活字世界の異世界日記~出生先はウェブ小説~

いずくかける

1話目 テンプレートは許されない

「はい!」


 俺こと、『物語ものがたりすすむ』は手を挙げた。

 目の前の男が今しがた語った内容が、からまで、からまで、からまで、つまるところ理解出来なかったからだ。


 「はい。すすむ君」


 俺の向かいに座る男。中肉中背、髪は黒髪短髪。服装はなぜか作務衣。煙草をふかすどぉう見ても彼女の出来無さそうな面持ちの『神』を自称する男は、まるで学校の教師の様に手を挙げた俺を名指しした。


「もう一度最初から説明して頂きたい!」

「ふうむ、なるほど。……確かに私は質問しろと口にしたが……思いの外理解力がないな。私の設定では君は中学生との事だったが……。まあいい、高校生に変更するとしよう」


 皆も聞いただろ? 俺はたった今確かに言ったはずだ。話が全く理解できないと。

 それなのにこの神を名乗る中年は更に俺の頭を混乱させてきた。俺の理解力が無いのか、はたまたこの男が説明下手なのか。とりあえず言えるのは話が一向に見えてこないって事だ。


「わかるように説明してくれ、あんたは一体誰なんだ?」


 神を名乗る男は頭をガシガシ掻きながら肺に含んだ煙を一気に空高く噴き出す。

 自由を得た煙は天を目指して昇ってはうっすらと消えていった。


「仕方ない。だが、まあいいだろう。読み始めた読者への紹介の意味合いも兼ねる。理解力のない君の為にまずはもう一度私の説明をしておこう」


 読み始めた読者とは一体誰なのか。俺の頭は既にショート寸前だ。この男が俺と意思疎通を図る意思があるかすら疑いたくなってくる。


「私の名はいずく、いずくかけると申す者だ。直近話した通り、この世界の神であり、君の生みの親でもある。更には、もう一人の君でもあるわけだ」

「はい!」


 俺は手を挙げる。


「はい。すすむ君」


 『いずくかける』と名乗る中年は、まるで学校の教師の様に手を挙げた俺を名指しした。


「もう一度最初から説明して頂きたい!」


 いずくと名乗る男は俺の言葉を聞き「はぁ~っ」っと大きくため息をついて見せた。あからさまに嫌そうな態度に良い気はしない。


「どうやら君には口で説明しても無駄なようだ。……ならば良い。わかりやすく教えてやる。君は一体誰だ? 話してみなさい」


 何もわからないまま今度は俺に自己紹介させるときたもんだ。だが、俺だっていつまでもこんな所に居たかない。この辛気臭い面を見ているのも少々飽きている。ここは大人しく自己紹介とやらをしてみる事にする。


「俺の名前は物語すすむ。中肉中背で髪は黒髪短髪。年は16歳の高校生で服装は詰襟の学生服。趣味はWeb小説で異世界物をを読む事」

「……そうだな。では問おう。君の両親の名は何と言う?」


 両親? そんな事を聞き出して何の意味があるのか。意図はわからないままだが、知りたいならば答えてやる。


「俺の父親は物語―― 、……あれ?」

「君の血液型は? 生年月日は? 高校生と言ったが一体君はどこの学校に通っている?」

「俺の血液型は―― 、生年月日は―― 、学校は!!」


 ……なぜだ。思い出せない。普通に生活をしていたならばまず忘れない情報。自分の生きている証。それがなぜか何一つ思い出せない。いや、思い出せないんじゃない!


「その通り。……君は知らないのだ。いや、知らないんじゃない。それはまだ設定されていない情報。知らないのではなく確定してすらいないのだ」

「確定していない? 設定? ますます言っている事の意味がわからねえよ。突拍子が無さすぎる」


 男は「ふっふっふ」と小刻みに笑い、手に持っていた煙草を灰皿へと押し付けた。


 ……あれ? さっきまで灰皿なんてあったっけ?


 と言うより、そう言えばここはどこなんだ!?


「ここは桶狭間。時代は戦国時代さ」


 桶狭間?

 俺が周りを見渡すと、そこには馬に乗った武者が平野を駆けまわっている姿があった。かの有名な桶狭間の戦いだろうか? いや、そんな筈はない。今迄確かに平成の世にいたはずなのだから。


「そうさ、ここは桶狭間でも、戦国時代でもない。時代は白亜紀。恐竜が大地を支配していた時代さ」


 周りを見渡すと巨大な恐竜が歩いている。多分あれはティラノサウルスと言う奴じゃないだろうか。何かを探しているのか辺りを見渡してこっちを見て歩いて近づいて走って速度が速くて口を開けて――って!!


