そして仮説

 教室の外へ出ると空湖がドアに聴診器のような物を当てている。

 それでウワサの発信元を辿ろうという事か。そんな事で分かるのかな。

 手招きする空湖に近づくとイヤホンの片方を渡される。コードが短いので空湖の顔が近づき、僕の顔が赤くなる。

 しかしドアに二人で張り付いている姿はかなり怪しい。誰も通らないといいけれど。

「自殺だよ自殺。遺書があったらしいぜ」

「宇宙人にいじめられたんじゃないか」

「宇宙人にせんのーされたのよ。飛び降りるように命令されたのよ」

「倉橋の奴も帰ったぜ」

「あいつ、宇宙人に改造されたからな」

「宇宙人もいないぜ。きっと二人して飛び降りた奴の止め刺しに行ったんだよ」

 ある意味授業を受けるより知る事が多い。僕のいない所ではこんな話をしていたのか……。

「ふふ、やあねぇ。わたしとコウ君はそんな仲じゃないのにね」

 今の話で拾う所そこですか?

 自分達の教室では、先程の授業中のウワサ以上の事は分からない。他の教室も調べようとする空湖に、

「時間かかりそうだし、先生に見つかったら面倒な事になるんじゃない?」

 と言うと空湖は少し考え込み、ついて来てと歩き出す。

 ついて行った先は校舎の裏、の更に奥。

 茂みに埋もれるようにしてガラクタが積み上げられている。ゴミ捨て場かな? とも思うけど、ゴミなら片付けられているだろう。

 空湖はガタガタとガラクタを漁り、両手でやっと抱えられるほどの大きさの機械を取り出した。コードが巻きつけられていて何の機械なのかは分からない。

「置いといてよかった。久々にこれを使いましょう」

 と言ってさっさと歩いて行ってしまう。

 僕は訳も分からずに後をついて行く。

 向かった先は……、放送室?

