哀愁の唐揚げ

 ある日、女子寮にお邪魔したら唐揚げを出された。唐揚げなのだが、癖のあるスパイスが効いたそれは今まで食べた事がない味だった。


 料理は美味しいし、部屋も綺麗に片付けてある。やはり女子寮は素晴らしい。

 居心地がよくてつい長居をしてしまう。


 必要事項のみ簡単に確認して帰るつもりだったのだが、彼女たちとの世間話が始まった。

 話によれば、この頃は近隣住人の方々と打ち解けてきたのだという。


「山田のおじいちゃんは朝昼晩、いつ会っても挨拶は『こんにちは』だけ」

「近所の公民館の料理クラブに誘ってもらった」

「加藤さん家のお母さんが時々晩ご飯のおかずをおすそ分けしてくれる」


 等々。

 楽しそうに話す彼女たちを見て、私も嬉しくなった。


 すると、一人の女の子が「石川さんに鳥をもらいました」と教えてくれた。

 石川さんというのはその地域で養鶏場を営んでいる方である。以前は卵を頂いた事がある。きっと薄給の彼女たちが毎日卵を食べられるようにと鶏をくれたのだろう。



「あ、そうなんだ。よかったね。寮の外で放し飼いしてるの?」


「さっきツカサさんが食べましたよ」




 何となくそんな気はしていた。



 部屋を出たところに血抜きに使ったバケツが置いてあった。

 心の中で鶏にご馳走さまでした、と言いながら私は寮を後にした。

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