだ。お前らまだ報酬をもらってなかっただろう?後であの敏郎のやろうが謝礼金をごっそり持ってくるらしいし、またカケルに頼みたいかとがあるらしいからな。」


「カケルに?」


そうアシェルが聞き返すとカケルも日下部警部のほうを睨むように向いてきた。


「そうだ。何故かアイツは要件も言わずにカケルを指定してきた。そんなにカケルも嫌な顔すんなよ。ま、少し待ってろ。じゃあな」


そう言って早々に日下部は事務所から出て行ってしまった。


「どういうことだ・・・・・・?一体・・・・・・」


「またこの前みたいな依頼はもう受け付けないぞ。絶対にな。」


「そんなことはさすがにないだろう。いくらなんでも。」


二人がそんなやり取りをしている中、例のあの黒崎敏郎がやって来た。日下部の言っていた通り、謝礼金をスーツケースいっぱいに入れて持ってきたようだ。


「やっぱ財閥の力はやべえな。これで俺たち一生遊んで暮らせるんじゃね・・・・・・?」


カケルはふとそう言うことをつぶやいた。カケルの口からまるでよだれが出そうなようであった。そんな中、アシェルはあることに気が付いた。黒崎敏郎はサングラスをかけており、周りにはこの前にはいたメンインブラックのようなSPは誰一人としていない。アシェルは思わずこう聞く。


「あれ、今日は付き人は・・・・・・」


すると黒崎はすぐさまアシェルの口を押えてこう言った。


「いいか?今日は秘密裏に来ているんだからな?私がヤクザと絡んでるなんてバレたら黒崎グループの業績はダダ下がりだ。ともなればこの報酬金もパーになるんだぞ。いいな?」


「ああ、わかった。とりあえず中へ・・・・・・」


アシェルはまたびっくりした表情を隠せぬまま黒崎を事務所内へと案内した。そして黒崎は薄汚いくたびれたソファーに座り、二人にそのスーツケースの中身を見せた。そしてその中から札束を2、3束取り出し、二人に渡しながらこう言った。


「これが、この前の報酬だ。君たちには感謝してもしきれない。ここで礼を申し上げよう。」


「それでいてこの報酬だけか?」


カケルは即座にそう言った。アシェルがやめろと止めようとするがそれにもかかわらずカケルは話を続ける。


「さすがにそれはあり得ないっすよ。黒崎さん。あんなに大量に人を殺させといてこんな報酬か?そんなの裏の世界じゃ撲殺モンだぜ。そもそも、そんだけの報酬で済むと思ってんなら、何のためにそんなでっけえスーツケース持ってきたんすか?」


「やめろよカケル。これでもいつもの2倍ほどはあるだろう。そんなに強欲になるなって。」


「いいや、今回の件は納得できないね。まず、依頼の時点で簡単なもんじゃねえってのはあんたにもわかるだろう? 俺だって30人相手に惨殺するのは今までそんなにやったことのねえ依頼だし、こんな依頼のおかげで相棒のアシェルの体は絆創膏と包帯だらけだ。それに加えてそのスーツケースは一体なんだ? 俺たちのための報酬が入ってんじゃねえのかよ!? 何だ? あんたが財閥であることのアピールをわざわざするためにでっけえモノを持ってきたのか!?」


カケルが次々と不満と悪態を吐く中、黒崎は


「実は・・・・・・」


と少し小さな声である話をし始めた。


「実は・・・・・・もう一つだけ頼みたいことがあるんだ。」


カケルは思わずそのことを聞いて、遂に黒崎に対して怒り狂い、大きく怒鳴った。


「ふざけんな! この状況でまた依頼か? 何様のつもりだゴルァ!」


「落ち着けカケル!・・・・・・でその頼みたいことは何なんですか。」


「それは・・・・・・私の娘、裕子の警護をしてもらいたいんだ。」


「おい、もしかして・・・・・・そのスーツケースはその警護代か?」


カケルはアシェルの制止を振り切ってそう聞いた。すると黒崎は首を縦に振り、こう答えた。


「そうだ。そしてこの依頼をまた、カケル君に頼みたいのだ。」


「はぁ!? 俺にガキの世話をしろと!? 何言ってんだお前!?」


「カケルだってガキみたいな性格してんのにその言い方はねぇ・・・・・・」


「うっせえ!うっせえ!お前は黙ってろ!そもそも何で俺なんだよ!?ガキの扱いはアシェルのほうが慣れてるだろーが!」


「それは、君の方が強いからだ。」


「は?」


カケルは思わず聞き返す。黒崎はそれをもお構いなしに話を続ける。


「正直に言って、この事件で大量の負傷を負ってしまったアシェル君にこの依頼を任せるのにはあまりにも頼りないと考えた。」


「えっ」


アシェルも思わず聞き返す。黒崎はそれをもお構いなしに話を続ける。


「ともかくだ。カケル君には裕子の警護を頼んだ。大変な仕事だが君にしかできない仕事だ。報酬はこのスーツケースごと置いていくからこの金は好きに使ってくれ。あ、それと」


黒崎はそう言って二人に一枚のカードを差し出す。


「明日が裕子の退院日だが、あいにく私は出張でマカオに行かなくてはならなくなってしまった。まあ最初の仕事だ。私の代わりに迎えに行ってはくれないか?これは裕子が入院している病院に入るための訪問者カードだ。黒崎グループの病院は頑丈な警備で有名だからな。」


「・・・・・・ちょっとまった! あんたマカオに行くってことは・・・・・・!」


カケルは再び聞き返す。黒崎はこう答えた。


「ああ、そうさ。警護とは言ったが、できれば世話もお願いしたい。まあ、世話といってもあの子は一人で何でもできるがな。念のため使用人も数名つけておく。」


「おい、ちょっと待て!」


「じゃあ、よろしく頼んだぞ。カケル君。」


事務所から出ていく黒崎敏郎をカケルは追いかけるが、玄関前の段差で転んでしおまい、その後の黒崎敏郎の足取りを見失ってしまった。


「どういうことだよ・・・・・・」


カケルは事務所の玄関前で呆然として突っ立っていた。

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