第8話 皆が怖がる動く鉄

 エリザからベルジェが受けた実験の話を聞き、ククリマとアーシーが顔を青くした。

「……本当なの?」

 尋ねたククリマに、エリザは首肯する。

「ああ、なんて恐ろしい!そんな、そんな事を魔王はしているのですか……!」

 アーシーが震える声を上げ、その所業に驚きを隠せないでいた。

 しかしこの場で、全く動じた様子を見せない者がいた。

「やっぱりか」

 荒也が渋面ながら、腑に落ちた様子でそう呟く。

 これを聞きつけたエリザ達が、ぎょっとした顔で荒也を見た。

「アンタ、知ってたの!?」

「いや。だが、十中八九そうだろうなと思ってた。俺のいた世界では、医者がやってる事なんだ」

「お医者さんが?」

 ククリマの疑問に、荒也は首肯する。

「目的は、まあ色々だ。健康はあまり関係ない。顔の傷を塞ぐとか、顔の気に入らない部分を直したいだとか、犯罪者だったら別人になりすますとかだな。……こっちの世界だと、それだけじゃすまないみたいだな」

 荒也は足元に転がるベルジェを見下ろした。

 整形によって持ち得るはずのない力を得た男は今、両手足を縛られて四人の足元に転がっている。

 彼はすでに意識を取り戻しており、無力化されている自分の有様に憤慨するように、ふん、と鼻を鳴らした。

 荒也は彼と向き合おうとしゃがみ、尋ねる。

「アンタはいわゆる慣らしらしいが、実験隊とやらには他にどんな顔の奴がいるんだ?」

 これに、ベルジェは面白くなさそうな顔をする。

「……言うと思ってるんですか?」

 荒也は無言で右手を軽く上げ、ものをつまむように親指と人差し指とを近づけてみせた。

 一瞬だけバチィッ、と強い音と光が、指と指との間に走る。

 ベルジェは間近で見せられた電光に強く目を閉じた後、薄く目を開いて荒也を見た。

「……冗談ですよ。おお怖い」

 小ばかにしたような口ぶりだったが、口元に残る引きつりを隠せていなかった。

「知ってる事を話してもらうぞ。話すんだったら……」

 そこまで言うと、荒也は途端に歯切れが悪くなった。

 言葉に迷った後、彼はちらりと背後のエリザに目をやる。

「……話したら、解放すんの?」

「そんな訳ないでしょ。解放なんかしたら、また私達を襲うかもしれないじゃない」

 エリザの言う事に「まぁな」と頷く荒也だったが、彼女の言わんとする事に従う気も湧かなかった。

「つっても、無用な殺しは嫌だぞ俺」

「ですが、無罪放免とはいきませんよ」

 アーシーがそう言って、自分達の後ろにそびえる塔の様子を見やった。

 ベルジェがモーバの力によって作り上げた緑の塔は、今や枯草の色となって力なく傾いでいた。

 塔を形作っていたのは、魔法によって変異させられた植物だ。

 植物ゆえに、巨体を維持するために多量に水を吸い上げる必要がある。

 しかし今や、ベルジェが魔法を解いたために草木は変化を止め、水路や水田から多量の水を吸い上げる力を失ったために急速に枯れてしまったのだった。

 密に重なり合っていた蔓の壁は、今や隙間だらけの乾いたわらの束になり果てていた。

 村の住民達が集まって、枯れた塔を遠巻きに見ている。

 塔を形作っていた植物には、雑草や木々はもちろん、水田に植えられていた稲も多分に含まれていた。

「言うまでもないですが、田畑は村の生命線であり、財源でもあります。我々の争いが村の方々に多大な損失を与えてしまっていますから、これはもう私達も無関係ではいられませんよ」