 今は誰もいない。

 空湖は機械を地面に置き、束ねたコードをほどいてあちこちに繋ぎ始める。

 機械には丸いリールが二つ並んで、大昔のテープレコーダーみたいだけどテープはついていない。

 空湖は棚から大きなヘッドホンを持ち出して機械に繋ぐ。

「スピーカーとマイクって構造が同じなのって知ってる?」

「そうなの?」

「発電機とモーターも同じ構造なんだよ。モーターは発明されたんじゃなくて、発電機に電気を流すと回転する事が発見された物なのよ」

 へぇ。僕は電気にはあまり詳しくない。

 そういえば空湖は前に僕に電気を流した事があったっけ? あれも空湖が作った機械だったのかな。

「マイクもスピーカーみたいに繋げば音が出るし、逆の事も起こる」

 空湖が機械をいじるとヘッドホンから砂嵐のようなノイズが発せられた。

「今学校中に取り付けられた放送用のスピーカーが、全部マイクになってる。学校での音をここで全部聞く事ができるわ」

 本当に? ていうかなんでそんな物を作ったんだ? 久々に使う、とか言ってたけど。

 僕はヘッドホンを手に取って耳を近づける。

「ぎゃっ!」

 突然音が大きくなり、目から星が散るような衝撃に襲われた。

「あいたたた。雑音しか聞こえないじゃないか」

 キーンと鳴る耳を押さえて文句を言う。

「スピーカーはマイクほど精度が良くないから、この機械で調整しないといけないのよ。もう少し待って」

 破壊的なノイズが少し収まると、調整中のラジオのように時折意味ありげな音が混ざり始めた。

 何か喋っているようにも聞こえなくもないけど、とても会話として聞けるほどじゃない。

「コウくん、ノートをお願い」

 言われるままにカバンからノートとペンを取り出す。

 空湖はヘッドホンを頭に付けた。頭よりもはるかに大きいヘッドホンは不安定で、まるで大人のヘルメットを被った子供のように、おかしくも少し可愛い。

 僕は少し笑いを堪えてノートを開いた。

 空湖が矢継ぎ早に発する声を拾ってノートに書き留める。

 一年生、二年生、とバラバラに来るので郵便局員の仕分け係のように、あたふたとノートを取った。

 空湖も忙しく機械のダイヤルを回してはスイッチをいじる。

 ヘッドホンからは相変わらずノイズが漏れ聞こえてくるけど、ホントに聞こえてるのかな。

 どうやって教室を聞き分けているのかさっぱり分からないが、空湖は操作に慣れているようだ。

 どのくらい時間が経ったのかも忘れるくらい忙しく書き込む。

 このくらいかと空湖がヘッドホンを外す頃には、僕は汗を掻いてヘトヘトになっていた。

 一息つき、僕達は改めてノートを検証する。

 クラスまでは区別していない。

 下級生は六時限目の授業はないが、掃除やら雑談、クラス会の準備なんかをしているみたいだ。


 一年生。

『あしたもおけいこあったー?』

『あした来られる?』

『わたし帰んなくちゃ』

『ママと買い物行く』

『もう衣装失くさないでよー』

『発表会いやー』

『もとめよー、さらばあたえられん』

『僕だってパンツにしてやるぞ』

『うちゅーじんぼくめつうんどー』


 二年生。

『せんせーさよーならー。みなさんさよーならー』

『オレしょーにびょー』

『早くにげよーぜー。自殺させられんぞー』

『うちゅーじん自殺したん?』

『オレらも去年クラス会やったなー』

『めんどくせーよなー』


 三年生。

『宇宙人のワナ掘らないとー』

『自殺でこんなトコから飛び降りれねーなー』

『五年っていしょって漢字習うん?』

『これで宇宙人も終わりだろー』

『お前自殺してー』

『宇宙人こわいねー』


 四年生。

『校庭で遊んでたらいきなり人が降ってくるんだもん』

『ホントびっくりしたよね』

『五年生の人自殺だって』

『遺書ってどんな事書くの?』

『誰かに突き落とされたんだよ。遺書は犯人が書いたんだよ』

『遺書っていっしんじょーのつごーとか言うヤツだろ』


 五年生。

 問題の二階堂さんの学級だ。

『郁子ちゃん大丈夫かな』

『自殺なんて……』

『遺書まで書いて』

『宇宙人にムリヤリ遺書書かされたって話だぜ』

『一体誰にいじめられてたんだろ』

『そんなの宇宙人に決まってるでしょ』

『いや、いじめじゃなくて、宇宙人の学校にいるのがいやになったんだよ』

『大人しいから、きっと脅されてたんだ』


 六年生。

 僕達の学級だ。

 特に改めて取り立てるような内容はない。


 カブっているものや似たような内容はまとめて更に絞った。

 空湖に対する中傷がほとんどなので、統合するとかなり減った。

 改めてみると学校中、空湖のウワサでもちきりなんだ。

 二階堂さんも、大人しそうな話しか出ていない。どちらかというといじめの対象になってもおかしくなさそうだけれど、加害者として挙がるのは空湖だけだ。

 もちろん空湖はそんな事しないし、心配する声が多い所を見ても本当にいじめの事実はないようだ。

 この学校に来て浅いけど、今まで見て回った感じからしても、みんな仲がいい。

 あまり誰かが誰かをいじめているという話も聞かないし、素振りもない。

 亡くなったいじめっ子三人組も、他の子をいじめていたのというのは聞かない。

 もしかしたら空湖の存在が、この学校のいじめを無くしているのではないだろうか。

 いじめられっ子がいなくなった途端、次の子がターゲットになるなんて話も聞いた事がある。

 みんな空湖を吐け口にする事で、心の平穏を保っているんじゃ……。

 それは酷い話だけど、当の空湖が全く気にしていないんだ。

「よかった。いじめの線は薄い様ね」

「そうだね」

 素直に同意するのはどうかと思うけど、今は二階堂さんの事に集中しないと。

「でも、自殺の原因がいじめだけとも限らないし。家庭の事情かも」

「そうね。そうだとしたら私達にはどうにもできないけど、遺書の話があるんなら、それも分かるんじゃないかしら」

「そうだね。内容について触れてる物もあるけれど……」


『宇宙人に殺されるって書いてたそうだぜ』

『実験台にされるのに耐えられなくなったって』

『なんかだんだん自分が自分じゃなくなっていって』

『わたしが死んだら宇宙人のせいだって書き残してたって』


 さっき割愛した僕達のクラスのばっかりだ。

 空湖の事しか出てないから根も葉もない話だろう。

「という事は誰も現物を見ていないって事じゃ……」

「そうね。でも何もない所からウワサは出ないんじゃないかしら」

 火のない所になんとやらってやつね。

「先生がすぐに持って行ったから中身までは見られなかったって事かな。それを誰かが目撃して……。そこからウワサが広がったのかな。なら遺書って言葉が一番多く出てくる上級生? 僕達の学級か、五年生。二階堂さんのクラスか」