「うわあああああああ!!!」

「いや、ここはレクイエム。無法者達の吹き溜まりだ」


 俺が辺りを見渡すと廃ビルが立ち並んでいる。どうやらここは巨大刑務所、レクイエムの様だって――


「もういい!! 一体どれが正解なんだ!?」


 男が笑うと、俺達はまた元居た場所に戻る。辺りには何もなかった。さっきまであったはずの灰皿さえ……。

 俺の慌てふためく様に満足したように男は作務衣のポケットから煙草を取り出し、口に加えると再び火をつけだした。

 「フゥーッ」と煙を吐いた後、男はにやりと笑いながら語りだす。


「どれも正解さ。ここは戦国時代でも、白亜紀でも、SFの世界でもある。わかりやすく言うと現実と非なるところ、さ」

「異世界!?」

「ああ、君の趣味は異世界小説を読むことだろう? つまるところはその世界さ」


 ここが異世界だって!? って事はつまり――


「俺はトラックにはねられて死んだのか!?」

「わかってきたようだな。だが少し違う。君の知る異世界小説は現実から異世界への転移、あるいは転生をしての開幕だろう? しかし、君はここで生まれた。故に異世界だ」


 異世界出生!? ここで生まれたって事は――つまりどうゆう事だってばよ。


「私は作者。物語を書く者。君は主人公。物語を進める者。君にとって私は神。この世界にとって私は神。君、『物語すすむ』と言うキャラクターは私の夢を叶える為に生まれた。いや、私が作り上げた一人の高校生だ。さあ、では早速! 異世界への冒険に出発だ!!」

「出発だ!! ――って、まだ聞きたい事は山ほどあるぞ!!」


 この男、あからさまにめんどくさそうな顔をしやがる。俺は異世界小説が好きだ。異世界へ行く事には不満はない。だが、その前にテンプレートと言う物があるだろう。


「ふむ。なんだね。この期に及んで聞きたい事とは?」

「普通異世界物って言ったら主人公が最初にチート能力を与えられるもんだろう? 俺には……何か無いのかよ!?」


 俺の疑問は至極全うだったはずだ。だがこの男。妙に不思議そうな顔をした上に首を傾げる始末。まさか――


「あんた……、異世界小説を読んだ事があるのか!?」

「いや、恥ずかしながら殆ど無い」

「なんでだよ!! 異世界小説を書きたいなら少しは勉強しろよ!!」

「人間には向き不向き。好みと不得意があるものだ。つまるところ私はあまり異世界物を好まぬ。だってなんかどれもこれも似たり寄ったりじゃん? アニメ化されたら見るくらいで丁度いいかなって」

「いいか!? 異世界物ってのはある種の現実逃避なんだよ!! 現実に納得がいかないから現実とは離れた所でチート能力や現代の科学で俺TUEEEしたり可愛い女の子に囲まれたりする願望を叶えてくれる崇高なる自己啓発書なんだよ! 取柄どころかキャラ設定すら固まってない俺を異世界に飛ばして……、あんた一体なにがしたいんだ!?」

「だって……、異世界物じゃねーとPVとか伸びねーし……」

「それについては否定しないさ。それで? あんたの夢ってのは一体何なんだ?」

「……書籍化」(照れながら)

「尚更無理だよ!! だったら最初位テンプレ通りに書けよ!!」

「そうは言っても他と同じだったら一話目で切られてしまうではないか! 圧倒的個性! それこそが書籍化に欠かせぬ第一条件だ」

「三話目くらいまでに個性を出せばいいんだよ!! っていうかこれは個性って言うより投げやりだよ!!」

「はい、じゃあ物語すすむの異世界出生、始まりまーす」

「飽きるなよ!! って、なんだこれ!?」


 突如、俺の体からまばゆい光が溢れ出した。

 これはヤバい!! 俺にはわかるぞ! このままじゃ異世界に飛ばされちまう!!


「ちょっと待ていずく!! チート能力の件だ!!」

「ああ、先程の奴か。君が望むなら、読者が喜ぶなら……、一個だけ付けてやらん事もない。時間が無いぞ。早く言いたまえ」

「俺をステータスマックスにしろ!! それと! お前の夢が叶ったら俺をハーレムラブコメの主人公にしろ!! あと、それから――」


 俺が最後に見たのは煙草を吸いながら手を振る神、いずくかけるの姿だった。

 不安は募るが俺は異世界に転生、いや、出生する。万が一これが書籍化されたら俺にはムフフな生活が待っている。それを思うと俄然やる気が出てくるのが悲しくてならない。

 だが、希望する時を操る能力は伝えそびれたがステータスがマックスならそれだけで至れり尽くせりだ。異世界? 上等だぜ。すぐに名を挙げてツンデレメイドにケモ耳娘、メガネ僧侶にロリっ娘妹をゲットしてやるぜ!!





――そう思っていた時期が俺にもありました。


 俺は予想もしていなかった。

 あの男のポンコツっぷりを。

 異世界小説についての無知さを。





「どこだよ……ここ……?」





 目を覚ました俺の目に入ってきたのは


 横浜駅に覆われた世界だった。

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