一日前

「えーと。じゃあ君の席は……あの、後ろの席」

 眼鏡を上げて先生の指す窓際の後の方を見る。

 しかし一番端っこには先客がいる。ショートカットの女の子だがその前と隣は空席だ。先生はその子の隣を指したようだ。

 男女ごとに分けられた列の間を抜け、席に向かう。


 席に着き、左右の子に挨拶するように顔を向ける。

 右隣の子はこっちを見ていない。女の子だし、仕方ないか。

 左隣のショートカットの子は僕を見ると「にぱっ」と歯を見せて笑った。こっちの子は愛想がいいが、笑顔から見える歯は右側の八重歯がない。

 ショートの髪はぼさぼさ、いかにも自分で切ったという感じだ。だらしなく着た制服はボタンが掛け違えられて片方の肩が見えている。目が半開きで、顔や腕に擦り傷がある。


「私、水無月みなづき空湖そらこ。名前が瑞々みずみずしいってよく言われるの」

「はあ、倉橋くらはしたかしです。よろしく」

 よく分からない自己紹介をされたので今しがた先生に紹介され、黒板にも書いてある名前を改めて言ってしまう。

 前を見ると教室の皆が一様にこっちを見ていて、僕の視線に気づくと一斉に前を向いた。

 なんだろうこのあからさまな「うわあ、あいつと口利いちゃったよ」みたいな反応は。


 改めて空湖と名乗った女の子の方を見るとボロボロの机の上には、牛乳瓶に入った萎れた花が置いてある。

 隅っこで、前と隣の席が空いている事と言い、これはいわゆるいじめられっ子というやつではないのか。


 転校早々にクラスのいじめられっ子と仲良くなってしまった為に一緒にいじめられるようになった、なんて話を聞いた事がある。もしかして、これはその類のものか?

 皆の反応からするとそういう気がしてならない、が休み時間になっても空湖は馴れ馴れしく話しかけてくる事はなかった。

 その代わり、クラスの皆も話しかけてこないが……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る