 アーシーの言葉こそ、荒也達が未だ塔の残骸から離れられないでいる理由だった。

 良心が痛む、というのも多分にあるが、ヒジャの勇者がナバンの山村に大きな損失を与えた、という風評が広まれば両国の関係の悪化にもつながりかねない。

 ジルトールという大国に睨まれている状況下で、それは避けなくてはならない事態である。

「じゃあ、もうここの村長を待つしかないんだな。で、分かってもらえればこいつの処遇は村に任すって事か」

「そうなりますね。早く話がつけば、予定通りジルトールに着けるのですが……」

 アーシーが浮かない顔になって自分達の今いる道の先を目で追う。

 そこはまさに、ジルトールのある方角だった。

 荒也も、視線を追って同じ方向を見る。

 荒也には未だ見えぬ敵国の影が、今まで以上に得体のしれない存在として強いプレッシャーを与えてくるようにも感じられた。

 鉄の蠅と呼ばれるヘリや、整形によるオモカゲ様を利用した人体改造。

 それを指示する者こそ、他国から魔王と呼ばれる存在なのだ。

 荒也は再びベルジェを見据え、尋ねる。

「ジルトールには、他に何かあるのか?ヘリ、じゃなかった、鉄の蠅とか、実験隊とかいう整形集団とか、それ以外だ」

 再び電光を起こそうと、二本の指を近づける。

 それだけで、すぐにベルジェは口を開いた。

「生憎と、知ってる事はそう多くありませんよ。ただ今後、あなた方には私のような実験隊の者に今後出会う機会もあるでしょう。……言っては何ですが、化け物ばかりですよ」

「お前自分を棚に上げて……」

「いいえ、真実です。実験隊の中で、人間の顔は私だけです」

 その一言で、荒也達四人の間に緊張が走った。

「……確か、なのか?」

「ええ。我らが王も、恐ろしい事をなさる。……もしも彼等に会ったなら、ほんの少しの同情を願いますよ。最も、彼等は殺す気で来るでしょうがね」

 ベルジェはふふふ、と自嘲気味に笑った。

 荒也達は言葉もなかった。

「そうそう、竜にはお気をつけなさい。特にそこの聖女様」

 アーシーが直接話を振られ、肩を震わせた。

「……な、何でしょう?」

「あなたの先人、聖女リリエンヌの伝説には竜を鎮めた話がありますが、我々ジルトールの竜に同じ事が通用するとは思わない事です。……これ以上の忠告はしませんよ」

 それだけ言って、ベルジェは黙りこくった。

 荒也達にはベルジェの言葉がただの脅しとは思えず、沈黙を持て余す。

 その時、塔を囲んで見ていた住民達の中から、小さなどよめきが起こった。

 荒也達がそちらを見ると、杖を突きながら歩く一人の老人の姿があった。

 近くにいた農夫の数人が、数歩下がって道を譲る。

 その老人が村の長老と見て、荒也は立ち上がり、四人で彼に向き直った。

「……初めまして。ご迷惑をおかけします」

 アーシーがそう言い、四人全員で揃って頭を下げる。

 老人も軽く会釈を返し、口を開いた。

「どうも。まずは、聖女様と同じ顔の方と出会えた事を光栄に思います」

 礼儀正しいその言葉に、アーシーが再度深く頭を下げる。

 老人は四人の足元に転がるベルジェを一瞥し、こう尋ねた。

「事情がお有りのようですね。その方と、何があったのかを話していただけますかな」


 村で起こした出来事とそのいきさつを一通り説明された後、そうですか、と老人は呟いた。

「ジルトールの刺客に襲われ、返り討ちに……。それはそれは、大変でしたなぁ」

 同情的なその反応に、荒也達は固唾を呑む。

 彼らにとって、問題はここからだ

「……あなた方はヒジャの人間で、そちらの方はジルトール。……うぅむ」

 老人は視線を下げて考え込んだ後、静かに続けた。

「我々はナバンの人間です。当然ながら、ジルトールとは波風を立てたくない、というのが本音です。ですが、この方がこの村に与えた損失は大きい」

 ベルジェを見ながらそこまで言うと、老人は顔を上げ、アーシーをじっと見た。

「……お急ぎの旅のようです。この方は村で預かり、あなた方については、一つ問題を解決してくだされば不問としましょう」

 荒也達四人の表情が明るくなった。

「あ、ありがとうございます!あの、それでどんな問題を……?」

 アーシーが尋ねると、老人は視線を村から離れた森の方へと向けた。

 ジルトールのある方向からは、右に外れた方向だ。

「あなた方のいざこざで、村を流れる水が大きく減ってしまいました。川上にある貯水池の水が、あの草の塔に吸い上げられてしまったのです。これから日照りの季節が続く時期に、これは村にとって致命的です。となれば、他の場所から水を引く必要があります」

