魔杖工



 一時限目の睡眠(道徳の授業)を経て、二時限目の魔杖製作の工房へと移動する。参加人数は30人。平民はヘーゼンを含む28人。貴族はエマを含む2人だった。


 工房に待機している中、教師が入ってきた。と言っても、職人服を着た金髪散切り頭の男。2、30代だろうか、かなり歳は若い。


「ちーっす」

「「「「「お、おはようございます」」」」


 ざっくばらんな挨拶に、若干拍子抜けする生徒たち。ここでは、重く礼儀を重視する風潮はないが、いくらなんでも軽すぎる。

 

「おお、相変わらず平民ばっか……いや、貴族様もおるか」


 金髪の教師は、エマの方に向かってくる。上から下まで、ひとしきり眺めた後、彼女に顔を近づけながら言い放つ。


「俺の子、産まない?」

「……はっ!?」

「ぎゃっはっはっはっ! 冗談だよ、じょ・お・だ・ん!」

「……っ」


 その最低な発言に、生徒一同はドン引きする。魔杖製作は2クラスに分けられるほどの需要はない。必然的に、この軽薄なゲス教師の授業を今後も受け続けなければいけないと言うことだ。


「先生、冗談にしても下品過ぎやしませんか?」


 顔を真っ赤にして青髪の青年が立ち上がる。エマの斜め前の席に座っていた貴族の生徒だ。金髪の教師は、そんな彼に侮蔑の眼差しを向ける。


「……ふん、貴族様はお上品な会話ばかりしてるからな。嫌なら、出て行け。ここは、生きるために魔杖工を目指す者しか必要ない」

「……っ」

「いいか? お貴族様に魔杖工は一人もいない。平民のお下品な会話が気に入らないってんなら、どちらにしろやってけないってこった」

「……」


 明らかな貴族に対する敵意。目の前の魔杖工は、嘲ったような眼差しを青髪の貴族に向けた。当然、彼からしてみれば心外だった。むしろ彼自身は、貴族と平民の垣根を壊したいという思想の持ち主だったからだ。


「こ、ここは貴族と平民の身分の差はないと言うはずじゃ……」

「はぁ!? そんな建前通用するわけがないだろう。世間を見てみろよ。お前ら貴族が圧倒的な差別でのさばってるのに、いざ自分たちが差別されたら、お前たちはそれを非難するのか?」

「……っ」


 青髪の貴族は黙り、金髪の魔杖工は勝ち誇ったように嘲笑う。そんな二人の光景を見ながら、ちらほらと嘲笑が漏れた。同じく貴族であるエマは、隠れるように下を向いて息を潜める。


「くだらないな」


 そんな中、ヘーゼンがつぶやいた。その一言で、クラス中の視線が彼に集まった。金髪の魔杖工は、身を翻してヘーゼンに近寄り、鋭い眼光で睨む。


「……なんだと?」

「早くやりましょうよ、授業を。僕がここに来ているのは、先生の無駄口を聞くためでなく、その技術を教えてもらうためなんですよ」

「はっ! 現実を教えてやることも教師の務めだよ。実際に平民と働けない貴族に割いてやる時間などない」

「それはあなたの工房が未熟だからでしょう。職場の不足を生徒の僕らに向けられても困ります」

「……なんだとっ?」

「僕がもし工房長だったら、仕事中にそんな無駄口を叩くような輩はぶっ飛ばしますけどね」

「休憩中は? 日常的に会話が合わないような生活に耐えられるとでも?」

「そんなものは至高の魔杖を製作することに比べれば、とるに足らぬことでしょう。我慢しますよ。ただ、そいつら実力を軒並み追い越した上で、取るに足らぬ輩なら排除します」


 それは、圧倒的な発言だった。自身が最上の努力をする前提で、誰よりも高みに昇った上で、吐くような上から目線。それを一介の生徒が、教師に向かって吐いた。


「……お前、名前は?」

「ヘーゼン=ダリ」

「いい度胸だ。だが、教師に逆らったらどうなるかわかってるか?」

「鉄拳制裁ですか? 慣れてますんで、どうぞ」


 ヘーゼンは右頬を差し出す。


「……」


 バキッ。


 血が飛び散り、床下に付着した。それでも、ヘーゼンは無表情で席へと座る。


「これでいいですか? では、授業を始めましょう」

「お前が仕切るんじゃねぇ。俺の名はダーファン。お前は特に、可愛がってやるから覚悟しておけ」

「光栄ですね」


 ヘーゼンは不敵に笑った。

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