行動

 僕と空湖は『木下』と書かれた表札の横のチャイムを押す。

 表札の名前には確かに幸男、麗子、サトル、と書かれている。

 美月の言う事を全て信じたわけではない。だが詐欺師にしては若すぎるし、話も無意味に手が込んでいる。

 実際の所はいつもの好奇心で本当の事が気になったんだ。

 美月の言う事はどこまで合っているのか。そこにトリックがあるのならそれを知りたかったし、本当に超常現象ならそれも新しい発見だ。

 ドアが開き、四十代くらいの女性が出てきた。

「あら、サトルのお友達? 今いないんだけど」

「いえ。僕らは前におじさん、幸男さんにお世話になった事があって。その……遭難されたと聞いて、様子を聞きに……」

「……そう。……いいわ、上がってちょうだい」

 付近の電柱から顔だけ出している美月を見ると、「うまくいったな」と親指を立てている。



 ダイニングのテーブルにお茶を出される。

「おじさんの事って、何か分かったんですか?」

 木下夫人、麗子は黙って首を振る。

「それであなた達は、主人とはどういう関係だったの?」

 僕達は顔を見合わせ、打ち合わせ通りの話をする。

 幸男は雪山に単身挑むくらいなので登山家としてはかなり上級者だ。趣味でやってはいるが、よく街で学校の山岳部なんかでボランティアのインストラクターをやったりもした。

 僕達は小学校の自然教室で山登りをやる時に、よく教えてもらったという事にした。

「『登山』が好きで仕事しないから、このままじゃ会社が『倒産』だってよく笑わせてくれましたよ」

 と言うと夫人は少し笑った。

 家でもよく言って白けられたと美月が教えてくれた。

 僕達にはいいおじさんでした、と話すと夫人は微かに涙する。

「ごめんなさいね。さっき変な子が来たもんだから、もしかしたら仲間かもしれないと思ってたから」

「ああ、それは多分友達です。あの子、特別おじさんの事が好きだったから、随分動転してました」

「そうだったの、悪い事したわね」

 それで、今日伺ったのは……と畳まれた紙を取り出す。

「おじさん、最後に教えに来てくれた時に、忘れ物していったんです。それがなんか地図みたいで」

 まあ、と紙を見た夫人は目を見開く。

「これは、確かに主人の字だわ」

 確かに特長のある、ヘタクソな字だ。真似するのも難しい。

 でもこれはさっき美月が書いた物だ。夫人が疑わないなんて……、と内心僕の方が驚く。


 地図は遭難した雪山での登山ルートだ。

 その日、悪天候で急遽ルートを変更したが、結局遭難。

 中継地点の山荘の職員は知っているが、情報が錯綜して変更したルートへ捜索の手が行き届かないんだろうと地図を描きながら美月は言っていた。

「そうね。警察に届けてみるわ」

 なぜ変更したルートが書かれた地図を小学校に忘れるのか、など冷静に考えればおかしいのだが、一縷の望みだって欲しいはずだ。

 しばし偽りの思い出話に花を咲かせると、見つかるといいですねと木下家を後にした。



 外で待っていた美月と合流する。

「これで心残りは無いでしょ。美月さんに戻るのね」

「うーん、でもどうすればいいんだ?」

 成仏できない幽霊じゃあるまいし。


「それともまだ心残りがあるの?」

「息子にも一目会いたいしなあ。何より死体が見つかって安心したい」

「でも何日もかかると思いますよ? 泊まるとこはあるんですか?」

「うーん」

「僕ん家は、事情も説明できない女の子なんて泊められないですよ」

 と言って美月と一緒に空湖を見る。

「……いいよ。泊めるくらいなら」

 確かに空湖のお母さんは気にしないだろう。

「でもご飯ないよ」

 う、そうか。あの家に余分な食糧ないよね。

「じゃあ、晩御飯だけ、うちへおいでよ」

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