展開

「いやあ、まいった。つい癖でな」

 いつも家を出る時にやっていた挨拶らしい。確かにあんな事を細かく人に教えるはずはない。

 理由はどうであれ、美月が幸男の記憶を持っているのは間違いないようだ。

 僕自身、もしかして本当に生まれ変わりなんだろうか、という気がしてきた。

 あれで夫人は信じたかもしれないが、美月は夫人の涙は見ていない。

 その事を教えるべきかどうか迷ったが、せっかく踏ん切りをつけたみたいなのに、余計な事を言ってはややこしい事になるかもしれない、と思いとどまった。


 しかし……、

「これからどうするの?」

「そうだなー。美月に戻るにしても少し気持ちを整理しないとな。美月の事を思い出そうと努力してみるよ。それまでもうしばらくいいかな」

「ご飯代入れてくれるならいいよ」

 というわけで今日はそのまま解散した。


 そして翌日、木下夫人からの連絡を受け、直ぐに美月にも電話する。

「幸男さん、見つかったって!」

「ああー、そう。……そうか。折角だし、葬式も見て行くかな。自分の葬式に参列するなんて、何か変な気分だなあ」

「い、いや。それが……」



 僕と空湖、美月は電車に飛び乗り、病院へと向かった。

 集中治療室の前の窓から中を確認する。

「ああー? オ、オレ?」

 木下夫人が付き添うベッドに寝ているのは中年の男性。あれが、木下幸男。

 遺体が見つかって回収されたのだが、解凍されて意識を取り戻したと言うのだ。

 まだチューブに繋がれ、痛々しい姿だが順調に回復しているそうだ。

 夫人は僕達に気が付くと、中へ入ってという手振りをする。

 僕達は恐る恐るドアを開けて中に入った。


「おや? 誰だいこの子達は」

 かすれた声で幸男が言う。

 それを聞いても夫人は特に驚かない。

 僕達が何者かなんて事は今更どうでもいいのかもしれない。美月が来た事で、幸男が見つかって、戻って来た事は紛れもない事実なんだ。

「やだなあ、おじさん。色々と教えてもらったじゃないですか。まだ記憶が混乱してるんですよ」

 本人に自分は幸男だと名乗るのもどうかと思ったのか、美月は当たり障りのない事を言う。

 僕達がまた適当な話をする間も、夫人は終始穏やかな表情をしていた。




 帰り道、美月は茫然自失としている。

「生まれ変わりでないのなら、オレは一体何なんだ……」

 本当に生まれ変わりなら、幸男が生き返った事で未来が変わって、この美月の中の幸男も変わりそうなものだけど。

「オレは……、ニセ者なのか?」

 まあ、本物でないのは確かだろう。本物は病院にいるわけだし。でもそう言うのはさすがに気の毒な気がした。

「もしかしたら、幸男さんが天寿を全うした後の生まれ変わりなのかもしれないですよ? それが今の危機を救う為に。この先の記憶がないのは完全じゃないからとか」

 僕はいつものクセでフォローしてしまうけど、美月は納得いかないようだ。

「または過去が変わっちゃったけど、パラドックス……パラレルワールドだっけ? 起きてしまった事は変わらなくて、どっちの幸男さんも存在しちゃったとか何とか」

 僕自身にも何を言っているのかよく分からなくなってきた。

「いいんじゃない? コピー人間って事で」

 精一杯のフォローの中、空湖が空気を読まずに言う。

「……それで、これからどうするんですか?」

 なんかいつも同じ事聞いてるな、と思いつつも聞く。

「うーん、まだ何が何だか分からないんだよ。頭の中が整理できるまで、もう少しいいかな」

「ご飯代入れてくれるならいいよ」

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