「誰か遺書を見た人はいる?」

「いや……、いないんじゃないかな。あ、そうか! どのクラスも遺書が『見つかったらしい』とは言ってるけど『見つけた』『見た』って言う人はいないんだ」

 そう、これはウワサなんだ。

 ウワサっていうのは尾ひれが付くもの。この場合、尾ひれが付いた結果が『遺書』なんだ。

「という事は、逆に『遺書』という言葉が一番でない所がその元である可能性が……」

「下級生ね。その元になったものって?」

 一番近い言葉なら……。


『衣装』


 一年生はクラス会の練習をしている。

 昼休みから衣装の事を話していたとしてもおかしくない。

 小さな子がたどたどしく「いしょー」と言っていたのを誰かが聞き、遺書と勘違いしたとしてもおかしくない。

 そしてウワサだけが大きくなった。

「だとしたら。二階堂さんはどうして用具室に行ったのかしら?」

 そうだ。まだその謎が残っている。

 どちらにせよ、これ以上放送室にいても得るものはなさそうだ、という事で機械を取り外して裏庭へ出て元の場所にしまう。

 ガラクタ置き場には他にも色々な機械が置いてあるけど、全部空湖が作った物なのかな?

 校舎の方へさっさと歩いて行く空湖の後を、顎に手を当てて思案しながらついていく。

 校舎の壁の近くで立ち止まった空湖に、どうしたんだろうと顔を上げると、

「ぶわっ!」

 突然水が降ってきた。眼鏡に水滴がついて視界が歪む。

 レンズを軽く拭いて空湖を見ると、直撃したのは彼女のようだ。近くにいた僕はその巻き添えか。でもかなり濡れてしまった。

「お風呂代節約」

「また風邪ひいたらどうするの。ていうか何があったの?」

 誰か上から水を撒いたのか?

 眼鏡を上げて上を見る。二階の窓が開いている。確かトイレのはずだ。誰かがあそこから? あの辺は三年生か四年生かな?

「授業終わって掃除してるなら下級生のはずだ。掃除当番調べれば、犯人はすぐ分かるぞ」

「あそこの掃除は四年生よ。まだ授業中」

 え? なら誰が?

「こんな所でもミステリーが……」

「何言ってんの? 一回の窓も開いてるじゃない」

 え? と横を見ると確かに開いている。

 地面が少し掘り下げられているから、身を乗り出すようにして覗き込むと、窓の下に小さな男の子が二人隠れていた。

 わっ、と駆け出す子供達に注意しようとするが、きゃっきゃとはしゃぎながらあっという間に逃げ去ってしまう。

「走るとあぶないよー」

 呑気な声で見送る空湖にやや呆れるが、ふとした考えが頭をよぎる。

「二階の窓が開いてたから、二階からだと思ったけど。そんな事はないんだ」

 二階堂さんも、三階から落ちたとは限らないのかもしれない。

 でも二階の窓は閉まっていたし、普通の教室だから生徒もたくさんいたはずなんだ。

 一階の窓から飛び出したのだとしたらケガが大きすぎる。

 もしかしたら、落ちたと思っていたのがそもそもの間違いだったとしたら……、とぶつぶつと独り言のように呟く。

「落ちてきたのを目撃した人はいたよ」

 そうか。ならそこに間違いはないか。

 なら、答えはもう一つしかない。

 ただ、何のためにそんな事をしたのかが分からないけど。

 空湖を見ると、例のにたぁ~っとした笑いを向けている。空湖にも分かっているらしい。

「空ちゃん、確かめたい事があるんだけど……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る