 老人の言う通り、塔の根本に接する水田の水は干上がっており、粘土質なその土壌に網のように無数のヒビが走っていた。

 土の表面の色が変わり、パリパリに乾いている部分も見受けられる。

 水路の水も目に見えて減っており、少量の水がちょろちょろという頼りない音を立てて流れていた。

 魔法を免れていた苗はいずれも青く、まだ成長の余地を残している。

 穂をつけるのは、まだまだ先だ。

 老人は荒也達に向き直ると、わずかに目を細めた。

「あそこに、湖があります。この一帯では、川以外に水の当てはありません」

 これを聞いて、アーシー達女性陣の顔に緊張が走った。

 ただ一人、荒也だけは「なるほど」と呑気な反応を返した。

「湖から水を水路に流せばいいんですね。つまり、新しく水路を引けって事ですか……」

「いえ、それはすでにあります。少し前から水の流れを絶っております故、その原因を排除してくれればよいのです」

「あ、そうですか?となると、何をすれば……」

 そこまで言って、荒也は気付いた。

「……ん?湖って、確か」

 荒也ははっとし、老人を見る。

 老人は動じた様子もなく、当たり前のようにこう言った。

「ええ、います。……あなた方には、湖に住まう竜を退治して欲しいのです」

 その声に、反論を許す響きはなかった。


 湖に至る道は、かつて牛馬が行き来してできた轍によって均されたものとなっていた。

 歩きやすいその道を進み、湖を目指す四人の足取りは、重い。

 彼らには道を挟む森の影が、歩みを進めるにつれて濃くなるようにすら思えていた。

 見晴らしのいい草原に囲まれている四人だが、気分は晴れやかではない。

「竜、かよ……。まさか直接出向く羽目になるとは」

 荒也が本心を吐露すると、隣を歩くククリマも浮かない顔で同意した。

「うん。てっきり、ずーっと道を選んで避けて進むんだと思ってたもんね……」

「ホントそれだよ。電撃って効くのかな……?」

 荒也が右の手のひらをじっと見る。

 竜が話に聞くような巨体の持ち主なら、今まで通りの電撃が有効に働くとは彼には思えなかった。

 そもそも、どれだけの電圧や電流が出せるのか、測る手段がない。

「そうだ、ライエルとか、他の勇者代理は竜と戦ってたりすんのかな?」

 彼が隣にいるアーシーに尋ねると、彼女は静かに首を振った。

「……分かりません。少なくとも、そういった話はヒジャには伝わってはいません」

「あー……。あ、魔法!竜を倒す魔法はないのか?」

 荒也は顔を明るくしてククリマを見た。

 期待を向けられた彼女の表情がこわばるのを見て、荒也は自分の失態に気付く。

「……すまん。無理をさせるつもりはないんだ」

 平手を立てて謝る荒也に、ククリマは慌てたように両手を振った。

「あ、大丈夫大丈夫!怖いけど、もう隠れたりはしないよ、うん!……竜を倒す魔法は、思いつかないけど」

 そうか、と荒也は頷き、彼女に気を害した様子がない事に胸をなでおろす。

「まぁ、無いなら無いで仕方ないか。いざとなったら逃げ……」

「られはしないでしょ」

 そう言ったのはエリザで、例によって三人より後ろを歩いていた。

 荒也が彼女の方を見る。

「竜があの湖に居座る限り、私達に悪評がついて回る事になるのよ。四人揃って有名人の顔なんだから、嫌でも目立つし」

「それだよなぁ……」

 歩きながら悩む事しばし。

 やがて荒也は、ぽつりとこうこぼした。

「……俺は見た事ないけどさ、でかくて火を吐くんだよな?」

 これに答えたのは、エリザだった。

「……ええ。伝承通りにね。それと、残念だけど、私やアンタ、ククリマちゃんの先人に竜を倒した話はないの。時代が合わないから、会った事もない」

「じゃあ、あてになりそうなのはアーシーさんだけか……」

 三人の視線がアーシーに集まり、その当人は固く閉じた口の端をこわばらせた。

 過度な期待に緊張しているのは明らかで、荒也がすぐに話題を変える。

「でもあいつ、気になる事言ってたな」

「あいつ?」

 首を捻るククリマに、荒也は視線を落とした。

