出会いはアガパンサスと共に









季節は6月


じっとりとした湿気をまとい、雨に打たれるアスファルトの道を歩く




入院中の母のお見舞いのため私、涼風凜(すずかぜ りん)は梅雨真っ只中、少し億劫に思いつつも足を進める


傘に当たる雨の音がうるさい





こんなに降るなんて…昨日行っておくべきだったかな。





そんなことを思っていると、ふと小さな店が目に入った


小さいながらもおしゃれで清潔感のある店だ


覗いてみると、そこは花屋のようだった




そういえばお見舞いの品持ってきてないな。ここで買って行くか。




雨宿りがてらその店に入ることにした



木製のドアを開けると、カランカランという音が鳴った




「いらっしゃいませ」




落ち着いていて優しげな声が店に響いた


中には声の主の男性しかいない

おそらくオーナーなのだろう




店には所狭しと様々な花が並んでいる


ぐるりと一周してみるもどれが良いのか頭を悩ませていると




「どのような花をお探しですか?もしかしてどなたかへのプレゼントでしょうか?」




と声をかけられた


私は母のお見舞いのために花束を持って行きたいが、どの花が良いのかわからず迷っていることを伝える


するとその男性は少し考えた後




「少々お待ちください」




と言って数種類の花を選びあっという間に花束を作り上げた


本当に一瞬の出来事で驚いている私




「梅雨の時期も綺麗な花がたくさんあるんですよ。例えばこんな花束とか…」




青を基調とし、白や紫といった爽やかな印象を与える花束に目を奪われた




なんて綺麗なんだろう。




花なんて今まで興味がなかったはずなのに惹かれている自分がいた




「これください!」




勢いよく言ってしまい少し恥ずかしく思っていると




「ありがとうございます。」




と微笑みながら返された


会計を済ませ、ラッピングが終わるのを待っている間声をかけられた




「お母様へのお見舞いが花束、とても素敵ですね。今の時代なかなか花束を持って行く方はいないようなので…花屋としてすごく嬉しいです!」




大きめのリボンをキュッと結び、完成した花束と一輪の花を渡される


頼んだ覚えのない花にはてなマークが浮かぶ




「よかったらこちらはお客様に。僕の感謝の気持ちを込めてお贈りします。」




顔がブワッと赤くなるのを感じた

なにせ男性から花をもらうのは初めてである




「あ、あのっ、ありがとうございます。この花は…」




しどろもどろになりながら何とか声を形にする




「これはアガパンサスという花です。色もすごく鮮やかで梅雨の憂鬱な気分を少しでも取り払えたらいいな、と思いまして。」




そう言って薄紫色の花の説明をしてくれた


もう一度お礼を言おうと思い視線を上げると、一瞬息が止まった




優しく、そして愛おしそうに花を見つめるその表情に心を奪われた



今まで経験したことのない感情に戸惑う




どうしよう…

なんか、ドキドキして顔があげられない




結局うつむいたまま感謝の言葉を述べ店を出た



心臓がうるさく鳴っているのを感じながら病院へ向かう










この時はまだ気がついていなかった

この感情が〝恋〟だということに…











雨粒に濡れたアガパンサスの花が、まるで宝石をまとっているように見えた










《出会いはアガパンサスと共に》




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