「ベルジェだよ。あの整形ドルイド。ジルトールの竜に聖女の伝承が通じないとか何とか……」

 そう言われて、アーシーが口を開いた。

「聖女の法力は、相手が生き物であれば必ず通用します。伝承でも、リリエンヌは竜を下していますから問題はないはずですが……」

「脅かしただけじゃないの?」

 背後からのエリザの問いに、荒也は同意できず首を捻った。

「いや、どうも俺には引っかかるんだ。あいつ、竜に対して妙に自信を持ってた。どうあがいても自分の敵になる訳ない、とでも言いたそうな……」

 これに対し、答えとなり得る可能性を挙げる者はいなかった。

 荒也にも思い浮かばなかったため、彼も黙って足を運ぶ他なかった。

 やがてぽつりと彼は呟く。、

「……竜って、人が倒せるのか?」

 その質問に、三人はすぐには答えなかった。

 彼女等に差し出せた答えは、沈黙でしか言い表せないものだった。

 何をどれだけ考えても、不安を呼ぶようで、荒也は考えを切り上げた。

「考えても仕方ない、か。まずは遠くから見て、それからどうするか決めよう」

 現状でこれ以上ない建設的な案に、三人は顔を上げ、黙って頷いた。

 やがて彼らの前方に広がる森の向こうに、不自然なものが見え始めた。

 小さな山を思わせる鈍色のそれは、森の木々を超えるほど高く、陽光を受けて控えめな光沢を放っている。

 それがかえってその山の大きさを強調しており、荒也達はすぐに足を止めた。

 湖があるという森まで、荒也の目算でおおよそ一キロはある。

 湖までの道を阻むように、それは森の中に横たわっていた。

「……不自然だな」

 光る山を見て、荒也が呟く。

「ええ。……竜の背、でしょうか」

 アーシーの推測に、荒也は納得し頷く。

 道の先や木々の狭間から、やはり鈍色の巨体を覗き見る事ができる。

「だろうな。これだけ離れて見えるって事は、やっぱりでかいんだな。今は寝てる、のか……?」

 荒也が様子を見ようと身を前に乗り出すが、頭や尾と思わしきものは見当たらない。

 どちらも森の木々の陰で地に伏していると見るのが妥当な様だった。

「……あれ?」

 そう呟いたのは、エリザだった。

「どした?」

「なんかあの竜、変……?」

 エリザは抱いた疑問の答えを見出そうとするように、なおも遠方に見える鈍色の山に目を凝らす。

「気配が全然ない……。息も、して、ない……?」

「え、あれ死んでるって事か?」

 荒也がエリザと山とを交互に見やる。

「分かんない……。なんなのあれ」

 彼女自身、未だに自分の感じたものを信じ切れずにいるようである。

 三人は彼女の抱く疑問が理解できないでいたが、これを気のせいだと一蹴する気もなかった。

 高名な弓手であった早撃ちのシャシャは、類い稀な視力を持っている。

 同じ顔のエリザも、当然ながらオモカゲ様によって同じ視力を与えられている。

 荒也達四人の中で誰よりも目のいい彼女が感じた違和感とあれば、三人には無下にできなかった。

「本当に、全く動いてないの。寝息も、立ててないみたい……」

「肩が上下してないってことですか?」

 アーシーの確認に、エリザは頷く。

「う、うん。肩っていうか、背中?を見てたんだけど、ちっとも動いてないの」

「どういう事だ……?」

 荒也は疑問がまるで解決できず、よく見ようとフードを脱ぎ、前へ数歩走り出た。

「ちょ、ちょっと、代理さん?」

 ククリマが荒也を呼び止めるが、彼は彼女等三人の手の届かない範囲まで出て竜と思しき山を見上げた。

 若干ながら近づいたおかげで、山をより鮮明に見る事ができた。道の起伏によって、見る角度も変わる。

 つるりとした表面は、今も陽光を受けて変わらぬ光沢を放っている。

「……ん?」

 彼は見えたものに疑問を抱いた。

 竜、とは全身が鱗に覆われた生き物だという先入観が彼にはあった。

 ならば見る方向を変えれば、光の反射は鱗の細かい起伏によって毛羽立つようなものに変わるはずである。

 しかし、この山の表面はつるりとしたものである。

 恐る恐る後ろからやってきた三人に、荒也は尋ねる。

「……俺の知ってる竜って、でかいトカゲみたいなモンなんだけどさ。こっちもそうなの?」

「えぇ?当たり前じゃない」

 エリザが呆れた顔でそう言うと、荒也はむっとした顔で山を指し示した。

「あれ、鱗ねーぞ」

「え?……あ。本当だ」

 改めて目を凝らして見たエリザが、指摘通りなのに気付いて驚く。

「鎧を着込んでるんでしょうか?」

「竜が?そんな事ってあるの?」

 アーシーとククリマが推測を議論する横で、荒也があ、と声を上げた。

 彼が一つの結論に行きついたと見て、エリザが尋ねる。

「どうしたの?」

「いや、まさかな。いやいや、だとしたら合点がいく点が多いぞ」

「だからどうしたってのよ?見当がついたの?」

 荒也が山をじっと見る。

「……確か、竜は二か月おきに動くんだったっけ?」

「ええ、そうよ。二か月おきに目覚めては火を噴いて暴れて、全身から煙を吹きだすと湖に帰っていくの」

「全身から、煙、ねぇ……」

 荒也は引きつった顔になって山を見る目を細めた。

 出来の悪いジョークを聞かされたようなその表情に、エリザは怪訝な顔になって尋ねる。

「ねえ、どうしたのよ?あれがどんな竜なのか、知ってるの?」

 エリザは不安を覚えて荒也に詰め寄った。

 鼻先が触れ合うほどの距離に、荒也がひるむ。

「近い近い、なんでそう熱心に聞くんだよ」

「だってアンタ、変な事に詳しいじゃない」

 あまりの言いぐさに荒也は眉をひそめるが、今度はやり取りを聞きつけたククリマが彼に詰め寄って来た。

「そうだ、代理さんなら何か分かるんでしょ?教えてよ」

「いや、でもまだ憶測……」

「私達よりは分かるはずです。知ってる事を話してください」

 アーシーにまで迫られ、荒也は三人に対する返答に困り果てた。

「いや、あの……」

 前方に見える竜について、荒也には思い当たるものがあった。

 しかしそれは、荒也の元いた世界にも実在しないものだ。

 言った所で、三人に通じるとは思えず、それについてどう説明するべきか言葉に迷っていたのである。

 しかし彼の迷いや彼女等の質問は、一つの音によって唐突に打ち切られた。

 シュウウゥゥゥー……

 呼気のような、長い、気体を吹き出す音が辺りに響いた。

 四人がほぼ同時に音の方を見やり、それが鈍色の山から上がったものだと気づく。

 今や山のいたる箇所、森に隠れた部分から、幾筋もの白い湯気が吹き上がっていた。

 シュー……、シュウウゥゥ……

 再び音が上がる。

 音に合わせ、白いものがその濃度を増し、高さを増しながら辺りに広がっていく。

 間隔のばらけたその音の連続は、何度も上がるにつれ次第に規則性を増していく。

 何度目かの音の後。

 ガコン。

 重く、固いものが何かを噛むような音が上がり、山が揺れた。

 そして山がその頂を持ち上げ、高さを増した。

 それまで森の影で見えなかった部分が、露わになる。

 鈍色の表面にいくつも走る、直線的な切れ目。

 その狭間から見える、蛇腹状の構造物。

 脇腹に当たる位置には、何本もの煙突に似た突起物が生えており、今もなお白い蒸気を昇らせている。

 山を持ち上げる、四本の足。

 その長さは森の木々を超えるほどであり、実に十五メートルはあるだろう。

 胴は、それよりさらに長い。

 長い首が持ち上がり、その先についている顔を見て、荒也は呟く。

「やっぱり……」

 そこには、彼のおおよそ思った通りのものがあった。

 正確に言えば、彼が思っているよりもシンプルな形をしていた。

 目を表す、一対の丸いライト。

 大きなペンチをそのまま見立てたような、四角く長い顔。

 なるほど、竜と形容されるに十分な顔だ、と彼は思いながらも、彼はこう言わずにいられなかった。

「ロボじゃねーか!!」

 竜に似たその人工物は長い尾を波打たせ、顎を開いてゴオォ、と吠えた。


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